第82話 私に任せて
秋もだいぶ深まってきたけど、それと同様に私とプリシラとの仲もだいぶ深まって来たんじゃないかなって思う今日この頃。
だってここのところ毎週のようにデートをしているし、ご飯にしたってプリシラは「もう私、あなた以外のご飯は食べないわ」とまで宣言してくれた。
3食全部私が作ったご飯を美味しそうに、しかも全部「あーん」で食べさせてあげてるし、何と言うか、少しだけ私に甘えてくれるようになってきている……ような気がする。
デートをした日もプリシラの機嫌がいい時は一緒に寝てくれるし、友達としてはだいぶ仲良くなってきたんじゃないだろうか。
とは言ってもまだまだ友達止まりで、手以外を触らせてもらったことも無いし、ましてやキスなんて夢のまた夢だ。
はぁ……プリシラとキス、したいなぁ……
私はデートをしている最中で、私の隣に座ってお茶を飲んでいるプリシラの桜色の唇に視線を向ける。
ふっくらとしていて瑞々しくて、プリシラとキスできたらどんなに気持ちいいだろう――
「――ねぇ」
「ひゃうっ!?」
「え、いや、そんなに驚かなくても……」
「え、あ、そ、その……!! ど、どうかしたの!?」
「いや、人の顔ジッと見ていたのはそっちでしょ?」
「な、なななな、何でもないのよっ!?」
「そう……? 変なクリスっ」
プリシラは少しだけ呆れたように、でも楽しそうに笑うとお茶を一口飲んだ。
こんなふうにプリシラが私に微笑んでくれるなんて……ああっ……幸せっ……
それにプリシラってば私のことを当たり前のように名前で呼んでくれてるし、これはもう親友と言っていいんじゃないだろうか?
前の人生ではこうして名前を呼ばれながらデートをするところを妄想するしかなかったと言うのに、今ではこうして手を繋ぎながら毎週のようデートをすることが出来ている。この瞬間、プリシラは私が独り占めをしているんだと思うと、幸せ過ぎて怖いくらいだ。
「えへへ……」
「なぁに?」
「何でもないわっ、ただプリシラとデートできるのが嬉しいってだけ」
「もうっ……まぁ、私もクリスとデートするの、そこそこ楽しいけどねっ」
「プリシラっ……」
私が絡み合った指先をぎゅっと握ると、プリシラもまた軽くだけど握り返してきてくれた。
そうよね、焦ることは無いんだ。まだまだ時間はあるんだからゆっくりと仲を深めていって、いずれプリシラと恋人になってキスを――
「――ねぇ」
ティーカップがカチャリと音を立て置かれ、プリシラがじっと私のことを見つめて来た。
その顔は今までとは打って変わって真剣な色合いを含んでいて、私をドキリとさせる。
「どうしたの?」
「その……ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど……いいかしら」
恋人繋ぎで繋いだままの手に、今度はプリシラの方からぎゅっと力が込められたのが分かり、私はそれを強く握り返す。
「いいわよ、私で良ければ喜んで聞くわ」
「ありがとう……ちょっと、他の人には相談しにくくて……」
「それは……私を頼ってくれた……ってことでいいの?」
「いや、まぁ、その……そ、そんな感じっ……」
プリシラが私を頼ってくれた……!! そのことに私の心は大きく弾み――
「――私、学園を辞めなくちゃいけないかもしれないの……」
「……え」
いきなり冷や水を浴びせられたかのようにドクンと跳ねた。
……プリシラが、学園を、辞める……?
「ど、どういうこと……!?」
こんなこと、前回の人生では全く無かった。前回ではプリシラは何の問題も無く学園を卒業して、そのまま子爵の跡取り息子と結婚して幸せな人生を送ったはずだ。
でも、今回の人生は前回とは全く違ったものになってきている。プリシラと仲直りすることは出来たし、そのおかげでプリシラと子爵令息がいい仲になることも阻止することができた。
でも、よくよく考えてみたらこれだけ未来が変わってるんだから、どこかで玉突きのように変化が起こっていても不思議ではない。例えば、プリシラと同室だった子が実家の都合で学園から去ったことのように――
「実は……その…………私に、縁談が来ていて……」
「縁談!?」
まさか、例の子爵の息子!? これだけ頑張ったのに、未来は変えられないと言うの!? そんな馬鹿な……!!
「相手は、誰……? 前に話したあの子爵の……?」
「子爵? いえ、違うわ。縁談を持ってきたのはうちと縁のある……というかお世話になっている伯爵家なの……あ、もちろんエルザの家とは違うわよ?」
「伯爵家……」
「その跡取りが、私を妻に欲しいと言ってきていて……それも、できればなるべく早くってことなのよ……」
それで、学園の卒業まであと少しだと言うのに、プリシラが嫁に欲しいから学園を辞めろと? そんなの……そんなのって。
それにしてもなんでこんなことに? これも未来を変えて来た反動だと言うの?
「私……どうしたらいいのかしら」
「その……プリシラは、結婚イヤなの?」
私はプリシラが私以外の人と結婚するのなんて絶対にイヤだけど。それでも私は千々に乱れる心の内を押し殺して、努めて冷静に話しかける。
「それはそうよ……!! だって私と7つも離れているのよ!? それに良く知らないし、そんな人に嫁ぐなんてイヤに決まってるわ……卒業まであと少しだし、それに……」
プリシラはそこでぐっと言葉に詰まったかのように口を結んだ。
「……断れないの?」
「それが、難しそうなの……だって実家が凄くお世話になっている家で、そこから私が欲しいと言われたら……」
「プリシラ……」
「お父様も、私には好きな人と一緒になって欲しいと言ってくれているけれど、まさかこんなことになるなんて……」
プリシラが、がっくりと肩を落とした。
「……私、学園辞めたくない、それに、結婚なんて絶対イヤ……でも……私、もうどうしたらいいか……」
「…………」
プリシラが、結婚してしまう? 他の誰かと? そんなの、絶対に許せない。
私が何十年プリシラのことを想い続けていたと思っているんだ。それがポッと出の伯爵家なんぞが奪っていく? そんなの冗談じゃない。
「プリシラ、私に任せて」
「え、いや、でも……」
「いいから、任せて」
「そうは言うけど、いくら公爵令嬢のあなたでも無関係な縁談に口を出すのはご法度よ? それくらいわかるでしょ?」
そんなのはわかっている。縁談は家と家との契約だから、あくまでもその家同士の問題で、関係ない家が口を挟むのは下の下とされている。
それは私が公爵令嬢だとしても例外ではない。
――でも、無関係なら口を挟めないと言うのなら、――関係があることに“してしまえばいい”のだ。
「プリシラ」
「は、はいっ」
私がプリシラの両肩を掴むと、私の剣幕に押されたのかプリシラの口調が思わず変になった。
そして私は大きく深呼吸をして、ぐっとプリシラの目を見据えて――
「プリシラ………………私達、付き合いましょう」
私からそれを言われたプリシラは、ポカンと目を丸くしていた。




