第93話 この鈍感娘はっ……!!
「うぅん……」
私は放課後の廊下を唸りながら歩いていた。唸っている理由は、我ながら贅沢な悩みだと思うんだけど……プリシラ、そしてソラリス、この2人の女の子とのことについてで、最近この2人との関係が変わってきたと言うか……
プリシラは、その……何というか、私のことが好き……なんじゃないの?? って思わずにはいられないくらい、すっごい私にベタベタしてくるようになった。
いや、もちろん最初は私の自意識過剰かなとも思ったけど、もうびっくりするくらい私に甘えてくるんだもん!
手は積極的に握ってくるし、あーんもおねだりしてくるし、この前なんて膝枕なんてしてくれたし……!! ああっ……でも私の勘違いとかだったらもう私生きていけないし……でも……ううん……
もう1人はソラリス。ソラリスは少し前からなんかこう……すごく積極的になってきたと言うか……
特にここ最近では毎日毎日私に『大好きですっ』って言いながら抱き着いてくるようになったし、そのせいでもうドキドキしてしょうがない。
気が付けば、もう私はソラリスをメイドとしてでも、妹でもなく、1人の女の子として見てしまっていた。
子供の頃からずっと一緒にいて、あんなに慕ってくれているソラリスをそんな目で見てしまう自分に呆れてしまうけど、よくよく考えてみたらあれだけ可愛い子と一緒にいたんだからしょうがないじゃないか。
こうなったら、いっそのこと2人共私の嫁に……
いや、でも、プリシラはともかくソラリスは平民だ。私自身は貴族と平民の間に壁なんてあるべきじゃないとも思うけど、そうは言っても私にも立場というものがある。
次期公爵家をしょって立つ私には、それ相応の振る舞いというものが要求されると言うのも分かっている。だから、私はあの子をお嫁さんにしてあげることが出来ない。
妾……になら、できるけど、それでも私はプリシラを絶対お嫁さんにしたいわけで、そうなるとソラリスが可哀そうだし。
第2婦人なら……いや、無理だ。例え第2婦人にでも、公爵の妻に平民を、と言うのはどう考えても許されるわけがない。
私がせめて伯爵くらいなら第2婦人にソラリスを迎えるのも何とかなったかもしれない。でも私は公爵……なんて贅沢なことを言ってるんだと自分でも思うけど、好きな子をお嫁さんにもできないなんて平民にも劣るじゃないか。まぁお嫁さん2人を貰えないかと考えてる時点であれなんだけど――
「もし――」
それにしても、まさかプリシラ一筋だった私がソラリスのことも好きになっちゃうなんて思いも――
「もし――」
「……え?」
「すみません、ちょっといいですか?」
「え、あ、はい」
考えに没頭しすぎていて、話しかけられたことに気付いていなかったようだ。えっと……でも、この男の人、誰? 何か見たことあるような……気がしなくもないような? と言うか見ていると無性に腹が立ってくると言うか、怨敵と言ってもいいような感じがしてくるんだけど……
「えっと……」
「あ、申し遅れました。私、グラーク子爵家の、フランツと申します」
…………ん? グラーク子爵家の、フランツ……?
………………あ、あ、あああああああああああ!? 思い出した!! この人!! 前回の人生でプリシラと結婚した……!! 私の宿敵じゃないか!! いや、あっちは私のことなんて敵とも思っていないだろうけど、私的には宿敵だ。何せ私のプリシラを奪っていったにっくき相手なのだから。
「――――これは失礼しました、フランツ様。ウィンブリア公爵家のクリスです」
はらわたが煮えくり返るのを押し殺し、私は口もききたくない相手に儀礼的に返事を返す。
「それで、一体何の御用でしょうか?」
私はあなたなんかと話す事は無いんだけど。
「その……少々お話がありますので、付いてきてもらっていいでしょうか?」
「――はぁ」
正直言って全く、これっぽっちも付いていきたくなんてないけど、こんなところで殿方と話しているのを見られるのもちょっとアレなので、私は仕方なく付いていくと――屋上へと案内された。
「――それで? 何の御用でしょうか? 私達、面識は無かったはずですけど」
努めて冷静に、私は言葉をかけると彼……グラーク子爵令息は言いにくそうに頭をかいた。
「その……何と言いますか……単刀直入に言いますと……」
「はい」
私は相手の言葉に身構える。なにせ相手は前世でプリシラの夫になった男だ。今回は接点が無いように私が働きかけてきたけど、運命はどんなイタズラをしかけてくるか分からない。
ひょっとして、私の愛しいプリシラを奪おうとしてくるんじゃ――
「……わたくしめと、お付き合いをして欲しいのです……!!」
「……はぁ?」
思わず変な声が出た。それくらい予想外だった。え? いや、え? 何で? 何でそうなるの? と言うか私、あなたのこと知りもしないんですけど?
「あの……なんでそうなるんですか?」
「はい……!! 実はその、私はクリス様が仲良くしておられるプリシラ嬢と、引き合わせてもらったことがございまして」
「はぁ……」
それは知ってる。確か親同士が会わせたとかそんなんだったような気がする。でも今回の人生ではそれっきりだったはずで、プリシラはこの男のことを何とも思ってなかったはずだ。
「それならなおのこと、相手をお間違えでは?」
絶対にプリシラは渡さないけどね?
