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「おやっさん、一杯くれ」
「まいど」
「お、俺も一杯」
「あいよ」
差し出された器にそれぞれ一人分の麺を入れ、その上からスープをかける。
店に来た二人は見知った顔だが、今日は少し違う。
革で顔の下半分。鼻と口を覆うようにして顔を隠している。
「なんだい顔を隠すなんて、何かやらかしたのかい」
器を渡しながら訪ねれば、そんなことはないさと気楽な返事が返ってきた。
「こいつは呪い除けだぜ。さっき出来上がってきたんだ」
器を受け取った後で、顔を覆った革を取り外しながらそんなことを言う。
呪い除けなんて聞いたことがないが、もし効くなら俺も手に入れたいもんだ。ここ数日でまた屋台が減っている。他に金を稼ぐ方法もないから、屋台を続けているが、いつ俺の番が来るかと気が気でない。
一人は革を顔から外して麺を口にする。もう一人は革をずらして口だけを出して食べている。とても食べ難そうだ。
「呪い除けってのは、なんだい。顔を隠せば呪いにかからないのかい」
麺を口にしながらも答えてくれた内容によると、呪いは鼻と口を塞いでおけば入り込まれないのだそうだ。
前に呪いの元凶だと言ってお披露目されていた魔物は、大きな口と牙を持っていた。それは他の冒険者の話から嘘らしいと聞いてはいる。
あれが嘘だとしても、鼻と口を塞ぐのが、と言われてもよく分からない。
「呪いに倒れるとな、鼻と口なから霧みたいなのがぶわっと出てくるらしいぜ」
食べ終わった二人はそう言って立ち去って行った。
呪いに倒れたやつから霧が出てくるなんて聞いたこともない。
あの二人は騙されたんじゃないかと思えてくる。
街がこんな状態だ。気休めの一つでも欲しいのは分かるが。
通りの端がざわざわとして、人の流れが止まる。
何か厄介事かと目を凝らすと、医者が通り過ぎて行くのが見えた。
またか。と嫌な気分になる。
最近では毎日のように医者が街を歩いている。今日は誰が倒れたのか。医者の姿を見るだけで気が滅入る。
そういや、医者も顔を隠しているな。鳥のくちばしみたいなものを身に着けて。
呪いが収まる気配はないが、医者は呪い除けになることを知っててやってるのかと、そんなことを考える。
だとしたら気休めよりは多少の価値があるのかもしれないと。




