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「泥棒だ!」


 人の少ない通りに声が響く。

 その声から逃げるように、いや、実際逃げているのだろう。マスクで顔が隠れた男は、通りを走る。

 だがそれは、声を聞きつけて姿を現した兵士によって唐突に終わりを告げる。


「うわっ」


 兵士を避けるために、急に方向を変えようとして、男は無様に転がった。

 兵士は近寄り、転がる男に容赦なく槍の石突を打ち付ける。

 呻く男の手から、果物が一つ、転がった。



「また物取りかよ」

「ああ、そしてマスクだ」


 捕らえた男を処罰に回してから、兵士達は溜息をつく。

 最近になって随分と物取りが増えた。

 以前は、物取りを捕まえるよりも、何倍も喧嘩の仲裁のほうが多かった。最近は、逆に喧嘩なんて滅多にない。以前は毎日どこかで喧嘩が起きてたことが嘘のようだ。

 そして、最近増えた物取りは、揃も揃ってマスクで顔を隠している。


「マスクで顔を隠せば捕まらないとでも思ってるんかな」

「思ってるんだろうよ。ご丁寧に肉屋ギルドの連中が『まだ捕まってない』って宣伝して歩いてるからな」

「ありゃあ目撃者がいないんだからしょうがないだろ。マスクって情報だけでどうしろってんだ」

「知るかよ」


 人通りも、露天の数も、以前と比べて明らかに減ってるのに、街の中で起きる事件は一向に減った気がしない。

 しかも、巡回兵がダンジョンで何人も倒れ、いつ他の兵もダンジョンに派遣されるか分からないと噂されている。兵舎の中まで不穏な気配だ。そんな中で兵士の中でも呪いに倒れる者が出た。しかも兵舎の中でだ。


「まったく、どうなってやがるんだ」


 最近は、兵舎で休んでいても休めてる気がしないと、そんな声も聞こえてくる。

 街の状況は日に日に悪くなっていく。

 それは、街の中を見回っていれば明らかだ。

 それなのに、ただの兵士である男には何も出来ることがない。いや、犯罪者を捕らえても、何かが良くなる気がしない。そんな徒労感があった。


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