第84話 はむっ
「じゃあ、その……私、形式的にだけど、あなたの彼女になった……のよね?」
「え、ええ、そうなるわねっ」
プリシラが、私の彼女……!! たとえそれが縁談をぶち壊すためのフリだとしても、こんなにも嬉しい事は無い。
「となると……私達、もっと仲良く振舞った方がいいわよね?」
「え?」
「だってそうでしょ? 近いうちに私達と例の伯爵家で会談をして、私がクリスと……け、結婚を前提としたお付き合いをしているからあなたとは結婚できません、って相手の家に宣言しないといけないんだから……」
「それは……まぁ」
確かに、そう言う場を開かないといけないだろう。相手側に、私とプリシラがそういう仲だってことで諦めてもらわないといけないんだから。
「じゃあ……」
「ふぇ!?」
私の隣に座っていたプリシラはひょいと腰を上げると、私にぴったりと寄り添うような形で席を詰めて来た。
「ぷ、プリシラ……!?」
「だって私達、付き合ってることにするんでしょ? それなら、普段から仲良くしていないといざって時にボロが出ちゃうかもしれないじゃない……!! 私、絶対結婚なんかしたくないんだから、あなたにもしっかりしてもらわないといけないのよっ!」
確かにそうだけど、こんなにも肩がくっつくくらいの距離でプリシラと並んで座っているなんて、私の心臓が破裂しそう!
一緒に寝たときも心臓バクバクで死ぬかと思ったけど、こんなふうに喫茶店みたいな公衆の面前でイチャついているなんて、もう幸せでどうにかなってしまいそうだ……!!
「ほら……腕っ」
「へ?」
幸福感に包まれて夢見心地だった私は、プリシラからの言葉で我に返る。
「腕がどうしたの? 手はこうして繋いでいるし……」
「そうじゃなくて……ああもう、じれったいわねっ」
プリシラは照れ半分もどかしさ半分って感じで私と恋人繋ぎをしていた手をほどいてしまった。
「ああっ……」
「ちょ、そんな悲しそうな顔しないでよっ……こういう事よっ」
ほどかれて自由になった私の腕をプリシラが掴み――
「ふにゃ!?」
「ほら、抱き寄せてっ」
――自分の背中から肩に回させた。
つまり、今の状況って、私が、プリシラの肩を抱いているってこと……!?
「プリシラっ……!!」
「な、なによっ……付き合ってるんだったら、肩くらい抱いてくれてもいいでしょ? それとも、私から抱いたほうがいいかしら?」
それは……!! どちらも捨てがたい……!!
私からこうして肩を抱いているということは、プリシラが私の腕の中にいるという事……!! でもその逆なら私がプリシラの腕の中に……!! ああっ……悩む……!! 究極の選択よそれっ……!!
「何も言わないってことは、このままでいいのかしら?」
何も言えないんじゃなくて、あまりの事態に言葉が出ないんです。
「あ、ほら、ケーキ来たわよ」
そんな言葉も出ないほど感激に震えている私をよそに、プリシラは店員さんが持ってきてくれたケーキを見て目を輝かせている。
「本当はあなたの作ったケーキが食べたいんだけど……デート中じゃあそうもいかないものね」
プリシラは私に肩を抱かれたまま、クスッと微笑みかけてくる。その至近距離からの女神のような微笑みに、私は腰が砕けそうになってしまう。
「じゃあ……はいっ」
「……!?」
プリシラがそう言いながら手渡してきたのは、自分のケーキに付いてきたフォーク。えっと、これは、つまり……!!
「ほら、食べさせて?」
「……!!!!」
「あなた、私に『あーん』するの好きって言ったでしょ? だから、ほら、早くっ」
私に肩を抱かれたプリシラは甘えるように私の肩に頭を寄せて来て、『あーん』と可愛くそのお口を開いた。
こ、こんな体勢で、『あーん』……!? そ、それってもうほとんど恋人同士なのでは……!? これは流石に友達同士じゃこんなことしないわよね!?
