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 夜の兵舎には騒めきが残っていた。

 夜に働いている兵も少なくなはない。だがそれは兵舎にいる者ではない。門の警備を担当している隊では、数人が夜も門の見張りについているし、街の中を警備している兵士は夜の街を巡回している。

 本来、夜に兵舎にいるのは、休みの兵だけなのだ。


 夜の兵舎には騒めきが残っていた。

 それは兵の一人が倒れたからだった。

 街の中を警備している隊の一人だった。


 街の警備は二人一組で巡回する。

 組んでいた兵士が、同僚の顔色が悪いことに気づき、非番の者と担当を交代した。

 顔色の悪かった兵は、兵舎に戻り、自室で休んでいた。

 それ自体は特別なことではない。

 兵士だとて体調を崩す時くらいある。

 だが、結果的に、その兵士は起き上がることなく、医者が運び出していった。


 動揺は、あった。

 巡回兵。ダンジョンであれを経験した者達の動揺は大きい。

 逆に、街の中を見回っている兵士の動揺は小さかった。

 誰かが倒れ、医者が連れていく。それは毎日のように見る風景であったからだ。

 そのために、ダンジョンで何人もが倒れた後、静まり帰った兵舎とは違い。怯える者達と宥める者達の両方が居た。


「違うのか?」

「違うだろうなぁ。街で呪いに倒れた奴ってのは、まあ、大勢いるが、大抵、頭が痛いだの喉が痛いだと言って、寝込んで、それっきりだ。お前さんらがダンジョンでやられたのは、どうだ、頭が痛いとか、喉が痛いと言って寝込んでたわけじゃあないんだろ」


 ダンジョンの薄暗い中では、顔色を見るのは難しい。

 それでも、何人もが一晩で倒れたのだ、そんなに大勢が体調を崩していたら流石に分かる。ダンジョンの中でも、帰ってきてからも、そんな話は出ていない。

 見張りをしていた者もいる。見張りをしていて、倒れるならば、もっと前に交代の話が出ないとおかしい。


「霧の魔物はどうだ」

「そっちは微妙だな。最近は話を聞く」

「聞くのか」

「ああ、お前らがダンジョンから帰った後だな。その前はそんな話はなかった」

「それは……」

「ああ、お前たちがダンジョンで出会った魔物が噂されてるだけなのか、それとも街に出てきたのか。正直、分からん。噂ってのはいつもそうだ」


 だが、街の中に溢れる呪いと、ダンジョンの中にいる霧のような魔物。どちらが安全というものでもない。


「そういやあの文官はどうした」

「ああ、領主様に話をつけるって言ってた奴か。ここ数日は見ないな」

「……そうか」


 どちらが安全というものではないが。それでもダンジョンに入れと命令が来たなら話は別だ。わざわざ危険な魔物の前に出掛けるとなれば、話は別なのだ。


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