第80話 お勉強会
「ああっ……まだかしらっ……」
「お嬢様、落ち着いてください」
「そうですよ、クリス様っ」
「そうは言っても、プリシラが私の部屋に来てくれるのよ? 落ち着いてなんかいられないわっ」
私は放課後に自室で落ち着きなく行ったり来たりを繰り返していた。部屋には私の他にメイド服姿の2人、ソラリスとその妹となったエルザさんが並んでソファーに腰かけている。
「それはそうと……何でエルザさんがここに?」
「私のことはぜひエルザと呼び捨てにしてください。だってクリス様は”私の”お姉さまがお仕えする相手なんですから、ぜひ私のこともクリス様付きのメイドと思ってください」
「そうは言っても……」
“私の”と強調したところに何かモヤっとしたけど、それにしたって伯爵令嬢のエルザさんをメイドとして扱うと言うのはどうにも抵抗がある。
生粋のメイドであるソラリスはもう慣れたのか、すっかりエルザさんを妹として扱っているけれど……でも私はなぁ、やっぱり貴族としての見方が抜けないと言うか……
「あの、お嬢様? エルザもお嬢様にメイドとして扱ってもらいたいみたいですし、ここは1つ……ね? エルザ?」
「はいっ、ぜひお願いしたいですっ」
ソラリスから促されたエルザさんがテーブルに手をついてぺこりと頭を下げる。
「ううん……まぁ、2人がそう言うなら……」
「ありがとうございます! クリスお嬢様っ!」
「え」
お嬢様?
「あ……ダメですか? 私もクリス様のことをお嬢様ってお呼びしたいんですけど……」
「いや、いい、けど……」
私がお嬢様と呼ばれるのはここのところソラリスからばっかりだったから、ちょっと違和感があると言うか……別にイヤな感じはしないから、いいと言えばいいんだけど。
「ありがとうございますっ!!」
「良かったね、エルザ」
「えへへ~」
嬉しそうに笑うエルザの頭を撫でてあげている、そんなソラリスの姿にまたしてもモヤモヤしたものを感じてしまう。
やっぱり私、最近変だ。ソラリスが他の子と仲良くしているのを見ると、なんか面白くない。私ってソラリスに友達が出来たのを喜べないくらい了見の狭い人間だったんだろうか。
自分のことをそんなふうに思いたくはないけれど、どうしてもモヤモヤするのが止められず、私は2人の座るソファーにどっかと腰を下ろした。
「お嬢様?」
「…………私も頭、撫でて」
「……ふぇ?」
「いいから、撫でてっ」
私はそう言うと、そのままソラリスの膝に頭を乗っける。いわゆる膝枕と言うやつだ。
「お、おおおお……お嬢様……!?」
「ほら、撫でてよっ」
「は、はいっ……!!」
ソラリスの小さな手が私の頭を優しく撫でてくれる。今まで何度となく膝枕はして貰ったけど、なんか今日の膝と手の感触はとびきり心地よかった。
「ああっ……お嬢様っ……私、幸せですっ……」
「良かったですね~お姉さまっ。お2人は熱々ですねぇ」
「そ、そんな熱々なんて、やだもうエルザったらっ」
ソラリスは恥ずかしそうに身じろぎをして、その膝の動きが私にさらに心地よさを与えてくる。
その膝の感触に私がうとうととし始めたころ――
コンコン
「……あ、プリシラかな?」
「恐らく、そうですね。では私が出て――」
立ち上がろうとしたソラリスを、エルザが一足早く立ち上がって制止する。
「いえいえ、ここは妹の私にお任せを、お姉さまはクリスお嬢様を存分に甘やかしてあげてくださいな」
「そう……? じゃあエルザ、お願いするわねっ」
「はいっ、お任せあれ」
エルザはそのままトトトとドアの方に歩いて行く。私はと言うと、プリシラが来るのだから膝枕を止めた方がいい、と言うのはわかっているのだけどあまりの心地よさに離れがたく、そのまま頭を膝に預けてしまう。
「え、エルザ……!? 何でいるの!?」
「だって私、ソラリスお姉さまの妹になったから」
「確かに聞いてはいたけど……ホントだったのね……」
そんな会話が向こうから聞こえながら、プリシラが部屋に入って来た。
「――クリス、来たわよ――って!? 何やってるの!?」
「何って、膝枕だけど?」
「いや、それは見ればわかるけど……」
やけに狼狽した感じのプリシラに、エルザがニコニコとしながら話しかける。
「あれ? どうしたのプリシラ? メイドならお嬢様に膝枕するのくらい当たり前でしょ?」
「そ、そうだけどっ……」
「あ、クリスお嬢様、プリシラ来ましたよっ」
「クリスお嬢様!?」
「そう呼んでいいって、クリスお嬢様から許可を貰ったのよ」
「ふ、ふぅん……そうなんだ…………でも、それはそうと――」
プリシラはそう言うと、肩からかかっているふわふわの金髪をいじりながら、膝枕をされている私にズンズンと近づいて来た。
「ほら、クリス、起きなさいよっ、私に勉強教えてくれるんでしょっ」
私はプリシラに手を掴んでグイと引き起こされ、そのままテーブルの前の椅子に座らされると、その隣の椅子にストンとプリシラも腰を下ろす。
「む、むぅぅっ……」
「なぁに? 勉強を教えてもらうんだから、こうして座るのが当然でしょ? まさか膝枕している相手に教えてもらうわけにもいかないし」
「そ、そうですけどっ……」
不満げな声を漏らすソラリスに、プリシラが澄ました調子で答える。
「ほら、クリス、早くお勉強始めましょ?」
「え、あ、うんっ」
テーブルの上に筆記用具を広げ始めたプリシラを見て、私もあらかじめ用意してあった参考書を広げる。
「じゃあ、いつも通り数学からでいいかしら?」
「ええ、そうね、お願いするわ――」
「あ、あの……!! お嬢様っ……!!」
いざ勉強を始めようとしたところで、ソラリスが割り込んできた。
「どうしたの? ソラリス?」
「あの……その……よ、よろしければ私もお勉強、見てもらいたいんですけど……」
「そう? ソラリスも一緒に勉強したい?」
「はいっ! だって私、いつもお嬢様に教えてもらってるじゃありませんか、だから、その……」
「わかったわ、ほら、座りなさい」
普段控えめなソラリスにしては珍しくおねだりをしてきたので、私はプリシラとは反対側の椅子にソラリスを手招きする。
「いいわよね? プリシラ」
「……ええ、いいわよっ。2人同時に教えた方が効率的でしょうし……」
プリシラは少しだけ不機嫌そうに、羽ペンをくるくると回している。
「じゃあ、始めましょうかっ」
そして私は2人に挟まれる形でお勉強会を開始した。




