第90話 せいぜい堪能するといいわっ
最近、プリシラの様子がおかしい。いや、部屋まで会いに行って話し合った結果ご飯もいっぱい食べてくれるようになったし、手も繋いでくれるようになった。
でもその日から、更にプリシラの様子がおかしくなった。
具体的にどうおかしいかと言うと――
「~♪」
スキンシップが凄く多くなった。
朝は毎日私の部屋まで来てくれて一緒に教室まで手を繋いで行ってくれるし、お昼も当然のように私に『あーん』するように甘えてくる。教室を移動するときも必ず手を繋いでくるし、もうクラスメイトの目も気にしていないようで、私達はもうすっかり彼女同士という事で周りに認識されていた。
実際はまだ付き合ってもいないんだけど。
今も放課後に私の部屋に来てくれて、私の隣に座って腕を絡ませて上機嫌に本を読んでいる。
なんかこう……ここまでひっつかれると、その……もしかして、私のこと好き、なんじゃないかって思いそうになる。
だっていくら仲がいいからって、友達にここまでスキンシップする……? しかも当然のように胸まで押し付けてくるし、こ、これってやっぱり……いや、でも私の自意識過剰かもしれない。だってこれがプリシラにとっての友達に対しての当たり前かもしれないし。
これでもし私から『もしかして……私のことが好きなの?』って聞いてみて、『はぁ……? バカなの?』なんて返ってきたら私、耐えられない。
ああっ……でも、このままモヤモヤとしたままこんなベタベタされたら、私の心臓も耐えられないっ……
「……あの、プリシラ様?」
「なぁに?」
私がそんな感じで悶々としながらプリシラからスキンシップを受けていると、メイド仕事を終えたソラリスがプリシラの反対側に、私を挟むように腰を下ろし――
「最近、お嬢様にくっつきすぎじゃありませんか?」
なんて言いながら、自身も私に腕を絡ませてきた――!!
むにゅっ
当たってる……!! すっごい当たってる……!!
左右からとんでもなく豊かなものに挟まれて、改めて私のペタンコさを実感させられる。
「そうかしら? あなたの気のせいじゃない?」
「そんなわけないと思いますけど?」
「それを言うんなら、あなただってエルザと仲良くしているじゃない」
「あ、あれは、姉としてしっかりと妹を指導する義務があるからで――」
「ええ? お姉さま、義務でやってたんですか……?」
お茶をいれていたメイド服姿のエルザさんが「よよよ……」と泣きまねをして見せると、ソラリスは、
「あ、あああっ、違うわよ、エルザ! 義務もあるけど、私自身楽しんでもいるからっ……!!」
「ホントですか……?」
「ホントよ!」
「私のこと、可愛いですか?」
「可愛いわっ、あなたは私の可愛い妹よっ」
「えへへ~ じゃあ、頭撫でてくださいっ」
「はいはい、わかったわ、いらっしゃい」
おいでおいでをするソラリスの元にエルザさんがトテテと歩いて行って頭を差し出すと、ソラリスは優しい目をしながらその頭を撫でてあげた。
……むぅっ。なんか、モヤモヤする……ソラリスが妹と仲良くするのはいいことなんだけど、でも、なんかこう……
「ふふっ、ソラリスとエルザって仲良しね? ねぇクリス?」
「え、あ、そ、そうねっ」
プリシラがクスッと笑いながら、わたしの腕に一層強くぎゅうっと抱きついてくる。だ、だからそんなに押し当てられると、私っ……!
「はい、私とお姉さまは仲良しですからっ。何せ昨日はお姉さま直々に膝枕を教えてもらったんですよっ」
「へぇ~? それはそれは」
頷くプリシラに対し、ソラリスは、
「だ、だって! 膝枕はメイドとして当然できてしかるべきご奉仕の一つですからっ……!! 姉として、教えるのは当然なんですっ!」
「……まぁそうなんだけど、でもわざわざ私の目の前でやらなくても良かったんじゃない?」
「お嬢様……!?」
昨日、ソラリスは私達の部屋にエルザさんを招いて……というかエルザさんがやって来て、それで、エルザさんに膝枕の仕方を教えていた。
私だけのお膝だったのに、もうっ……ソラリスったらっ……
「ち、違いますからね!? これは浮気とかそう言うんじゃなくて、姉として……!!」
浮気?
