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 その日、屋敷は静かに混乱していた。

 屋敷に勤める下男の一人が倒れたのだ。


 貴族の屋敷に勤める者達だ。大声で騒ぐことはない。

 だが、「まさか」という思いと、「ついに」という思いとで、屋敷の敷地には小声で不安を訴える声が途絶えることはない。

 屋敷には医者が呼ばれ、倒れた下男が運び出される。

 医者は、他の場所でもそうするように、下男が倒れていた場所を浄化し、屋敷を出る。

 その間も、医者が屋敷を出た後も、ざわめきが途絶えることはない。


「いつまで話をしているのです。掃除をなさい」


 不安そうに言葉を変わるメイドを叱咤したのは、メイド長の立場にある年配のメイドだ。医者の浄化した後は、トイレのような臭いが残っている。

 床といわず、壁にもまかれた液体のせいだろう。

 メイド達に雑巾を用意させ、下男の倒れていた場所一帯を掃除しなければ、屋敷の中が臭いままだ。

 だが、指示に従うメイドの動きは鈍い。

 誰がその場所に近づくのかと、お互いの顔を見合うばかりで、足が動かない。


「次の係りが必要ですね」


 屋敷の外では、集められた下男達へ執事が仕事の担当を割り振る。

 倒れた下男の分、仕事の分担を見直さなければならないのだ。

 特に、汚物の処理を。

 倒れた下男は、元々、気働きが得意でないことや、年を取って動きが鈍くなっていたこともあって、誰にでも出来る雑用が割り当てられることが多かった。

 そして最近の仕事は汚物の運搬だった。

 屋敷の中からの汲み取りだけでなく、街の外への運び出しもだ。

 以前は、街の外へは貧民が僅かなお金で運び出していたが、しばらく前から貧民の姿は見ていない。街中で呪いに倒れる者がいる状況だ。貧民の姿が見えないのは、そういうことなのだろう。

 だが、運び出す貧民がいないからと、そのまま置いておくわけにもいかない。

 下男の中でも出来る仕事の少ない男に、街の外への運び出しを任せるのは当然の判断だった。

 だが、その仕事をするものは、先ほど居なくなった。

 新しく仕事を担当する者が必要だ。

 当然ながら、貴族の屋敷に雇い入れるにはどこの誰でも良いというわけにはいかない。それなりの手続きは要るし、今日明日に雇えるものでもない。

 だから、今いる下男のうち誰かが、その仕事をすることになる。


「さて……」


 執事の声に、下男達は視線を逸らしたまま。誰も答えない。


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