第99話 ご馳走様っ
だいぶ寒くなって来た裏庭のベンチで、私とプリシラはいつものようにお昼ご飯を食べていた。
「ふぅっ……ご馳走様っ、美味しかったわ」
「どういたしましてっ。あ、ほら、お口の周り、ソースが付いてるわ」
お昼ご飯を食べ終わった、と言うか食べさせ終わったプリシラの口元を拭いてあげると、プリシラはくすぐったそうに目を細めた。
周りには誰もいない、裏庭のベンチ。ここでもうどれくらいこの子と時を過ごしたんだろう。最初の頃、この子は敵意むき出しで……まぁ、私が全面的に悪かったんだけど。
それが今ではこうして私の彼女として、一緒に座っている。我ながらあの好感度最低地点からよく頑張ったなぁ……と感慨深い気持ちがこみあげてくる。
「ふふっ」
「どうしたの?」
「ううん……幸せだなって」
プリシラはニッコリとほほ笑むと、私の指に自分の指を絡めて来た。
「ご飯は美味しいし、それを食べさせても貰ってるし、それに……」
「それに?」
「……2人っきり、だし」
「あっ……」
プリシラの綺麗な瞳に、私が映っているのが見えた。
「だって……私達3人があなたと付き合うことになってから、お昼以外はほとんど全員一緒なんだもの。晩ご飯も、お風呂も、そして寝るときも、み~んな一緒」
「それは……」
そう、プリシラの言う通り私達が付き合いだしてからは、ほとんど四六時中と言っていいくらい全員一緒に行動していた。
当然お風呂もで、私が1人になるのはそれこそトイレの個室くらいなものだ。
「まぁ仕方ないとは思うわよ? だってみんなあなたと一緒にいたいんだし、それに……」
プリシラが指にきゅっと力を込めたのが分かった。
「抜け駆け防止ってのもあるしね。例えばお風呂とか、あの子1人に任せたらあなた……食べられちゃうかもしれないし」
「いやぁ、いくらソラリスでもそんな……」
「絶対無いって言いきれる?」
「……う~ん」
「でしょ?」
確かにソラリスって実は肉食系だったと言うか……もうアプローチが凄くて凄くて、もう毎日私タジタジなのよね。
本人曰く『物心ついたときから我慢してきたんですっ! これはしょうがないんですっ!』だって。いや、それ考えると前世では悪いことしたなぁって思う。だって何十年も私、プリシラのことしか頭に無くてずっと側にいてくれたソラリスの気持ちに気付かなくて――
「ねぇ」
「へ?」
「私からあの子の話題を出しといてなんだけど、今あの子の事を考えてたでしょ」
「え、あ、うん……」
「んもうっ……せっかくお昼はこれまで通りってことで2人っきりなんだから……」
プリシラがもう片方の手で私の手の甲をつねりながら、
「――私のことだけ考えるのよ、いい?」
「はうっ……」
とんでもない殺し文句をぶち込んできた。
「どうしたの?」
「いや、その……あまりにプリシラが可愛くて……」
「な!?」
「私、焼きもち焼いてるプリシラが一番好きっ……かも」
もちろんどんな時もプリシラは可愛いけど、やっぱりこう、プリプリしていると言うか拗ねてるときのプリシラが最高って思っちゃう。
「ば、バカっ……!! 彼女に焼きもち焼かせて、それが可愛いって……いじわるよっ、もうっ!」
「だってぇ」
「でも、そう言えば……」
プリシラがふっと考え込むように顎に指を当てた。
「なに?」
「その……あなたって、私の気を引きたくて私にいじわるしていたって、言ってたわよね?」
「……!! それは……平にご容赦を……」
思い出すと、心にナイフが刺さる。あの頃の私は本当にどうかしていた。ただただプリシラのことが気になってそれで私は――
「あ、いや……!! その、ごめんなさいっ……!! そう言う意味じゃないのよ!? もう私、そのことは水に流したんだから気にしなくていいわっ!」
「でも……」
「私がいいって言ってるんだからそれでいいのよ! それよりも私が聞きたいのは――」
大きく息を吸って、吐くプリシラ。そして、
「その……あなた、いつから私のこと好きだったのかな……って」
「え」
「だ、だって気になるんだもの!! 私、言ったでしょ!? 実はあなたに一目ぼれしていたんだって!!」
確かに、そう聞いた。プリシラが私に、一目惚れ……なんて運命のいたずらなんだろう。私さえ愚かじゃなければ、あんなことにはならなかったと言うのに……まぁ、今ではこうして幸せになれたんだけど。
「私、どうしたらあなたと結婚できるか……とかも必死で考えたりしてたのよ、実は」
「そうなの!?」
「そうよ……だって、私とあなたって爵位が違いすぎるんですもの……って、それより、あなたのことよ!! 最初は私と仲良くなりたい、ってあなたは言ってたけど……その……いつから私のこと、実は好き……だったの?」
「それは……」
正直に言えば、私の本当の気持ちに気付いたのはプリシラを完全に失ってから、だ。この子が他の男と結婚して、それで初めて気が付けた。それくらい私は、この子が言う通りの大バカだったのだから。
だから、私の答えは――
「――前世から、かな」
「……ふぇ!?」
「前世から私、あなたのことを好きだったのよ」
ウソ偽りない、これが私の真実の答えだ。だってそれ以外に答えようが無いし――
「そんな、前世って……ば、バカじゃないの……?」
「え?」
何かプリシラが、頬を真っ赤に染めてプルプルと震えてた。え、あれ?
「ま、まぁ、その……それくらい好きってこと、なのね」
「あ、あの……」
「なんかはぐらかされちゃったけど……上手い答え方もあったものね……」
あの? プリシラさん?
「……でも、気持ちは伝わったわ……凄く嬉しい」
気が付けばプリシラが私にぴったりと身を寄せて、頭をコトンと私の肩に乗せてた来た。あ、あれぇぇぇ!?
「――百点満点よ、クリス」
「いや、あの……」
ただの事実なんだけど、何かプリシラ的に物凄くお気に召したらしい……結果オーライ……?
「それにしても、前世から……ふふっ、前世から、か……」
もうプリシラってば、これ以上ないくらい上機嫌なんだけど……
「つまり私達は運命で結ばれてる、そう言いたいんでしょ? もう……照れちゃうわっ」
「…………………………そ、そう言う事なのよっ!!」
そう言う事にしておこう、うん。
「さてさて、それじゃあ……食後のデザートを頂くとしましょうか」
ニコニコ顔のプリシラが、私をじっと見つめて来た。
「え? 今さっきプリンをダースで食べたところじゃ――」
あれだけ作ったのがペロリだったのに、まだ食べるの? ほんと、あれだけ食べて太らないなんて羨ましいやら妬ましいやら……
「それも美味しかったけど――もっと美味しそうなデザートが私の目の前にあるじゃない」
「え……?」
プリシラは困惑する私の頬にそっと手を添えて、
「ちゅっ」
「……!?」
キス、された……!! デザートって……私の唇!?
「ふふっ、改めてご馳走様っ、とても美味しいわっ」
「ど、どういたしまして……っ」
胸が、まだドキドキしている。
私は我慢できず、いたずらっぽい笑みを浮かべているプリシラの手をそっと握った。
「プリシラ……」
「なぁに?」
プリシラがわざとらしく聞き返してくる。んもうっ……分かってるくせにっ……
「予鈴までまだ時間があるから、その……お、おかわり、してもいいのよ?」
「そう? ――じゃあ遠慮なく頂こうかしらっ」
そしてプリシラは予鈴が鳴るまで、たっぷりとデザートを堪能したのだった――




