第88話 会いたい
「ううん……」
「どうしたんですか、お嬢様?」
プリシラの縁談をぶち壊してから数日たった放課後、私はソラリスの淹れてくれたお茶を飲みながら唸っていた。
「……プリシラが変なのよ」
「変、といいますと? どう変なんですか?」
ソラリスは片付けの手を止めて、私の隣にちょこんと座って身を寄せて来た。ソラリスのいい香りが鼻をくすぐり、ちょっとだけ気恥ずかしい。
「それがね――全然ご飯のお代わりをしなくなったのよ」
「それは――すさまじく変ですね」
ソラリスが信じられないことを聞いたような顔になる。でもその気持ちもわかる。
「あの5人前はぺろりと平らげるプリシラがお代わりをしないなんて……天変地異の前触れですかね」
「でしょ?」
あれだけよく食べていたプリシラが、縁談をぶち壊した日の翌日から、なぜかぱったりと食べなくなってしまった。
いつもなら私の作ったご飯を見ると目を輝かせて勢いよく食べ始めていたというのに、なんかこう……お淑やかになってしまったと言うか。
まぁあくまでも以前のプリシラの食べる量と比較したらって話で、それでも普通の女の子程度には食べてるんだけどどう考えてもおかしい。
最初は具合でも悪いんだろうかと思ったけど、それが数日たった今でも続いている。どうしたのかと聞いてみても、何故か顔を赤くするだけで何も答えてくれない。
しかもどこからどう見てもお腹が空いている感じなのに、何か無理していると言うか……こう、食べたいのを我慢しているような感じがするのだ。
「ダイエット……ですかね?」
「それはないんじゃないかなぁ」
だってプリシラ、食べても全然太らないって言ってたし、事実あれだけ食べてるにも関わらずプリシラのウエストの細いこと細いこと。魔法でも使ってるんじゃないかってくらい細いのだ。
そのくせ出るところはしっかり出ているし、不公平を嘆きたくなる。まぁ私は豊かな方が好みだからその点はいいんだけど、それでも不公平だとは思う。
「――お嬢様の前でいっぱい食べるのが、恥ずかしくなってしまったから……とか?」
「それもないでしょ」
あのプリシラが、私の前でいっぱい食べるのを恥じらってくれるなんて、そんなことあるわけがない。だって私とプリシラはまだただのお友達なのだから。
恋する相手の前ならいざ知らず、私の前で恥じらうなんてそんなの無い無い。
「それにね? ほら、最近ではプリシラに『あーん』で全部食べさせてあげていたじゃない?」
「……そうですね、実に羨ましいです」
「え? そう? じゃあソラリスにもしてあげようか?」
「いいんですか!?」
軽い気持ちで言ったら、ソラリスがものすごい勢いで食いついてきた。
「え、あ、うん……いいけど?」
「じゃあ、私もお嬢様に『あーん』して食べさせて差し上げますね? メイドの身で一方的にお嬢様から奉仕して頂くなんて、メイドの風上にも置けませんから……!!」
「あ、はい」
何かそう言う事になったらしい。ソラリスは頬に手を当てて、なんかクネクネ悶えている。そんなに嬉しいんだろうか?
「あ~、そ、それでね? プリシラとの『あーん』なんだけど」
「はい」
ようやっとこっちに帰って来たらしいソラリスが私に振り返った。
「昨日なんかね? 最初の一口しか『あーん』させてくれなかったのよ? 『こんなの恥ずかしいわっ……』なんて今更言いだして」
「え」
「私がスプーンを差し出して『あーん』って言っても、プルプルって首を振って、食べてくれないのよ。どう思う?」
何か気に障る事でもしてしまったんだろうかとも思うけれど、それでも全然心当たりが無い。むしろ最近は機嫌が良すぎて怖いくらいだったのに。
「そ、それは……」
「はぁ……せっかく私の手から全部食べてくれるようになったって言うのに……これじゃあ仲が後退しているわよ」
「いや、えっと……お嬢様、それって……」
私達の仲もだいぶ深まってきていたのを感じていたのに、どうしてこうなってしまったんだろう。見た感じ機嫌も悪くないどころかいいっぽいんだけど。
機嫌はいいし食欲自体もあるっぽい。それなのに、私の手から食べてくれないし、おかわりもしてくれなくなっちゃった。
私はいっぱい食べるプリシラを見るのが大好きだったんだけどなぁ……
「それにね? プリシラったら私と手も繋いでくれなくなっちゃったの……」
「……へぇ」
「週末のデートの時にね、いつもみたいに手を繋いでもらおうと手を差し出したら……『だ、ダメよっ……そんなの、まだ早いわっ』って。これまでずっと手を繋いでくれていたのに、何が早いのか……もうわけが分からないわ」
「……でも、デート自体には来てくれたんですよね?」
「え、うん」
「何か変わったところはありませんでしたか? プリシラに」
「変わったところと言っても……そう言えば、普段よりおめかししていたわ」
「おめかし、ですか」
そう、何と言うか、妙に気合が入っていた。それまでのデートでは結構自然体って感じだったんだけど……
「デートは楽しかったんですか?」
「それはもう、楽しかったわっ」
手こそ繋いでくれないもののプリシラは凄くニコニコしていて、何と言うか私と一緒にいるのを楽しんでくれている感じだった。私の自意識過剰じゃなければ、だけど。
「……ふぅっ」
ソラリスは、そこで大きく息を1つ吐いた。
「……でしたらお嬢様、やっぱりプリシラとしっかり話すべきだと思いますよ?」
「そう、かな……」
「そうですとも。お嬢様は、いっぱい食べるプリシラを見るのが好きで、ご飯を『あーん』するのが好きで、手を繋ぐのが好きなんですよね?」
「よくわかるわね」
「それはわかりますとも。だって、私はずっとお嬢様と一緒にいるんですから」
ソラリスが、私の手を取って優しく微笑む。
「ですから、ほら、お嬢様、今すぐプリシラのところへ行ってください。会いたいんでしょう?」
「……ええ、プリシラに、会いたくなってきちゃった」
「でしたら、ね?」
好きな人に、会いたいと思えば会えるという事がなんて素晴らしいことなんだろうと思う。
私はソラリスに見送られながら、部屋から出ていった――




