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■6.物語のエンディング(中)

■6.物語のエンディング(中)



 それからの日々は、普通に(つまりシナリオから外れることなく)進んでいった。

 ヴォルフ様の言動にときめきつつ、わんことにゃんこの触れ合いに理性を試されつつ。まあ、なんだかんだで楽しい日々なのだろう。

 もうすぐにゃんこ王子が王太子の派閥に加わることに頷くところまでシナリオも進んでいる。


 だから、油断した。





 その日は、いつになく厳しい表情でヴォルフ様が帰宅した。


 勤め先である王宮、というと変か。

 ヴォルフ様が仕える主が王太子様だから、王宮が勤め先になっているようなものだから。


 とにかく、王宮で何かあったのか。

 可能性はひどく高い。何しろ、権謀術数の渦巻く王宮だ。毎日誰かが何かを企んで己の栄達や、他人の失脚を狙っているようなところだ。(偏見の可能性大。)


 それでも毎日飄々と、自信たっぷりに過ごしているヴォルフ様が表情をかえるほどの何かが発生したのかと、使用人一同、顔を見合わせたものだった。

 けれどセバスチャンを始めとした古参の人たちは何も動じた素振りを見せることがなかったので、自然と落ち着いて言った。私たちが不安に思って騒いだところで、何もできやしないのだ。であれば、ここで仕事をまっとうして……ヴォルフ様に寛げる場所を提供するのがベスト。

 言葉ではなく態度で、使用人たちを導いていけるセバスチャンってやっぱり凄いんだなぁ。





「ローズ、ヴォルフ様がお呼びです」


 そうセバスチャンが呼びにきたのは、気を取り直して仕事をして、そろそろ寝ようかという時間だった。


「私を、ですか」


「そうです。美味しいお茶をご所望です」


 ああ、なるほど。

 これだけは私の特技ですからね。疲れたヴォルフ様に安らぎの一杯を提供するのは吝かではありません。ええ。ちょっと時間帯が遅いので、年齢制限のあるゲームだったら夜のお勤めが発生しそうだなとか、少ししか思っていませんとも。(もちろん、テイナー家でそんな『業務』は強いられない。)


「分かりました」


 頷いたのは、そういうイベントが発生しないことを知っていたから。だからこれは、ローズとして生活するうえで発生するシナリオから外れきってはいない程度のことだろうと考えられた。

 それに明日は使用人が交代でとっている休みの日だから、多少遅くなっても支障がない。健全な用事でしたら何時まででもお付き合いしますとも!


 身だしなみを整えてから、どんなお茶がいいかなぁと考えつつヴォルフ様の部屋に向かう。

 時間も遅いし、疲れているんだったらサッパリ系がいいよね。どっしりとした味のは、今は向いていない。サッパリ系だったら……あれかなぁ、いやでもこの前店員さんにオススメされた新商品でも有か。


 それにしても、普通、こんな時間に飲むんだったらお茶じゃなくてお酒だよね。

 ヴォルフ様は酒に強い設定なのに、お茶を、となるのは、元が全年齢対象の乙女ゲームだからだろうか。


 余談だけど、ソルは酒に弱い。酒に弱い傭兵って、大丈夫なんだろうかと心配になるけど、それはそれで年長者たちから可愛がられているのでいいそうだ。ローズがソルを酔いつぶすイベントは誰得なのか。


 なんて考えながら向かった先では、ヴォルフ様が帰宅時以上に厳しい顔をしていて、気持ちが引き締まった。いつも以上の緊張感で紅茶をいれる。


「君も座りなさい。話がある」


 あれ? なんだろう。違和感が。

 違和感の正体がわからないまま、促された通りにソファに座る。うむ。お茶が美味しいです。我ながらいい仕事をしました。


「マリエッタ嬢と親しかったな」


「はい? ……あ、はい。そうです」


 え、何を今更? そんな探るような聞き方をするのだろう。


「街で会ったり、この屋敷を訪れた時はもてなしと称して話相手をしていた。そうだな?」


 どうしてこんなことを? という疑問がぐるぐるして、「そうです」と声に出して答えることが出来ない。かわりにこくりと頷く。


「今後それは叶わなくなると承知しておくように」


 素っ気ないほど淡々と言われた言葉は、ハイソウデスカと頷けるようなものではなかった。


「なんで……」


 私、何かしでかした!? それとも麻里の身に何かが?

