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深く溜息をつく。
帳簿に並ぶ数字は、いつもの半分もない。宿で出す食事の仕込む量も、最近は大鍋の半分もないくらいだ。仕込みの手間は減るが、儲けも減る。儲けが減っても、夜に灯す明かり代が減るわけでもなければ、自分と妻の生活費が減るわけでもない。
減ったのは。
支出の項目を見直す。
減ったのは住込みだった少年が出ていった分の食費。そして掃除と給仕を手伝ってくれていた女性に渡していた給料。
少年は今の呪い騒ぎが起きるよりも少し前に宿を出て行った。いや、妻に追い出されたと言っても良い。
元々、妻は少年が宿に戻ることに反対していた。少年を一人で放り出すことには思う所もあったが、今の客足が減った宿の状況を見れば、食い扶持が減ったのは良かったと思えてしまう。
掃除と給仕を手伝ってくれていた女性もここ数日、姿を見せていない。今までは朝に遅れてくる事こそあったが、無断で何日も姿を見せないのは何かあったのに違いない。
妻は客が少ないのだから居なくても構わないと言って、様子を調べてもくれない。かと言って、自分で調べるには少し厄介だ。住んでいるだいたいの場所は知っているが、あのあたりの部屋は客を取ることにも使われる。自分で行ったら、宿の主人が買いに来たと噂が立つことは間違いない。
噂はすぐに広がるだろう。客商売をやってて、噂が広がっていくのは何度も目にした。
そして噂を妻が聞きつけて文句を言ってくるのだ。
深く溜息をつく。
帳簿は付け終わったが、まだ明かりの確認に行く時間でもない。
呪いの噂も瞬く間に広がった。商人のほとんどは、この街を避けるだろう。宿に泊まるのは、契約から逃げられなかった少しの商人と、農作物を売りにくる村人たちくらいなものだ。
いつもなら悪い噂も季節一つが過ぎる頃には忘れられている。だが、呪いはまだ終わっていない。毎日のように誰々が呪いを受けただの、診療所に運び込まれた奴が居ただのと、嫌な話が飛び交っている。
呪われる人が出なくなって、それから季節一つ分。下手をすればその間に冬に入る。冬にはいつも人の出入りなんてほとんどない。
いつもなら、春から秋にかけての稼ぎで冬を生活する。このままだと、ろくに稼ぐこともなく冬になるかもしれない。
それは、とても嫌な話しだ。




