第92話 私が独り占めしたい
「今日もアシストありがとね、ソラリス」
今日はソラリスのおかげでプリシラに膝枕までして貰うことが出来たので、私は凄く上機嫌だった。
隣に腰かけたソラリスはぴったりと寄り添いながら、私に頭を撫でられて目を細めている。
「いえいえ、いいんですよ。だって――」
ソラリスはそこで言葉を区切ると、潤んだ瞳で私をじっと見つめて来た。
「私、お嬢様のこと大好きですから」
「ふぇ……!?」
「大好きですっ、お嬢様っ……お嬢様は、私のこと……好き、ですか?」
「え、あ、そ、それはもう、大好きよっ! 当たり前じゃない!」
子供の頃から一緒にいて、私の妹の様な存在だったソラリス。
もとよりただのメイドとして見たことなんか一度も無くて、私の大切な友人、と思っていたんだけど……それに加えて、最近ではこの子を女の子として見ている自分に気づいてしまっていた。
メイドとして部屋でお仕事をしているときとか、チョコマカと可愛く動く姿をついつい目で追ってしまうし、デートをしてる時も、お風呂に一緒に入ってる時も、一緒に寝るときも、実はかなりドキドキしている。
だってソラリスってば世界で2番目に可愛いし、そんな可愛い子と四六時中一緒にいたら、変な気持ちにもなってしまう。むしろ今までよく平気だったな私、と驚くくらいだ。
こんな可愛いソラリスとずっと一緒にいて、これまで意識してこなかったなんて、私ってば何やってたの? プリシラに夢中で、そのせいで今まで見えてなかったんだろうか。
「お嬢様……っ」
ソラリスが、ただでさえ密着してると言っていいほどの距離にある私達の距離をさらに詰めてくる。
ああっ……もうっ……!! 何でこんなドキドキするのよっ……!!
「あの、お嬢様?」
「な、何かしら!?」
「その……今日のご褒美をいただいてもよろしいでしょうか?」
「え、あ、そ、そうねっ!」
プリシラとのことが上手くいったらご褒美をあげる、そう言う約束だった。でも、今私かなりドキドキしているし、この状態でご褒美とか言われたら、私っ……!
「では……抱っこして頂いてもよろしいですか?」
「だ、抱っこ……?」
「ダメ、ですか?」
「い、いや……! そんなことないわよっ!? ほ、ほら、いらっしゃい!!」
私は努めて冷静さを装いながら、膝をポンポンと叩いた。そんな私に、ソラリスは、
「えっと……今日は、正面から抱っこして頂きたいんですけど……」
「ふぇ!?」
「やっぱりそんなのダメですよね? だってお嬢様を跨ぐ形になっちゃいますし……」
それは、全然いいんだけど、それってほとんど抱き合うみたいな形にならない!?
でも、今日はプリシラから膝枕までして貰えたわけだし、その功績を考えたら聞いてあげないわけにもいかないわよね……
「……い、いいわよ?」
「ホントですか!?」
ソラリスが、顔をパッとほころばせる。その満開の花のような笑顔に、私の心臓がドキリと跳ねる。
「も、もちろんよ……!! このクリスに二言は無いわっ……!!」
「ああっ……お嬢様っ……!! ありがとうございますっ……大好きですっ……!」
ま、また好きって言われた……!! ソラリス的には親愛の好き、なんだろうけど、やっぱりどうしてもドキドキしてしまう。
「では……失礼いたしますね?」
「え、ええ……」
ソファーに座っていたソラリスが立ち上げると、私の正面にやって来てそのまま私を跨ぐ形で足を開き――ソファーに膝をついた。
「……」
私の目の前に迫るソラリスに、私は思わずごくりと唾を飲んでしまう。
「い、いざとなると、恥ずかしいですねっ……」
足を開いて私に跨る形になっているんだし、それは当然だろう。と言うか私もかなり恥ずかしい。
「ではっ……」
掛け声とともに――ソラリスが私にギュッと抱き着いてきた……!!
「~~~~~~~っ!!」
「ああっ……お嬢様っ……」
私の背中に手を回し、その身を私に預けてくる。あまりの衝撃に、私の頭が一瞬真っ白になった。
「……お嬢様? 抱っこなんですから、私のことも抱きしめて下さらないと……」
「え……!? あ、そ、そうねっ……」
私は混乱したまま、言われるままにソラリスの背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
「お嬢様っ……大好きですっ……」
「ふひゃうっ!?」
抱っこされた形になったソラリスが耳元で甘くささやいてきて、そのこそばゆさに思わず変な声が出てしまった。
「こ、こんなこと、他の子にしたらダメだからねっ……!? 誤解されちゃうわっ!」
「誤解って、何がですか?」
再度ソラリスが、耳元でささやいてくる。
「ご、誤解は誤解よっ……!! とにかく、絶対ダメだからね!! エルザさんにもしちゃダメだから!!」
たとえ妹相手でも、絶対こんなことさせられない。だって私がこんなにドキドキするんだもん。エルザさんだって絶対ドキドキするに決まっている。
……あれ? 何で私、エルザさんのことを考えてるんだろう?
「お嬢様……ひょっとして、焼きもち焼いてくれてるんですか?」
「ふぇ!?」
や、焼きもち……!? 私が……!?
「ああっ……お嬢様、嬉しいですっ……」
ソラリスが、私にぎゅっっっと抱きついてきた……!! いや、当たってる!! と言うか潰れてる!! 何がとは言わないけど!!
「え、あ、いや、これは、その……!!」
「大丈夫ですよっ、私が抱っこしてもらう相手なんて、未来永劫お嬢様だけですからっ」
なんかそれ、すっごい照れる……まるで告白みたい。
「で、でもさ……? メイドの指導として、エルザさんに膝枕とか教えているわけじゃない……?」
「それは……姉としての務めですし」
「でもっ……」
なんか、すっごいモヤモヤするって言うか……
「ソラリスのお膝は、私が独占したいし……」
「お嬢様……!!」
背中に回されたソラリスの腕に、一層の力が込められたのが分かった。
「分かりました……!! では私のお膝はこれから先お嬢様専用ということで……!」
「え、でもそれじゃあエルザさんのメイド教育に支障が出るんじゃ……膝枕もメイドの必修科目なんでしょ?」
「ええそうですね、ですから――」
ソラリスはにっこりと笑い、
「――これからエルザにメイドのご奉仕を教えるときは、お嬢様にご協力をお願いいたしましょう」
「……へ?」
「膝枕やマッサージ、耳掃除など、他のご奉仕の時もお願いいたしますね?」
「ちょ……!? え……!? 私が、エルザさんにそんなことしてもらうの……!?」
「だって、そうしてもらわないと、エルザのご奉仕の練習台は全部私ってことになりますけど……?」
そ、それは……
「それは、いやっ……そんなのダメッ……」
「お嬢様っ……」
ソラリスが、私の言葉に目を輝かせた。
だって、ソラリスは私が独り占めしたいんだものっ……
「ソラリスは、私のだもんっ……」
「ああっ……そこまで言ってもらえるなんて……私、幸せですっ……」
ソラリスは、私がちょっと頭を動かせばキスできそうなほどの距離でうっとりとした顔をしている。
「ご安心くださいっ――私は生涯、お嬢様ただ一人のものですからっ……」
「うんっ……」
私達はそのまましばらくの間、無言で抱き合っていた――




