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街の一角。裕福層の集まる区画にもその影響が表れていた。
影響とは、街の空気、それすなわち、臭いである。
「屋敷の掃除はどうなっているのです!」
筆頭メイドの怒気にメイド達が肩を縮める。
「それが、トイレの汲み取りが滞っていまして」
おずおずと言った、メイド達の中でも比較的年上の女性の答えに、筆頭メイドは更に怒気を募らせる。
「下男達は何をしているのです! 執事に報告は!」
この屋敷では、下町と違ってトイレが整備されている。トイレの掃除はメイドの仕事の一つだが、トイレからの汚物の汲み取りは、下男の仕事だ。
今まではそれで回ってきた。
しかし、今は汲み取りが滞っている。
下男達もサボっているわけではない。屋敷に数カ所あるトイレから汲み取った汚物は、敷地の隅のある小屋に運ばれる。
そして、小屋に集められた汚物を、街の外に捨てに行くのは貧民の仕事だ。わずかな金で汚物を運ぶ仕事は、街の外に住む者達の少ない収入源なのだ。
だが、最近になって、屋敷に来ていた貧民の姿が消えた。一人ではない、入れ替わりで来ていた者達が誰も来なくなった。
小屋の中には汚物が溢れ、それでも足りない分は、小屋の外にも臨時で穴を掘っては汚物を運び込んだ。
それでもまだ貧民が汲み取りに来ない。
小屋の外に作られた臨時の場所からは臭いが漂う。小屋のように壁と扉で臭いを封じているわけでもないからだ。
そして臨時の穴はどんどん増えて行く。臭いは屋敷まで届くようになる。
「下男達が街の外まで捨てに行けばいいだけでしょう! 執事に話をしてきます」
街の外まで捨てに行くのは貧民の仕事。仕事の内容が自分の地位に等しいと考える街の者達にとって、貧民と同じ仕事をするのは、貧民と同じ価値しかないとするのと同義であった。だが、この状況をいつまでも放置しているわけにもいかない。筆頭メイドは男達を指揮する立場にいる執事に話をすることにした。
似たような事態が、多くの屋敷で発生する。
貧民が呪いに倒れ働けなくなれば、次に立場の弱いものが貧民の仕事を熟すことになる。そしてその立場は、その仕事をしているという一事によって、蔑まれる。例え、その仕事が生活に無くてはならない物であっても。