 確かに元々ヴォルフ様や、マリエッタの兄であるイザーク様のお目こぼしで会えていたようなものだけど、それが出来なくなるような何かがあったの? ヴォルフ様が難しい顔をして帰宅したのはその何かの所為?


「マリエッタ嬢は、君のことを覚えていない」


 けれどヴォルフ様が告げたのは、予想外のことだった。


「覚えて、いない? え?」


 何それ。どういうこと。つい先日、これからどうしようねと語り合ったばかりなのに。どうして。

 疑問ばかりがあふれてくる。


「言葉の通りだ。我が君も、イザークも聞いてみたが、他家のメイドの名前など覚えていない、と。むしろ何故王太子ともあろう方が、一メイドのことを聞いてくるのかと不思議がっていた。その様子に嘘偽りはない」


 改めて言われると、ダメージがでかい。


 同じ日本出身のオタクでも、ここの世界ではあちらは貴族のお嬢様、こちらはたかがメイドでしかない。住む世界が違うんだよねぇ。

 分かってた。分かってたけど。……分かってたはずなんだけど。でも、寂しい。


「それどころか、君たちが親しかったのを覚えているのは……あるいはそう思っているのは、私たち三人だけだった」


 言われた意味が分からなかった。


「先ほどセバスにも問うたが、記憶にないとかえってきた」


 え? それはないでしょう?


「マリエッタ・ロイズと、テイナー家のメイドのローズが親しいと思っているのは三人……いや、君を含めると四人か。四人だけなのだ。本人にその自覚がない以上、これまで通りにはいかない。それだけだ」


「それだけって……! そんな!」


 思わず立場も忘れて声が大きくなった。


 ヴォルフ様が言っていることは正しい。マリエッタが麻里でない以上、これまでと同じにできない。当たり前だ。

 でも、だからといってすぐに受け入れられなかった。


 だって、ひとりになるのだと言われているのだ。


 最初はある意味で独りだった。

 日本人の意識を共有出来る相手もなく、日々を過ごしていた。そこに不安はないとは言い切れないけれど、少なかった。

 なるようにしかならないと開き直ることができた。


 麻里に会った。

 会って二人で話すのは自由にとはいかなかったけれど、何かあれば話せる相手がいる安心感は大きい。分かってくれる相手のいる素晴らしさは、貴重だ。


 それがなくなる。

 最初からない状態と、ある時を経てなくなるのは、全く違う。

 いわゆる、上げて落とす、だ。


「私は我が君に忠誠を誓った身だ。他の誰がなんといおうと、あの方がそうだといい、ましてや私にその記憶があるのだから疑いはしない。それにこうした経験は二度めだ」


 まっすぐに見据えられた視線は、これからはマリエッタではなくお前の話題をするのだと告げていた。

 混乱と興奮で頭にのぼっていた血がさぁっとひいていくのが分かった。


「ある時期まで私の知っているローズに、茶に関する知識が深いということはなかった。それがある日、周りの誰にも疑問を与えず、当たり前のように紅茶と言えばローズ、が我が邸の常識になっていた」


 ヴォルフ様は当時を思い出すように言った。


「正直なところ混乱したし、疑いもした。近くに置いて様子を見ようと思った」


 疑われていたのはショックだけど、


「な、何やってるんですか……そんなの……危ないじゃないですか! 私がヴォルフ様に何か悪だくみしていたらどうするんですか。寝てるところとか、飲み物とか、自由にできるんですよ」


 そりゃあ私は一般人だし、そもそもヴォルフ様に対してそんな危険思想はない。でも、私が任された仕事は寝込みを襲うのも、毒を盛るのも自由だ。疑っている相手にさせるようなことじゃない。


 あれ、でも言われてみれば起こさなくても起きてるよねってところとか、やけにこっちを見てくるなとか……それって、溺愛モード炸裂ではなく、単に警戒していただけ?



 ……これは恥ずかしい。

 恥ずかしいったら恥ずかしい!


 とんだ勘違いにも程がある!