「でも、今さっきも言ったけどわざわざ私達の部屋でやらなくても……」
「お嬢様の目の届かないところで妹を指導したりいたしませんよ!? 当然じゃありませんか!!」
「私は、マンツーマンで手取り足取り教えていただいてもいいんですけどね~」
「え、エルザ……!!」
「あらあら、仲良しねぇ」
エルザの反応を見て、プリシラがニヤニヤと笑っている。
「で、でもお嬢様、そうは言いますけど、膝枕ならお嬢様にも毎日して差し上げているじゃありませんか……!! ねぇ!?」
「……そうなの?」
プリシラが、ジトッとした目で睨んできた。
「え、あ、うん」
最近では授業が終わって部屋に戻ると、私は部屋着に、ソラリスはメイド服に着替えて、すぐに膝枕をして貰うのがいつの間にか日課になっていた。
「お嬢様ってば私のお膝大好きなんですよ~。ねぇ、お嬢様?」
「ええ、私、ソラリスのお膝でまどろむの大好きよ」
それを聞いたプリシラの体がピクンと跳ねた。
「…………ひ、膝枕くらい、私だって……」
「え? プリシラ様、何かおっしゃいました?」
ソラリスが、笑顔でプリシラに問いかける。いや、絶対聞こえてたでしょ?
「膝枕なら、私だってできるわって言ったのよっ!!」
「へぇぇ~それはそれは――――でしたらどれだけできるか、見せていただきましょうか?」
「なっ……!?」
「おやおや? 男爵令嬢たるプリシラ様が、まさか口からでまかせを言った、なんてことはありませんよね?」
「も、勿論よっ……!!」
「では、お嬢様? プリシラ様がお嬢様に膝枕をして下さるそうですよ? よかったですねっ」
ソラリスはそう言うと、プリシラからは見えないようにウインクをして見せた。
……え? あ? え……? 今までの流れって……プリシラに膝枕をさせるためにやったの!? でも、どこからどこまでがお芝居だったの!? まるでわからないんだけど!?
「それじゃあお2人共、あちらのベッドに移動してもらいましょうか?」
「べ、ベッド!?」
「当然じゃありませんか。膝枕をして差し上げるときは当然ベッドです。これは古来からのしきたりですから」
そうなの!? 初耳なんだけど!? ていうか私、ソラリスにソファーで膝枕してもらったことあったような……
「わ、わかったわっ……ほら、クリス、行きましょ?」
「ふぇ……!?」
プリシラは私の腕を抱きかかえたまま勢いよく立ち上がり、そのまま寝室に連れて行こうとする。
「ちょ……!? ええ……!? ほ、本気!? プリシラ……!!」
「勿論よっ……!! 貴族に二言はないわっ!!」
そんなプリシラに引きずられるように寝室に連れて行かれた私の前で、プリシラがゆっくりとベッドに上がって正座をした。
「……ほら、いらっしゃい? 膝枕してあげるから……」
「い、いいの……?」
「いいから、ほら、早く来てっ……」
大好きな女の子から、ベッドに早く来てと言われる。こんな日が来るなんて……まぁ、膝枕だけど。
私はゴクリと唾をのんで、ベッドに膝をかけるとギシリと音が鳴った。
「し、失礼しますっ……」
「なにそれ」
プッと吹き出したプリシラが、ポンポンと膝を叩いて早く来るように促してくる。
「で、ではっ……」
ついに、ついにプリシラに膝枕までして貰えるということになり、思わず涙が出そうになってしまったので、それを悟られないようにプリシラに背を向ける形でそのスカートに包まれた柔らかいお膝に頭を乗せた……!!
「~~~~~~~~~~っ」
あまりの心地よさに、私は思わず言葉にならない歓声をあげ、見悶える。
「ど、どうしたの?」
「いや、その……あんまりに柔らかくて……気持ちよかったから……」
「そ、そうっ……! なら、良かったわっ……!」
プリシラの声が頭上から降ってくる。そしてプリシラの手がそっと私の頭に乗せられた。
「ねぇ……」
「な、なぁに?」
もう心臓ばっくばくで今にも死にそうだったけど、どうにか答えることができた。
「その………………どっちが気持ちいい?」
「へ?」
「だから……あの子の膝と私の膝、どっちが気持ちいいかって聞いてるのっ」
あの子って、ソラリスのことよね? 私が膝枕してもらったのはソラリスだけだし。
「え、えっと……」
「どっち?」
そんなこと言われても、どっちも気持ちいいし……そんなの答えられないっていうか。
そんな感じで答えあぐねていると、上から呆れたようなため息が聞こえた。
「……バカねぇ、こういう時は、決められなくても『あなたの方が気持ちいい』って言うものよ?」
「あ、ご、ごめんっ」
「まぁいいわ。そういう正直なところがあなたのいいところでもあるんだし……」
「えっ」
「それよりほら、私の人生初膝枕なんだから――せいぜい堪能するといいわっ」
優しい口調に、優しい手つきで頭を撫でられて――私はあまりの心地よさにゆっくりと眠りに落ちていった――
プリシラ…………もしかして……私の……ことす――




