第96話 酷くない?
「~♪」
プリシラとキスをした後……プリシラは上機嫌そのものって感じで私を抱きしめていた。時折私のほっぺをついばむようにちゅっちゅとしてくるのが何ともこそばゆい。
私にとって夢にまで見た光景なんだけど……でも、私にはプリシラに告げなければいけないことがあった。
いや、今言うものどうかなとは思ったけど、今言わないと余計にとんでもないことになりそうだし……早めに言うに越した事は無いだろう。
「ね、ねぇプリシラ……?」
「なぁに?」
プリシラは甘えたような声をあげながら、耳たぶにはむっと甘噛みをしてきて――私の体に雷に打たれたような衝撃が走った……!!
ぷ、プリシラ、今までのツンツンした感じはどこに行ったの!? こんなに積極的だなんて……!!
「もしかして……いいのかしら?」
「へ……?」
私の体に力が加わり、そのままベッドに押し倒された!!
ちょ……!? ダメだってばっ……!!
「ぷ、プリシラ、ダメよっ……」
隣に、ソラリスもいるのに、そんなっ……
「でも私、結構我慢してきたんだけど」
「ほぇ!?」
我慢……!? それって……
「その……い、いつから……?」
「ん?」
「いつからその……私のこと、好き……だったの……?」
恐る恐る、私は押し倒された状態のままプリシラに尋ねる。
「はっきりと自覚したのはさっきだけど……でも、そうね……多分あなたが看病に来てくれたときには好き……になっていたんじゃないかしら……」
「そう、なの……?」
「だって私、仮にも貴族よ? だから、その……好きでもない相手に、体を拭かせたりしないでしょ……ばかっ……」
そう言われると……確かに、そう、かも……貴族が肌を晒すのはお付きのメイドとかは別にしたら、それこそ恋人だけだ。
「まぁきっかけは、あなたのご飯が美味しかったから……かな」
「そ、そう……」
「あなたのせいで、私、あなた無しじゃ生きていけない体にされたんだから……責任は取ってもらわないとね」
プリシラは私の上に覆いかぶさったまま、耳元で囁いてくる。ついでのようにまた耳たぶを甘噛みされて、私の体がビクンと跳ねる。
「ぷ、プリシラ……そ、その言い方は何と言うか……すごくえっちよ!?」
「そうね、私もそう思うわっ。でも、責任は取るべきって言うのは正論でしょ?」
「それは、勿論よ……!! 私、絶対あなたをお嫁さんにするからっ……」
「ふふっ、嬉しいわっ」
プリシラはにっこりと笑うと、私の首筋をつーっと撫でて来た。
「でも……あなたの作るご飯も美味しいんだけど……」
「だ、だけど……?」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「やっぱり、あなたも美味しそう、なのよね」
「ふぇ!?」
「……正直言って私、あなたのことすっごく好みなの……今だから言うけど、初めて会った時、実は一目惚れしてたくらいよ」
「……な!?」
何それ……!! 一目惚れ……!?!? つまり、私さえあんな馬鹿な事をしなければ、速攻恋人関係になれてたってこと……!? そんなぁ……!!
「はぁ……こんなに美味しそうな料理を前におあずけなんて……ホント辛いわ。そうは思わない?」
「そ、そうだけど……!」
「だったら……ね?」
「だ、ダメだってばっ……!!」
なんで私、1日に2回も女の子に食べられそうになっているの!?
貴族的にそれはダメなんだってばぁ……!!
「ほ、ほら、我慢したほうが、絶対に美味しいから……!! ね……!?」
「えぇ……? やっぱりダメ、なの……?」
「ダメっ……!!」
油断も隙も無い……!! さっきダメって言ったのに、また危うく食べられるとこだったわ……!!
それに、その……言わなきゃいけないこともあるんだし……
「――プリシラ、実はその……話があるんだけど……」
「話?」
「ええ――ソラリス、いるんでしょ? 入ってきて」
「ちょ……!?」
こんな状態でソラリスを呼んだ私に驚いたのか、プリシラが飛び跳ねるように私から離れた。
「な、何考えてるの……!?」
「いいから、ね」
「……あなた、まさか……」
私の呼ぶ声に合わせて、隣の部屋に待機していたソラリスと――なぜかエルザさんが部屋に入ってきた。
「……へ? エルザさん?」
「あ、はい。ちょっとこの子のことでも話がありまして……呼んできました」
「そうなの? でも……」
ちらりとエルザさんに目をやると、エルザさんはニッコリと笑った。
「でもこれは、私達3人の問題で……」
「いえ、お嬢様、どうかエルザも同席をお許しください」
「え、ええ……?」
深々とソラリスから頭を下げられて、私は困惑する。エルザさんもって……どういうこと?
「……まぁいいじゃない、クリス」
「プリシラ?」
……まぁ、プリシラとソラリスがそう言うなら……いいけど。
「……じゃあ、話とやらを聞きましょうか?」
ベッドに腰かけながら腕を組むプリシラ。そんな彼女に、今から私はソラリスとのことを告げなくてはいけない。
私は何度も深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。そして――
「その……プリシラ、私達今日から付き合うことになったわけ……じゃない?」
「そうね」
「……!!」
私の言葉にプリシラは頷き、ソラリスはビクリとした。
「それで……その……何というか……」
い、言いにくい……でも、でも、言わないと……!!
