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「ヒッ」
若者の口から息とも悲鳴ともつかない音がもれる。
ダンジョンの中、兵士達の歩みは遅い。歩く歩幅は小さく、その目は怯えたように左右をチラチラと行き来する。
いや、怯えたようにではない。
彼らは怯えていた。
集団での移動だ。右を注意する者、左を注意する者、後ろを注意する者、前方を確認し道を選ぶ者。役割を分担するだけの十分な人数が居るにもかかわらず、全員が、それぞれの眼で周囲を確認し、影に怯える。
薄暗いダンジョンの中だ、兵士達のうち数名は視界の確保とはぐれ防止のために明かりを持っている。
揺らぐ松明の明かりに、居もしないものを見つけては、兵士は息を呑む。
兵士達の士気は低い。それはそうだろう。魔物との戦いで犠牲を出しつつ街へ戻ってみれば、その魔物が呪いの元凶だと言われ、そして兵の一人が呪いに倒れた。
魔物が呪いの元凶だとの話を信じていなくても、同じ兵士の中から呪いに倒れた者が出たのは事実だ。
事実が心に陰を差す。
そして、兵士が呪いに倒れたのは、魔物を倒して数日も後の話だ。
呪いは終わっていない。
あの魔物が呪いの元凶であれば、なぜ呪いが終わらないのか。
あの魔物が呪いの元凶でなければ、なぜ兵士は倒れたのか。
あの魔物が呪いの元凶などと、一体誰が決めたのか。
兵士達の心には疑念と不安だけが重なって行く。
新たなダンジョンへの討伐任務が伝えられたのは、そんなどん底の気持ちを抱えている時だった。
兵士達の士気は低い。それはそうだろう。中には既に自分達は呪われていて、あとはいつ倒れるだけだと思い込んでいる者もいる。
彼らにとってダンジョンに入るのは、死に場所を指定されたようなものかもしれない。
「行先は骸骨共の所だ」
「いいんですか隊長。あの文官が……」
「知ったことか、あの魔物が呪いの元凶なわけがない。呪いというなら骸骨共のほうがよっぽど呪いだろうが」
兵士達は指示に従ってダンジョンに入る。だが、ダンジョンの中に監視する者はいない。どこで何と戦おうが、それを知るのは当事者だけだ。
「あれが呪いであるわけがない」
隊長と呼ばれた男は繰り返し呟いていた。




