106
なんなんだ、なんなんだ、あれはなんなんだ。
俺の後ろを歩いてたやつが水に引きずり込まれた。
地面が泥で歩き難い所があったから、足元を気にしながら進んでいた。それに気付いたのは、後ろの奴らが叫び声を上げたからだ。ウリボアが出たのかと急いて振り返ってみたら、俺のすぐ後ろを歩いてた奴が、川面で暴れていた。
足を踏み外したのかもしれない。水を汲もうと川に近づいたのかもしれない。
始まりは分からない。
ただ、そいつは川面で暴れながら、どんどん遠くに引きずられていった。
そうして、始めは腰から上が水の上に出ていたのに、胸まで引きずり込まれ、頭まで引きずり込まれて、最後には手も見えなくなった。
何がどうなったのか分からないまま、俺はそれを見ていた。
「全員、川から離れろ!」
隊長だと言う兵士のおっさんの声がする。
川面はまだ波打っていて、今にもまた、手が暴れて出て来るんじゃないかいう気になる。だが、川面から手は出てこない。水が濁るだけだ、何かの色に。
「離れろと言っているんだ!」
後ろから襟首を掴まれて引っ張られる。
そのまま後ろにずりずりと引っ張られている間に、それは現れた。
「ひぃっ」
水面から現れたのは牙、大きな口の上下にびっしりと大きな牙が並んでいた。
固そうな皮膚は革鎧よりも堅そうで、短い手足を使ってのっそりと川岸に這いあがった来る。
それはどこかヘビに似てはいたが、手足と、なによりも異様に大きな口がそれを否定する。
息が詰まる。それは後ろに引っ張られる力が強くなったからか、目の前の異様な魔物のせいか。
「全員武器を構えろ、急げ!」
隊長の号令で、俺後ろでガチャガチャと音がする。
牙の並んだ口が近づいてくる。
立って逃げようにも襟首を引っ張る力が邪魔をする。息が詰まる。
「魔物を囲め!」
遠くから声がする。
「タイミングを合わせろ!」
ふわふわと、体の感覚が曖昧になる。
「今だ! 突けっ!」
視界が暗くなる。