「――この、ソラリス……とも……つ、付き合いたいの……!!」
言った……言ってしまった……
我ながらなんという二股宣言。貴族的には全然おかしいことじゃない……とは言え、それでも……ねぇ?
「…………………………ふぅん?」
長い沈黙の後、プリシラが微笑んだ。
あの……笑顔が怖いんですけど……
「へぇぇ……そうなんだぁ……私と付き合うと決めた日に、他の子も彼女にしたい……そう言う事なのね?」
「あ、うん……そうなの……」
やばい……怒ってる……!! 当然だけど絶対怒ってるよぉ……!!
「あなたと付き合うと決めた以上、この子とも付き合おうって決めたの……だから……ね?」
「………………」
「私、あなたの言う通り鈍感みたいで、この子の気持ちにも、自分の気持ちにも気付いてなかったの、それで、だから、えっと……」
何とか伝えようとするけれど、うまく言葉にならない。
プリシラは、考え込むようにしばらく天を仰ぎ――それから私に目線を向けた。
「……まぁ、そりゃあ確かに? あなたは国内でも有数の大貴族よ? だから恋人が2人3人いても全然おかしくはないけど……さぁ」
「え、えへへ……」
「はぁ………………」
プリシラは深く深~く息を吐くと、
「これも惚れた弱みってやつね………………で?」
「ん?」
「……私が彼女として1人目、ってことでいいのよね?」
「……え!?」
そ、それって……!!
「ソラリスのこと、認めてくれるの……?」
「まぁ認めると言うか何と言うか……だって、こうなるだろうなって薄々思ってたし」
「そう……なの?」
「あなたは鈍感すぎるから気付いてなかったでしょうけどね……どっからどう見ても、この子、あなたにベタ惚れだったでしょ」
「え」
「ていうか私、一目見たときから気付いてたわよ。それなのにあなたときたら……」
プリシラが、呆れたように髪の毛をいじっている。そしてソラリスの方に目をやって、
「ソラリス」
「は、はい……」
「――お互い大変ね、こんな鈍い子に惚れちゃって」
「あ……そ、そうですね、プリシラ様っ……」
あ、あれ……?
「本当に大変でした。いくらアピールしても気付いて頂けなくて……」
「ホントよね、私、結構グイグイ行ってたつもりなんだけど……このニブチンときたら……!」
「全くですよねっ!」
あの、お2人さん?
「それにアレでしょ? これはあくまで私の推測なんだけど……デートとかお弁当とか、クリスに私をその……落とすための策を授けていたのはあなたでしょ?」
「あ、お見通しでした……?」
「そりゃね、だってこの子、頭は抜群にいいわりにポンコツだし、あんな策を思いつけるとは思えないもの」
酷くない? ねぇ。
「となると、あなたは私の恋敵であると同時に……恩人でもあるわけね」
「恩人……?」
「だってそうでしょ、あなたのおかげで私――」
プリシラはすっと私に身を寄せて、ぎゅっと私を抱きしめた……!!
「――この子と恋人同士になれたんだし。あれだけ嫌っていたこの子とよ? 自分でも信じられないわ……」
「まぁ、それは私も信じられない気持ちでいっぱいですけど」
「そう言えば……山で遭難した私を助けに来てくれたのも、あなたの提案なの?」
「いえ、あれはお嬢様の独断です」
「そうだと思った。今考えるとあまりに行き当たりばったりだったし」
やっぱり酷くない? ねぇ!?
「ホントですよねっ、お嬢様ったら無鉄砲と言うか何と言うか……」
「基本的に勢い任せよね、頭いいくせに」
そんなふうに思ってたの……!? てか何で意気投合してるの!?
「……ふぅっ、まぁ、私って焼きもち焼きだし、他の子ならイヤだったけど……恩人であるあなただったら、まぁ……いいわ」
「私も焼きもち焼きですけど、それでもお嬢様の幸せが私の幸せですから、プリシラ様とお嬢様がお付き合いできて、私、幸せですっ」
「そう、ありがとっ。そう言うあなたも、良かったわね。愛しいお嬢様とお付き合いできることになって」
「はいっ……!! ありがとうございますっ……!!」
え、えっと……これは……つまり……?
「という事でクリス」
「お嬢様っ」
2人が声を合わせた。
「は、はい」
「これからよろしくねっ」
「よろしくお願いしますっ」
「え……」
いいの……!? やったぁ……!!
私の隣にちょこんと座って来たソラリスと、さっきから隣に座っていたプリシラ。両隣から、私の彼女となった女の子2人に挟まれて、私はもう幸せでいっぱいだった。
「あ……でもソラリス、本当に申し訳ないんだけど、あなたはお嫁さんには……」
「それなんですけど、お嬢様、ちょっとお話が……」
「え?」
「エルザ」
ソラリスが妹であるエルザさんに声をかけると――エルザさんは満面の笑みを浮かべるのだった。