 これだからリアル恋愛経験の少ないオタクは!

 部屋に戻ったらのたうちまわりたい……。


「すぐに裏がないことは分かったし、対応出来ないような腑抜けではない」


 そりゃ私ごときがどうにかできる方ではありませんけどね!


「しかし問題もあってな」


 ヴォルフ様は小さく笑って、こちらをみた。

 その視線は甘くて、恥ずかしい勘違いと分かってもなお、誤解したくなるものだった。


「君がローズでも、ローズでなくとも。気になって仕方がないんだ。楽しそうに仕事をして周りを明るくする姿が。好きなものを語るときの様子が。嬉しい、楽しいことを隠さず伝えてくるのが好ましい」


 やばい。

 顔が赤くなるのをとめられず、せめてと視線をそらす。

 やはりヴォルフ様は危険だ。こんなこと言われて勘違いしない女はすごくレアだろう。

 落ち着け私。


「……ただ物珍しいだけでしょう。私とヴォルフ様は住む世界が違うんです。今仰ったのは私だけの性質ではありません」


 住む世界が違うは、ダブルミーニングだ。

 今の、つまりゲームの世界でも階級が違う。貴族と平民。雇い主と被雇用者。

 そして、文字通りの世界。現代日本とゲームの世界。

 ヴォルフ様に伝わるのは前者だ。


 それでいい。


「確かにそうかもしれん」


 デスヨネー。


 これまで身近にいたのとは異なるタイプの異性が新鮮で気になる、というのは少女漫画やラノベの定番だ。定番ってことは、それだけ需要と供給があるということ。もちろん私だって大好物ですとも。


 でも、いざ自分が珍獣の立場になると、微妙だなあ。だって、私じゃなくていいんでしょ。他の誰かでも同じ結果になったんじゃないのって思っちゃう。


「だが、お互い誰でも同じ結果になったかもしれない。しかし当事者は俺たちだ。数多の可能性のなかでこうして出会えたのは一つの奇跡だと思わないか。いささか俺には似つかわしくない表現だが……運命と言っても、言い過ぎではないだろう」


 ……言い過ぎだと思います。

 嬉しいけど!

 ちょっと照れながらも真剣に言うヴォルフ様が可愛くて、もうなんだこれ。私このまま死ぬのかしらってぐらい眼福だ。


 ああ、もう、完敗だ。

 ヴォルフ様の気持ちは勘違いではなく本物だ。これが嘘でも、こんな嘘なら喜んで騙されよう。


「ヴォルフ様。私、ヴォルフ様に聞いてほしい事があるんです。私たちの話です。ちょっと……いえ、かなり突拍子もなくて信じられないようなこと」


 私の、ではなく。私たちの話。


 なぜヴォルフ様が夜に呼び出してまでこんな話をするのか。それは、王太子からの命令があるだろう。


 麻里の話だと、マリエッタは王太子ルートのエンディング目前だった。あのままエンディングを迎えたに違いない。

 どのタイミングでマリエッタから麻里がいなくなったのかはわからないけれど、王太子妃にすると決めたマリエッタに異変があって、それも腹心のもとにいる人間がかかわっているとなれば、聞き出すよういわれるのが普通だ。

 ヴォルフ様の立場上、知っていることを言えと頭ごなしに命令することだって出来るし、マリエッタの身に起きたことを何も言わずに探りをいれることだって出来る。

 どのように話をするか悩んでいたから、帰宅時のあの厳しい様子だったのだろう。

 そのうえで、こうやって正面から話してくれるのは、誠意だと感じた。(勿論、私はちょろい自覚はある。)


 誠意には真実で返したい。少なくとも私から見た真実を。


「君の話なら信じよう」


「ありがとうございます」


 しかし、どう話したものか。

 荒唐無稽なんだよなぁ。


「……明日は休暇だったな。何か予定でもあるのか?」


「いいえ、特には」


 街に買い物に行こうかなと思っていたけれど、今となってはそんな気分にはなれない。


「では、今日はもう遅い。明日は二人で遠駆けにでも行くか。そこで改めて話を聞こう」







 ヴォルフ様とローズの遠駆け。


 それは、ローズでプレイした場合のヴォルフ様ルートのエンディングだ。




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