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始めに気がついたのは煙の臭い。
森に火がついたのだとしたら、逃げるしかない。しかし、まだ火の手は見えていない。であれば、不心得者が森の中で焚火でもしたか。それであれば捕らえて街に引き渡すのは仕事のうちだ。
わずかな煙の臭いを頼りに森を進む。それは街に向かう方向だ。
街の中で煮炊きをしたくらいでは、森の奥まで煙の臭いが届くことはない。
街の傍から森に入り込んだか。
それを確認するために更に進む。
木の切れ間から、街を囲う壁が見える。
しかし、そこまで近づいても不心得者の姿はない。
煙は壁の向こうから盛大に吐き出されていた。
雑草を抜く手を止めて、一度立ち上がる。腰を伸ばせば軋むような痛みが腰に走るのは、年を取ったからだろうか。
トントンと腰を手で叩くうちに痛みが治まってくる。
この雑草は一体どこから来るのかわからない。
気を付けていないと、いつの間にか作物の間で伸びている。
肝心の食い物は、種を植えて、手間を掛けてやらないと育たないのに、雑草は勝手に我が物顔で畑にいる。
いっそ食い物も、雑草並みに勝手に育ってくれれば楽が出来るものを。
育つのは食う事が出来ない雑草ばかりだ。
集めた雑草を一度捨ててこようかと、篭を持って振り返る。
赤い空が見えた。
まだ、夕焼けには早い時間だ。
不安を感じさせる赤。
居眠りをしているうちに夕方になったわけではない。草むしりをしながら寝れるほど器用ではない。
では、あれはなんだ。
あの赤い空は。
街の方向だ。あれは、なんだ。
海沿いの街へと続く山道。
荷車も通れない段差だらけの道は、それでも荷運び人達が通る道として機能している。
山を越えるだけあって厳しい道のりではあるものの、荷車や馬車も通れる道では海沿いの街に辿り着くのに数倍の日数が掛かる。
商業ギルドが荷運び人の不足を補うために、村々を回って雇った、新しい荷運び人。それらを率いて道を歩く。ここ数年は書類仕事ばかりだったからか、道をゆく足は軽快とは言えない。
村で雇った若者達も、山道には慣れていないのか、口数も少なく、懸命に歩いている。
そろそろ休憩を入れたいところだが、適当な広場がない。
覚悟を決めて足を動かしていると、ふと、視界の隅に紅い空が入る。
「おや?」
思わず立ち止まる。
ダンジョンのある街の方角。
山道を登ってきたために、少し遠くまで見渡せる。その場所からは、街の上の空が紅く見えた。




