第83話 恋人役
「え……ええ……? ええ……!? な、なななな……何を言ってるのあなた……!!」
私から何を言われたのか分からなかったのか、しばらくポカンとしていたプリシラが顔を真っ赤にして猛烈に慌て始めた。
「私とあなたが付き合うって……!! そ、そんなの、急に言われてもっ……!!」
「え、あの、プリシラ?」
「そ、そりゃあ、私もう別にあなたのこと全然嫌いじゃないし、それどころかむしろ……なくらいだけど!! それでも発想が飛躍し過ぎよっ……!! こ、こういうのはもっと段階を踏んでと言うか……」
「あの~? プリシラさん?」
「確かに私、あなたのご飯大っ好きだし、あなたから『あーん』して食べさせてもらってる時なんてかなり幸せって言っていいくらいよ? それに、その……毎週のデートだって、正直結構楽しいわっ! 週末が近づいて来るとそわそわしちゃうくらいだものっ……!!」
え、そうだったんだ……どうしよう、すっごく嬉しい。
でもプリシラってば完全に動揺しているみたいで、全然話を止める気配が無いし私の声も聞こえてそうにない。
「それに……! あなたってば……その、すっごく可愛いんだもの……顔だけなら1日中だって眺めていたいくらい好みなのっ……!!」
「ふぇ……!?」
「あと、あなたと手を繋いでデートしてて、道行く人が思わずあなたに振り返るのを見て、私、結構優越感も感じていたのよ……!! こんなに可愛い子を連れて歩いてるんだって……!! あなた、自分がそれくらい可愛いって自覚あるの!?」
「え、えええ!? そ、そんなことないってば!! 道行く人が振り返ってるのは、プリシラが可愛いからよ……!!」
私が否定すると、プリシラは「わかってない、ぜんっぜん分かってない……!!」とか言いながらちっちっと指を振った。
「やっぱりあなた、自分がどれだけ可愛いか分かってないのよ……!! 断言していいけど、世界で1番可愛いのはあなたよ!!」
「そんなことないわ!! 絶対にそれは無い!」
「なんでよ!?」
「――だって、世界で1番可愛いのはプリシラだもの!!」
「んな……!?」
世界で1番可愛いのはプリシラ、これだけは絶対に譲れない。ちなみに2番はソラリスだけど。
「何度でも言うわ! プリシラ、世界で1番可愛いのはあなたよ」
「な、ななな……!?」
私はプリシラの手をそっと両手で包んで、その綺麗な瞳を見つめる。
「プリシラ……可愛いわ……」
「な、何言ってるのよっ……ばかっ……」
プリシラはそんな私の視線から逃れるように、プイと顔を逸らして黙ってしまった。
やっぱりこんな可愛いプリシラを、他の誰にも渡したくない。だって私は何十年もこの子のことだけを想って生きてきたんだ。絶対に渡すものか。
そのためには、なんとしても私達が付き合っている『ことにして』、その伯爵家から手を引かせるしかない。
プリシラは嫌がるだろうけど、でも無関係な他家が婚姻に口を出すのは下策も下策である以上、縁談をぶち壊すにはこれくらいの力技しかない。
私がプリシラの手を包み込んだまま、じっと言葉を待っていると――プリシラがゆっくりとだけど振り返った。
「それで、その……私と、付き合おうって言うの……?」
「ええ、そうよ」
形だけでも公爵令嬢の私と付き合っているという事にしてしまえば、伯爵家くらいではプリシラに手出しは出来ないだろう。
その後にしたって、ほとぼりが冷めたあたりで私がプリシラから振られたってことにすれば穏便に解決できるはず。だって貴族同士の恋愛が破局することなんて日常茶飯事だからそこまで不審にも思われないだろうし、これでひとまずはしのげるというわけだ。
「つまりね? 私達が付き合っている――」
「でも――」
「ということにして、相手をやり過ごすのよ」と言葉を繋げようとしたら、プリシラから割り込まれてしまった。
「――私達が付き合うってことになると、当然結婚を前提にして、ってことになるわよね……?」
「――うん?」
「そうなると、私とクリスは女同士だから、結婚しても跡取りは生まれないから……そこは養子を取るってことでいいとして――」
んんん?
「――でも、そもそもの問題として、クリスは国内でも指折りの大貴族たるウィンブリア家の次期当主、片や私は零細男爵家の次女よ……? 家格が全く釣り合わないわ……」
「あの、えっと……プリシラ?」
「そりゃあ、ウィンブリア公は大層な人格者とは聞いてるけど、それでも自分の娘が婚約者として私なんかを連れてきたら――」
「あの~? プリシラさん?」
「それでも……それでもなお、ウィンブリア公を説得してくれるっていうの……?」
あれ? あれれ? 何? これ? なんかおかしなことになってない??
プリシラってばなんかすごい勘違いをしてるんじゃ……
「あ、あの……プリシラ? プリシラ?」
「――な、何よっ……」
プリシラの肩を掴んで強めに揺さぶって、そこでようやく私の言葉はプリシラに届いたらしい。
「えっと……だからその……私が言ってるのはね?」
「ええ」
「――私達が付き合っている『ということにして』その伯爵家からの縁談をぶち壊さないかっていう提案……なん……だけ……ど……」
私が言い終わるか終わらないかのあたりで、プリシラの顔はポカーンって感じから、みるみるうちに見たことがないほど真っ赤に染まっていった。
「そ、そうよね、そうそう、それくらいわかっていたわ!! 最初からね、うん……!! つ……つまりあなたをからかっていたのよ!! びっくりしたでしょ!?」
「あ、あああ……!! な、なぁんだ……!! 驚いちゃった!! すっかり騙させちゃったわ!!」
「付き合ってるフリ……! うん、そ、そうねっ……!! それなら、確かに破談させるにはいい手よねっ……! それでいきましょう!」
「いいの?」
「ええ……その……お願いするわ……だって私、絶対結婚なんかしたくないもの……」
プリシラは真っ赤な顔をしたまま、私の手にそっと両手を重ねてきた。
「じゃあ……頼むわね? その……私の恋人役っ」
「ええ、私に任せてっ!」
何せ私は、『もしもプリシラと付き合っていたら』って妄想を何十年もしてきたからねっ、プリシラの恋人役ならまっかせなさいっ!!




