第79話 何の冗談?
裏庭のベンチでプリシラとお昼を食べた後、私達はお茶を飲みながらお昼休みを過ごしていた。
「はぁ……」
「どうしたの? ため息なんてついて」
「いや、ちょっとね……」
私が落ち込んでいる――というか未だにショックを引きずっているのは、昨日のソラリスとの出来事が原因だ。
「私で良ければ話を聞くわよ?」
「え、いいの?」
「いいわよそれくらい。だってその……私達、友達でしょ?」
「プリシラっ……」
プリシラがこんなことを言ってくれるなんて……私は思わずプリシラの手をそっと握ると、プリシラはちょっと照れたような顔をしつつその手に指を絡めて来てくれた。
「えへへ……」
「んもう……ほら、それより何があったの?」
「えっとね……実は、ソラリスのことなんだけど……」
「……ふぅん、それで?」
プリシラはちょっとだけ眉間にしわを寄せつつ続きを促してきた。
「実は……昨日ね、ソラリスから相談を受けて………………妹を持ちたいって言われたの」
「……は? ……今、何て言ったの?」
「だから、妹が持ちたいって」
「そんな……嘘でしょ? あの子が? 妹を持ちたいって……?」
プリシラ的には私の言った事が信じられないと言った感じの顔をしている。いや、私もびっくりしたけど、プリシラがこんなに驚くなんて私もびっくりなんだけど。だってプリシラ、ソラリスにそこまで関心が無さそうだったし。
「それがホントなのよ。昨日、その妹にしたいって子を連れてきたのよ」
「へ、へぇぇ……そ、そうなんだぁ……そっかそっかぁ……私の勘違いだったんだ……」
なんか安堵したような感じでプリシラが頷いている。
「何が勘違いなの?」
「いや、こっちの話よ。……で? 認めたの?」
「……認めたわ。どうしてもその子を妹にしたいって懇願されたから……あんなに真剣なソラリス、めったに見れないわよ」
「ふぅん……なるほどなるほど……でも、ホントに意外ね」
「何が?」
「いや、あの子に妹にしたいような恋人がいたってことが、よ。私はてっきり――」
「あ、違うわよ。その子との間には恋愛感情は一切無いんだって」
「――は?」
プリシラが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「いやいやいや、そんな馬鹿な話あるわけないでしょ? メイドの姉妹契約において恋愛感情が無いなんて、そんなのあり得ないわ。だって契約したら妹は姉に一切逆らえなくなるのよ? そんな契約、熱愛中の恋人同士でないと結ぶわけがないでしょ?」
だってそう言ってたし。ソラリスの目は全くウソを言っているようには見えなかったし。
「純粋に、弟子として妹にしたんだって、その妹にしたい子からどうしてもって頼まれたって言ってたわ」
「いやいやいや……」
プリシラは否定するように手を振っているけれど、私はさらにそれを否定する。
「私とソラリスの間だもの、嘘は言ってないってわかるわよ」
「いや、でも――」
「それに――私とずっと一緒にいてくれるって約束してくれたもの」
「ずっと一緒……?」
「ええ、私に身も心も、人生さえも捧げてくれるって、そう誓ってくれたのよ。だから私、ソラリスが妹を持つことを許可したの。ソラリスが私から離れないって言うんなら、まぁって思って」
「………………それって…………」
プリシラが握る手に力を込めたのか、私の指に絡んでいるプリシラの指が私の手に食い込んできた。微妙に痛い。
「………………それで、その妹にしたいって子、どんな子なの?」
しばらく黙っていたプリシラがぼそりと呟くように聞いてきた。
「それがね……プリシラも知っている子なのよ」
「は? そうなの? でも私、そんなにメイドの知り合いなんていないわよ? 専属メイドが付いている貴族なんてそうそういないし」
ああ、うん、それはそうでしょうね。専属メイドが付くのは基本的に伯爵からだし、この学園でも専属メイドを伴っている子はごく少数だ。もちろん金銭的な面で専属メイドを付ける余裕のある子爵以下の貴族は大勢いるんだけど、何と言うか不文律的に伯爵以上って決まっているのよね。
でも、今回はその専属メイドですらないと言うか……
「その………………ソラリスの妹になったのって…………エルザさんなの」
「………………は?」
プリシラは、これ以上ないってくらいにポカンとした顔になった。
「――いやいや、何の冗談?」
まぁそうよね、私がプリシラの立場でも冗談だと思うに違いないし。でもこれ冗談でも何でもないのよね。
「それがホントなのよ」
「そんな馬鹿な事、あるわけないでしょ?」
「でも事実だし」
「いやいやいや……」
今日だけでプリシラが何度「いやいや」と言ったか分からない。でもそう言いたくなる気持ちはよくわかる。
「ありえないでしょ。だってエルザはグリーンヒル伯爵家という、じきに侯爵になるんじゃないかとさえ言われてるほどの超名門の次期当主よ? それが一メイドの妹になるなんて――――」
そこでプリシラはふっと考え込むような仕草を見せた。
「――いや、エルザならあり得るか……だってエルザ、ずっと理想のお嬢様を探していたのと同時に、理想のお姉さまも探していたし……」
プリシラは口元に手を当てたままブツブツと呟いている。
「そうすると、今回のことだって理想のお嬢様を求めるって目的と合致しているわ――確かにこれなら両方一気に手に入れることができるわけだし、そうなると前に言ってたこともあながち冗談じゃなかったってことに――」
途中からよく聞こえなかったけど、プリシラは自分の考えに没頭するかのように独り言を続けた。
「あの……プリシラ?」
「え? あ、何?」
「いや、何か考え事?」
「あ、ああ……いやその、ちょっとびっくりしちゃって、その、ね」
まぁそれはそうよね。誰だって自分の親友がメイドと姉妹契約を結んだら驚くに決まっている。
だって今回は違うとはいえ、契約って結婚のようなものなんだし。
「でも、そっか……そうなると、あの子は伯爵令嬢としての力を手に入れたのも同然なのね」
「え、ああ……そうなるのかしら」
「それはそうよ。だって姉に命令されたら妹はそれに逆らえないんだもの」
確かに、それが姉妹契約だ。
「なるほど……考えたわね……でも、多分これはエルザの発想ね。メイドに考えつく手段じゃないわ」
「プリシラ?」
「なんでもないわ。それより――そろそろテストの時期よね?」
「え? ええ。そうね」
何か話の切り替えが唐突なんだけど……でも言われてみると確かにそんな時期だった。
「またお勉強を教えてもらいたいんだけど……いいかしら、先生?」
「勿論、喜んで教えるわよっ……!!」
私のことをじっと見つめてくるプリシラに、私の心臓が早鐘を打つ。しかも握ったままの手からはプリシラの体温が伝わってきていて、なんともたまらない。
「じゃあ、放課後図書室に――」
「いいえ、今回は図書室じゃないわ」
プリシラは私の言葉を遮ると、すっと私との距離を少しだけ詰めて来た。
「え、じゃあどこで――」
「――あなたのお部屋で勉強を教えてもらいたいの」
「え!?」
「ダメ?」
「わ、私の部屋に来たい……の?」
「ええ、そうしたいわ」
プリシラが私の部屋に来てくれるなんて……!! これは夢じゃないの……!?
「も、勿論いいわっ!! じゃあ、放課後部屋に……」
「ええ、お邪魔させて頂くわ。先生っ」
そしてプリシラはにっこりとほほ笑むと、すっかり冷めてしまったお茶を一口飲んだのだった。




