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わっせ、わっせと、土煙を上げて兵士が走る。
ここは兵舎の前の広場だ。
訓練に使う広場は、久々に体を動かす男達が、ひたすら走っていた。
ダンジョンの中での出来事も、ダンジョンから帰ってきてからの出来事も、酷いことばかりだった。
怯え、気を塞ぐ仲間達と、それでも少しづつ会話を増やして、やっと全員が広場に出れるようになった。
まだ暗闇を怖がるものは多い。
程度の差はあっても、隊長である俺自身、怯えが消えたわけではない。
だから、今は、ひたすら走って体を動かす。
兵舎に引き籠っている間に鈍った体を動かす。
何も考えられないくらいに体を動かす。
そして徐々に、訓練の内容も普段通りにして、普段の生活に戻す。
そうしないと、俺もこいつらも立ち直れないだろう。
「訓練を再開したんですな」
その文官らしい奴が話掛けてきたのは、走り終わって休憩している時のことだ。
聞き覚えのない声に、反射的に睨みつけてしまったが、着ている服は領主の館の文官の服だ。
だが、いつも伝言を持ってくるだけのクソッたれな文官ではない。知らない顔だ。
あの文官はこの前怒鳴り返してからは姿を見ていない。
「少しお時間を頂けませんか」
やけに丁寧聞いてくる。
訝し気に見ている間に向こうは勝手に話出す。
「衛視の隊長殿に伺った所、ダンジョンについては巡回の隊長殿が詳しいとのことで……」
その文官の話では、呪いの危険は一向に無くならない、だからダンジョンを封鎖してはどうかという意見が出ている、ということだった。
知らぬ間に人を殺すような、アレが呪いだと言うなら。ダンジョンの閉鎖で、アレが出て来ないと言うのなら。
「しかし、領主様はそうお考えではないのです」
文官はとても困った顔をして言う。
「このままでは、何度でも兵士の方々はダンジョンに入らされるでしょう。衛視や街の門を守る兵まで、ダンジョンに入ることになるかも知れません。ですが、それで呪いを倒せるものなのでしょうか」
無理だ。あれには剣も槌も意味がない。
「私のような文官だけでなく、貴族の方にもそれを憂いている方がおりまして。もし兵士の方々が賛同頂けるなら、貴族の方にお願いして、領主様を説得頂こうという話が……」
ダンジョンに入ったら、その度に何人も倒れる。
無理だ、そして無駄だ。いつやられたのかも分からずに、倒れるんだ。
俺が領主様に言っても聞いてくれるとは思えないが、貴族の方が話をして下さるというのなら……。
俺には肯くことしか出来なかった。