「いえ、それなのですがその……プリシラ嬢と仲良くしているあなた様をお見かけするにつけ……実にその、お美しいお方だと思いまして……」
「はぁ……」
え? 何? プリシラと仲良くしている私を見て、好きになったと? そう来るの? 運命のいたずらにしてもアレ過ぎない? まぁ、私女の子しか恋愛対象じゃないし、そんなこと言われても知らないんですけどね。
「で、ではその……そう言う事ですから……!!」
何がそう言う事なんだ、何が。
「お返事は後でも構いませんので……これにて失礼……!!」
彼はそう言うと、礼儀正しく一礼をして去っていった。う~ん、プリシラの夫になっただけはあって悪い人ではなさそうだけど、ただそれだけね。
返事は後でもって言われても、断るだけだから今返事をしてあげてもいいんだけど。だって私はプリシラのことを愛しているわけだし――
「ひゅ……」
そんなことを考えていたら喉から変な声が出た。
彼が去っていったその先のドアからすれ違うように――私が今想っていた、プリシラがゆっくりと姿を現したのだ。
え……? な、なんで……? いや、と言うか見られた……? 別に見られてもやましいことは何も無いし……でも、相手はプリシラの前世での夫、これが一体どうなるのか――
「ねぇ」
スタスタと近づいてきたプリシラに気圧される形で、私はフェンスまで後ずさった。
「な、なぁに? プリシラ、こんなとこでどうしたの……?」
「それは私の台詞よ……ねぇ、こんなとこで何してたの?」
「べ、別に何も――」
「さっきの男の人と、何話してたの?」
見られてた!! で、でも私はあんな男に欠片も興味は無いし、私はプリシラ一筋――あ、今はソラリスも好き、だけど……
「彼、確か――グラーク子爵令息よね?」
それは、知ってるよね。だって前世ではあなたと結婚した人なんだし。
……あっ
もしかして、今回でも、まさか……プリシラ、彼のことを……? でも、そんな気配は微塵も無かったのに……?
「そ、そうだけど……」
「ねぇ、何を話していたの?」
ドンっ
プリシラは、私をフェンスに押し付けるような形で、フェンスに手をついた。
「べ、別に何も……」
「へぇ? ――告白されるのが、別に何も、何だ?」
「聞いてたの!?」
最初から、見られてた……!? もしかして私が声をかけられたときから、ずっと見ていた!?
「あ、あの……プリシラ……」
「なぁに?」
プリシラは、私をフェンスに追い込んだ形で私を覗き込む。
「その……彼のこと……もしかして……」
「……?」
「好き……なの……?」
運命は変えたはずなのに、それなのに収束してしまうの? せっかくあれだけ頑張ったのに、運命には勝てないと言うの? 生まれ変わってから、ずっとずっと、プリシラのことを想って生きて来たのに、それなのに――
思わず涙がこぼれそうになっている私に、プリシラから返って来た言葉は――
「――はぁ?」
だった。
「あなた、バカなの?」
更にバカなの? のおまけつき。え? ええ?
「あんな人、好きになるわけないじゃない。そもそも一回会っただけでしょ? 何を言ってるの?」
「え、いや、だって――」
「私が言ってるのは……その……あなたのことよっ……」
「私……?」
「そうよっ……! あなたよっ! あなたがどうするのって聞いてるのよっ……」
「え、そんなこと言われても……」
断るに決まってる。だって私、あなたのことが好きなんだから。
「ああもうっ……じれったいわねっ……!」
プリシラは、私の腕をぎゅっと掴んだ。
「……受けないって言いなさいよっ」
「……えっ?」
「だから、あんな告白、受けるなって言ってるのよっ……」
いや、そもそも受ける気は微塵もありませんが? だってそもそも誰あなた? レベルだったし。でも……
「プリシラ、そんなに言うなんて……やっぱり、彼のこと好き……なの?」
「はぁぁぁ……? だ~か~ら~、ほとんど面識ないって言ってるでしょ!?」
「だって、すっごいこだわってるから、私っ――」
「何でそうなるの!? あなた頭はいいのに、なんでこんなにバカなのよっ……!!」
「だって、それ以外に考えられないもの――」
運命の収束、何て恐ろしい――
「ああっ……もうっ……この鈍感娘はっ……!! 何でこんな子に私っ――」
プリシラはそう言うと、私の目の前で大きく息を吸って吐き――
「んっ……」
気が付くと、ただでさえ近かったプリシラの顔が、私のすぐそばにあった。と言うかほとんど密着している。
…………え?
何? 何なの?
唇に、あったかくて、柔らかい感触が……これって……
「……こう言う事よっ……バカッ……」
今まで私をフェンスに縫い留めていた手をほどいて、プリシラが真っ赤な顔をしながら私から離れた。
その手は、自分の口元に当てられている。
……口元? え? え? あれ? 今の感触、私、覚えがある。これは昔、確かソラリスと、キスをした時と同じ――
「…………!?!?!?」
え!? ちょ、ちょっと待って!? つまり、私、今、プリシラと……?
「ぷ、プリシ――」
「こ、こっち見るなぁっ……!!」
プリシラは両腕を交差させるように、自分の顔を覆い隠してしまった。
「さ、最初はあなたからさせるつもりだったのにっ……これじゃあ私の負けじゃないっ……!」
「え、いや、えっ……」
頭が混乱している。何が起きたのか、まだよく理解が出来ない。
「もうっ……バカ~~~~っ!!」
プリシラはそんな私を置き去りにして走り去ってしまい――私はその場に、ぺたんと座り込んだ――




