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第08話 好きだから

 言ってしまった……遂に言ってしまった。

 友達になりたい。数十年の間、彼女に言いたいとそれだけを願っていて、ようやっと言えた。

 でもそれに対する彼女の反応は――


「……は?」


 呆然半分、呆れ半分といったものだった。好意的な反応は1ミリも無い。当然だけど。つい先月まで2年間の間意地悪をしてきた憎い相手から「友達になりたい」なんて言われてもこんな反応になるのは当然だった。私が彼女の立場でも「……は?」って返すだろう。いや、もっと悪いかもしれない。


「……私の聞き間違いかしら? 今なんて言ったの?」

「だから……その……」


 もう一度言えと? それは勿論何回でも何十回でも言いたい言葉だ。問題は私にそんなことを言う資格が無いってことで。


「と、友達に……なりたいの……」

「誰と?」

「あなたと」

「誰が?」

「私が……」


 彼女はそれを聞いて頭痛がするかのようにこめかみを押さえた。


「………………なんで?」


 長い長い沈黙の間、外の雨音は激しくなり、そして彼女が絞り出したのは、当然の疑問だった。


「私とあなた、お互いに嫌いあっていたわよね?」

「それは……」


 それは確かにそうなんだけど、でもそれは、私が愚かすぎて自分の気持ちに気付いていなかったから。本当はあなたを好きなのに、それをわからなくて苛立ち、意地悪をすると言う方向に行ってしまったから。


 あなたを愛している。その気持ちに後になってからようやっと気づけた。気付けたときには遅かったけど、こうして神様から奇跡を頂いた。かなり意地悪な奇跡ではあったけれど、それもこうして私と彼女の仲が決定的に壊れた場所でこんな話をさせると言う徹底ぶりではあるけれど、それでも奇跡は奇跡なんだ。

 前回の人生でこの日以降、彼女は私に一切口もきいてくれず目も合わせてくれなくなった。それを考えると、こうして嫌な顔をしながらでも話をしてくれることのなんと幸せなことか。私のようなやつには過ぎたことだ。


「それが、何? 私と友達になりたい……? 正気なの?」


 本気か? じゃなくて正気か? と来た。その反応ももっともだけど。


「正気よ。正気も正気……」


 そこで私は再び頭を下げる。


「本当に悪かったと思ってるの。ごめんなさい……私がバカだったわ」


 数十年分の後悔を込めて、深く深く頭を下げて、彼女に詫びる。


「……っ!!」


 炎の向こうで、彼女が身じろぎしたのが分かった。


「………………友達……って……やっぱり家がらみなの?」

「だからそれは違うって」

「だって!! そうでもないと理由がないでしょ!? あなたが私と仲良くなりたいなんて!!」

「ち、ちが……!!」

「こんな小さな貴族の家でも、何か使い道でもあるって言うの!?」

「だから違うって言ってるでしょ!!」


 思わず大きな声を出してしまった。でも、私が彼女と仲良くなりたいのは、純粋に、彼女が好きだからなんだ。


「私が、あなたと、友達になりたいのは……!!」

「友達になりたいのは?」

「うっ……」


 でも言えない。言えるわけがない。好感度最悪の相手から「好きです」なんて言われても気持ち悪いだけだ。


「た、ただ友達になりたいの……それだけなの」

「それだけって……信じられないわ」


 やっぱり通じない、私の言葉は彼女に届かない。届くはずがないんだ。でも、それでも私は――


「信じてもらえないのはわかるの。今までの私は本当にあなたに意地悪ばっかりしてきたから……でも、今の私は、本当に、あなたと仲良くなりたいって思ってるの……!!」


 何十年も、ただそれだけを願って来た。あなたが他の人のものになってから、それ以来ずっと、ずっとあなたのことを想ってきたんだ。

 あなたが私でない、他の人と幸せになって人生を送ったことは知っている。それでも私は、あなたのことを私が幸せにしたかった。あなたと人生を歩みたかった。


「本気なの……嘘じゃないの……」

「そんなの……」

「信じて……お願い……っ」


 私は両の手を組み、祈るように懇願する。憐れみを乞うような振る舞いだけど、私は彼女の憐れみが欲しいんだ。

 私は彼女にずっと意地悪をしてきた。そんな彼女から許してもらうためには、こうするしかない。


「イヤ……信じられない」


 それでも、彼女の口から出てきたのは拒絶の言葉だった。


「どうしたら信じてくれるの……? 私、何でもするわ」

「何でもって……」


 彼女の戸惑いが伝わってくる。今までずっと敵だった相手から「何でもするから許して欲しい」なんて言われてるんだし、それも当たり前の話で。


「…………本当に何でもするの?」

「許してもらえるなら、何でもするわ」


 プリシラが疑うような目をして聞いてきたけれど、私は迷うことなく即答した。私はそのために生きてきたんだから。


「……そう、何でもね」

「ええ、何でも」


 彼女に許してもらえるなら、私はどんなことでもするつもりだ。私は、じっと考え込んだプリシラの顔を見る。

 こんな状況だと言うのに、悩んでいるプリシラの顔は焚火の明かりを受けてとても可愛いと思ってしまった。


 そして、薪のパチッとはぜる音がして、それを合図にしたかのように彼女がこちらを向く。そしてその口から出てきた言葉は――


「――その火を踏み越えて、こっちに来てみてよ。――それができたら信じてあげるわ」


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