いや、恋人役なんだけどね!?
「……どうしたの?」
はっ!? い、いけない、プリシラの余りの可愛さに意識が飛んでたわ。
「な、なんでもないわよっ……!! ほ、ほら、『あーんっ』」
「『あーんっ』」
そ、そうだ。『あーん』なんてここのところ毎日必ずやって来たじゃないか、だから全然、全然平気――
なわけあるかぁ!!
こんな肩を抱いた状態で『あーん』出来るなんて、何!? これ私明日死ぬの!? 死ぬ前のご褒美なの!? それとも夢!? でもこの腕に伝わるプリシラの華奢な肩の触り心地と、肩にかかるプリシラの頭の重みが、これが現実だという事を私に教えてくれている。
いやぁ!! もう!! 私、幸せ!!
そして私はプリシラのケーキ――ちなみにホール丸ごとである――にフォークを突き立ててそっとすくい、プリシラのお口に持っていくと、パクリと食いついた。
「むぐむぐ……」
「……どう? 美味しい?」
「ええ、美味しいわ。でも――」
プリシラはそこでふっと私に花のような微笑みを向けて来た。また死ぬかと思った――
「――やっぱり、あなたのケーキのほうが美味しいわ。また作ってね?」
あっ……やっぱり無理、私死んだ。これは反則っ、反則です。審判を呼んで下さい。
「ほらほら、『あーんっ』」
そんな死にかけている私にムチを打つように、腕の中のプリシラは容赦なくおねだりを繰り返して、そのたびに私はバックンバックン跳ねる胸の高鳴りを押さえてどうにかこうにかホールケーキ丸ごとをプリシラに食べさせることが出来た。
いや、ところで毎回思うんだけど、その量その細い体のどこに入ってるの? マジで。
「うん、なかなか美味しかったわ、それじゃあ――」
「へ?」
プリシラは満足そうにお腹をさすった後、私の手からフォークをひょいと取り上げた。
「今度は、私の番ね?」
「な、何が?」
「それはもちろん――」
にっこりとほほ笑むプリシラ。そしてその手に持ったフォークは吸い込まれるように私の分のケーキをすくい取り――
「はい、『あーんっ』」
「……!?!?!?!?!?!!?」
私の目の前に突き出された。
……え? いや、でも、えええええええええええ!?
「どうしたの? 食べないのかしら?」
「い、いや、でもだって……!!」
それ、そのフォーク、今の今までプリシラのお口に入っていたフォークで、つまり、その……か、間接――
「ほら、『あーん』しなさいよっ、ほらほらっ」
イタズラっぽく笑いながら私のわき腹をウリウリとつつきながら、口を開けるように執拗に迫るプリシラの圧力に屈し――ついに私は口を開いてしまう。ああっ……こんなことされたら、私、幸せ死にするんじゃ――
「はいっ」
プリシラはそんな私の心配なんてお構いなしに、さっきまで自分の口の中に入っていたフォークを私の口の中に押し込んできた……!!
「~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!」
私は、プリシラと間接キスをしてしまったと言う事実に声にならない悲鳴を上げる。
「ほらほら、次よ、『あーん』」
私と間接キスをしたと言うことに気付いているのかいないのか、プリシラは何度も何度もケーキをすくって私によこす。
「~~~~~~~っ!?」
やめてぇ!! いや、やめないでぇ!!
私はそんな幸せ死にの危険と戦いつつ――小さなケーキはすべて私のお腹に収まり、どうにかこうにかプリシラからの『あーん』攻撃をしのぎ切った。
よ、よかった、私、まだ生きてる。あれだけの猛攻を受けて、まだ息がある――
「あ」
「え?」
「口元、クリームついてるわ、ほらっ」
「へ?」
プリシラは何とかしのぎ切ったと思って安心している私の口元にそっと指を伸ばしてクリームをすくい取り――
はむっ
その指をくわえてしまった――あっ……もうダメッ……




