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窓から入る光が朱を帯びる。
もう夕方かと思うも違和感を覚える。
そう言えば鐘は鳴っただろうか、それとも聞き逃しただろうか。
日々の仕事に加えてレイス討伐のための計画の立案。
特に数少ない魔法使いの運用については悩まされた。
かと言って、時間を掛ければそれだけ犠牲者が増える。万が一にも魔法使いが襲われてしまえば戦う術すら失うのだ。
街の中の巡回は元より、ダンジョンの入口でレイスの侵入に備える者も必要になる。
しかし、数少ない魔法使いでは昼夜を問わない対応にも限界がある。
不備はいくつも思いつくが、今いる人員で出来るだけのことをしなければいけない。
緊急で魔法使いたちを呼び出し、使える魔法、戦術の確認をして、街を守るための計画を作り上げた。
あとは実行するだけだ。先ほど通達の文官も派遣した。直ぐに兵士の準備も整うだろう。
そんな激務を乗り切ったところだ。実行はこれからとは言え、いざ動き始めれば領主である自分が行うことは少ない。少しばかり気が抜けて、鐘を聞き逃した可能性もなくはない。
気分を変えるかと、椅子から立ち上がり、窓の傍に行く。
ちょうど兵舎からは兵士達が出てきたところだった。鎧を着ているものと着ていないものが混ざっているのは、第一陣とそれ以外というところか。
視界の隅に紅い空が映る。
違和感。
夕日はそんな方向だっただろうか。
紅い空、その下にある赤。思わず窓から身を乗り出す。
「火事か!」
この館から見える規模の火事とは。
兵舎や訓練用の広場も含め、広い敷地を持つ領主の館は、更に壁に囲まれている。それだけに街で火事が発生しても、直接見えることは稀だ。
火事が起きた場合には、街の中を巡回している衛視の隊が付近の住民と協力して対応することになっている。
しかし、この館から見える規模となると、当番の衛視だけでは荷が重いかもしれない。
「火事の状況を確認しろ! 討伐隊の出発は中止、火の対応が最優先だ!」
部屋にいた文官が急いで出て行く。
見下ろす広場では兵士たちが言い合いをしている。
レイス討伐の指令と、火事の対応とを天秤に賭けて混乱しているのだろう。今、指示をした文官が到着すれば、全員が火事の対応を始めるはずだ。
やっと計画を実行出来るところだと言うのに、このタイミングで火事とは。
かと言って無視することなど出来ない。過去にも大火事で街の一割が焼けたことがあった。そのときは復旧に一年以上かかっている。
バタン。
扉が開く音がして振り返る。
この男は、街道を巡回をする隊の隊長か。なぜ火事の対応に回らず、ここに来るのだ。
「何をしている。早く行ってこい」
火事の対応は時間との勝負だ。燃え広がる前に対応しなければいけないというのに、何をしているのだ。
「ふざけるな!」
男は剣を振り上げた。




