第97話 人生何が起こるか分からない
「えっと……そもそもなんだけど、何でエルザさんがここに……?」
いくらソラリスの妹とは言え、何で彼女がここにいるか未だに分からない。
「それを今からご説明いたしますね、クリスお嬢様っ」
一歩前に出たエルザさんの顔は何と言うかこう……願いが全部叶ったとでもいうような、まさに喜色満面って感じだ。
その笑顔いっぱいのエルザさんはその艶っぽい唇をゆっくりと開き、
「単刀直入に申し上げますと――私を、お嬢様のお嫁さんにしてください」
「――へ?」
私の聞き間違い……かな?
「えっと……ごめん、良く聞こえなかったからもう1回言ってもらえる……?」
そうだよね、たぶん、いや、きっとそうに違いない――
「はい、私をお嫁さんにしてくださいって言いました」
聞き間違いじゃなかった!!
「え、えええええええええ!? お、お嫁さん!?」
「はい」
「私の!?」
「ええ、勿論です」
な、なななな、何を言ってるの、この子!! いや、百歩譲ってこの子の姉であるソラリスと結婚したがるならわかるわよ!? でも、なんで私!?
「ソラリスとじゃないの!?」
「えっ? そちらならお許しいただけるんですか?」
「絶対ダメ!!!!」
私は力いっぱい拒否しつつ、ソラリスを抱きしめた。
「この子は私のなの!! 私だけのものなんだから、他の誰にも渡さないわっ!!」
「お嬢様っ……」
私に抱きしめられた状態のソラリスが、目を潤ませている。
「ちょっと……」
「もちろん、プリシラも私のものよっ、あなたも絶対、誰にも渡さないわっ」
焼きもち焼きのプリシラが、早速ソラリスに焼きもちを焼いて袖を引っ張ってきたので、私はプリシラのことも抱きしめてあげた。
「それならいいのよっ、うんっ」
抱きしめられたプリシラは満足げに頷きながら、私に小鳥がついばむようなキスをしてきた……!!
ああっ……もうっ……!! 焼きもち焼きなプリシラ可愛いいいっ!!
「ずるいですっ、プリシラ様っ……私もお嬢様とキスしたいですっ……」
「はいはい、わかったわっ。交代交代でいいわね?」
「はいっ、わかりましたっ」
私の唇をちゅっちゅとついばんでいたプリシラが離れた途端、今度はソラリスによって私の唇が塞がれる。
プリシラとは対照的に私の唇をハムハムと甘噛みするようなキスに、プリシラの体がビクッとしたのが分かった。
「み、見かけによらず随分と大胆なのね……あなた」
「だってぇ……私、何年も何年も、ずっと我慢してたんですもんっ……」
「あなたも苦労してるのね……」
私がそんな二人のなすがまま、交互にキスをされ続けていると――
「あの~」
「あ」
「あ」
エルザさんの声で、2人がようやっと私を解放した。どうも2人共、私の唇に夢中だったらしい。
「ご、ごねんね、エルザ」
「まったくもう、お姉さまったら……浮かれすぎですっ。大事な話はここからなんですよ? お忘れですか?」
「忘れてない、忘れてないわっ」
慌てたように、ソラリスがブンブンと手を振った。
「おほん……さて、ではエルザ、続きを」
「はぁ~い。――で、私をお嫁さんにして欲しいって件なんですけど」
「だ、だから……それ、本気なの!?」
「はい、本気も本気ですけど? 私は大まじめに言ってます」
え、ええええ……? エルザさんが、私のお嫁さんに……? いや、全然話が見えないんだけど……!?
「えっとですね、クリスお嬢様。順を追ってご説明いたしますね?」
「ええ……お願い……」
だって、本当にわけが分からないもの。
「まず……私のお姉さまであるソラリス様は、平民です。なので、クリスお嬢様は、本当はお姉さまと結婚したいのに出来ない……そうですよね?」
「ええ……」
残酷なようだけど、それが貴族のルールだ。公爵家を継ぐ者としては、そのしきたりを破るわけにはいかない。だからこそソラリスには妾で我慢してもらうしかないわけなんだけど……
「――だったら、お姉さまが貴族だったら、問題はすべて解決しますよね?」
「……え?」
「ですよね?」
「それは……言われてみれば、そう、だけど……」
でも、平民が貴族になるなんて、それこそ戦とか事業とかで功績を認められないといけない。
戦なんてここ100年以上無い平和なものだし、貴族に叙せられるほどの事業を成すにしてもそれこそ何十年かかる事か……
「そう簡単に平民を貴族に出来たら、苦労しないわ」
「ええそうですね。でも……」
そこでエルザさんはニンマリと笑みを浮かべた。
「貴族が養子に迎えたら……どうです?」
「はぁ……!?」
何を無茶苦茶なこと言っているの?
「何の理由も無く、貴族が平民を養子にするなんて、そんなこと親族が許すわけが――」
「――なるほど……そう言う事ね」
「プリシラ?」
「つまりは、それ相応の理由――功績があればいいってこと、でしょ?」
「流石はプリシラ、鋭いわね」
「いかにもあなたの考えそうな裏技だもの。で、そのソラリスの功績が――あなたとクリスを結びつけた、ってことにするわけね?」
「ぴんぽーん」
……えええええ!? そ、そんなのアリ……!?
