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兵舎に文官が顔を出す。いつも兵舎に来る文官は変わらない。忌々しい顔だ。
指示を伝えに来ているだけで、文官本人が指示を出しているわけではないと知ってはいても、忌々しい顔だと思う。
一方的で、伝えるだけの木偶の坊だ。
「新たな指示が下った」
そんなものはくそくらえだ。
兵舎の中を見ろ、全員が消沈して静まり返っている。以前までの、武具を手入れする音もなければ、訓練場に向かう者も居ない。
あの夜。見張りが続けて倒れた夜。
なんとか隊をまとめてダンジョンを出た。全員が憔悴していたが、眠れぬ者も多かった。部屋に戻らず、休憩室で起きたまま過ごした者も居た。
倒れた者以上に、行方不明が多く出た。
連れ去られたのか、逃げ出したのかも分からないまま、霧のような何かを全員が恐れた。
戦うことも出来ない呪いに怯えた。
そして、街に帰って二日後、多少は持ち直した所で、行方不明だった臨時兵の一人が帰って来た。
生きて帰って来たことを喜んだ。臨時兵は特にだ。冒険者として、以前からの知り合いだったのだろう。
だが、帰ってきた臨時兵は、逃亡の罪を問われて街から追放された。追放の証である焼き印を入れられて。
その結果がこの兵舎だ。
霧みたいな呪い相手にどうやって戦えばいいのか。それなのに逃げたら追放だ。
「ダンジョンに赴き、呪いの元凶を討伐せよとのご指示だ」
くだらねえ。
元凶とはなんだ。それは剣で切れるのか。ダンジョンに居るのか。
「貴様、聞いておるのか!?」
文官の物言いに腹が立ってくる。
だからギロリと睨みつけた。
「な、領主様のご命令だぞ」
そこまで言うなら、お前がダンジョンに行けばいいだろうが。
腰が引けた文官を睨みつけながら心底そう思う。