いやでも、確かに……自分で言うのもあれだけど、次期公爵家を継ぐ私との縁を取り持ったと言う事になれば……その功績は相手の家にとっては計り知れないほどのものになる。
「つまり、私をクリスお嬢様と引き合わせたのが私のお姉さま、よって我が家はその功績に報いる形で養子に迎える――という筋書きです」
「なんてことを思いつくのよ……」
「もちろん、養子と言っても形だけですよ? 流石に相続権とかは与えられませんから初めから放棄してもらいますし、あくまでもすぐ嫁に出すということなら、貴族としての箔を付けてあげられると言うお話です」
「私はお嬢様のお嫁さんになれれば、他には何もいりません」
確かに……それなら、可能……だ。
平民の子を嫁にしたいがために、私から他家に働きかけるのは許されないけれど……他家が自発的に行ってくれるというのなら、話は別だ。
「どうですか? クリスお嬢様?」
「よく考えたわね……」
「ふっふっふ。これも愛しいお姉さまのためと、私のためです。何せ私はクリスお嬢様のメイドになりたいんですから」
「え」
どゆこと?
「だって私、一応れっきとした貴族ですから、クリスお嬢様に正式にお仕えすることは出来ません。ですが……表面上は妻として、そして実態はメイドとしてなら……うふふ」
「え、ええええ……?」
「クリスお嬢様は、私の理想のお嬢様なんです。ぜひ、生涯お仕えさせてくださいっ……!!」
エルザさんはそう言うと私の足元に跪き、私の手をとってそれに頬ずりをした。
「ああっ……お嬢様っ……」
「な、ななな……」
「諦めなさい、クリス……この子はこういう子なのよ」
「プリシラ?」
「この子はね、人生を捧げられるお嬢様を探していたの。それがあなた……ということなんでしょ」
ちょっと意味が分からないんだけど……でも、エルザさんの顔は幸せそのものだ。
「だから、私と結婚……したいの?」
「はいっ」
即答だった。
「そうすれば私も幸せ、クリス様はお姉さまを正式なお嫁さんにできて幸せ、お姉さまの幸せは言わずもがなですよね?」
「私の幸せは?」
「あら? 大親友の私と生涯一緒にいられるのよ? プリシラも幸せでしょ?」
「こいつは……」
プリシラが呆れたような、でもどこか楽しそうに笑った。
「プリシラが第一婦人、私が第二婦人、そしてお姉さまが第三婦人という事にすれば……まぁ、ギリギリ許されるんじゃないですかね?」
「ううん……多分……」
お父様も、お母さまも、形式上貴族になったソラリスなら、しかも第三婦人なら……許してくれるだろう。
「あなたが第一じゃないんだ……」
「え? だってプリシラが第一の方がいいでしょ?」
「それはそうだけど……でもあなたは伯爵令嬢なのよ? 私が第一じゃあバランスが――」
「まぁまぁ、私の家は私が当主になるんだから、それくらいゴリ押すわ。ウィンブリア公爵家と縁戚になれる実利の前では、親族も文句は言えないでしょ」
「まぁ、あなたがいいならそれでいいけど」
いいのか。
「では、クリスお嬢様? お返事はいかがですか?」
「え、えっと……」
「私と結婚して頂けましたら、お姉さまをお嫁さんにすることが出来ますよ?」
「うぐっ……!!」
それは、私にとって決定打とも言える殺し文句だった。
「お嬢様……」
ソラリスからそんな目で見つめられたら、ノーと言う選択肢なんて残ってるわけないでしょ……?
「――分かったわ。あなたもお嫁さんにするわ」
「はいっ、ありがとうございますっ」
これで私は、3人の女の子を嫁にすることが確定したわけだ……それも今日1日で、嫁が3人。
なんて日なんだろう。
「――それで、クリスお嬢様?」
「あ、はい」
あまりの事態に私が呆然としていると、エルザさんがやや恥じらいながら、
「その……私は嫁としてはカウントしてもしなくてもいいので……夜の方は、お嬢様にお任せしますね……?」
「ほぇ……!?」
よ、夜って……つまり、アレよね!?
「純粋なメイドとして扱って頂くもよし、もしくは――」
エルザさんが、ゆっくりと私の手を撫でて――
「私からも可愛がられたいという事であれば……不肖このエルザ、誠心誠意、クリスお嬢様を可愛がって差し上げますねっ」
にっこりとほほ笑んだ。
「ほぇぇぇぇぇ……!?」
私、3人から可愛がられちゃうの!?
「まぁそれは、結婚してからおいおい考えましょう、ね? クリスお嬢様?」
「え、あ、はい……」
「それでは、私達3人はクリスお嬢様の嫁仲間ということで……よろしくねっ」
エルザさんが――いや、エルザが私達にぎゅううっと抱きついてきた。
いやぁ……本当に、人生何が起こるか分からないわよね……
今日、朝起きたときはこうなるなんて夢にも思っていなかったわ……
お読みいただき、ありがとうございますっ!!
これにて第4章完結となります!
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