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第78話 【ソラリス】考えておいてくださいねっ

ソラリス視点でのお話です。

 姉妹契約を果たした私とエルザ様は、喫茶室でお茶を飲んでいた。


「うふふっ……お姉さまっ、明日からいろいろと教えてくださいねっ」


 エルザ様……いや、もう私の妹になったからエルザか。そのエルザが私の手に自分の手を重ねながら、ニコニコとほほ笑んでくる。


「え、ええ、それは構わないんだけど……」

「どうかしました? お姉さまっ」

「いや、何と言うか、エルザさ――、エルザほどの大貴族から敬語を使われるってなんかまだ違和感が……」

「あら? 契約の時は普通に出来ていたじゃないですか」

「それは、まぁ儀式的な物だから……」


 未だに実感がわかないけど、私とこの子は姉妹になった。しかも私が姉、つまり私はこの子に何でも命令が出来るというわけだ。

 伯爵令嬢という私からしたら雲の上のような存在であるこの子が、私のもの……そう考えると、なんて大それたことをしたんだろう。


 それもこれも、この子が心の底からのメイドマニアだったからで……この子ほどの大貴族を妹に持ったメイドは過去間違いなくいないだろう。


「楽しみだな~。お姉さまに手取り足取り、メイドとしての全てを教えてもらえるんですねっ」

「ちょ、抱きつかないでっ」

「まぁまぁ、いいじゃないですかお姉さま、私達は姉妹なんですし」

「んもうっ……」


 人目も気にせず、嬉しそうに抱きついてくるエルザに正直困惑する。どうしてこんなにも私のことを気に入ったんだろうか……


「ねぇ、今更だけど後悔とかはしていないの?」

「いえ? 全く?」


 一切のよどみも無く、エルザは言い切った。


「私言いましたよね? 私はメイドとしてさらに高みに登りたいんです。そのために、お姉さまが必要なんですよ」

「それは、わかったけど……なんで私だったのかなって」

「それは勿論、メイドとして超一流だったからってとこもありますけど……他には、そうですねぇ……私の趣味として、お姉さまへの援護射撃……ってところもありますね」


 援護射撃……? 言ってる意味がよくわからないんだけど……


「あれ? お姉さま、気付いていませんでした?」

「何が?」

「ううん……自分のことだと結構鈍いんですねぇ、お姉さまって」


 何か心外なことを言われた気がした。


「しょうがありませんねぇ、ではお耳を拝借……」


 エルザはイタズラっぽい笑みを浮かべると、私の耳元に口を寄せて来た。そこから漏れる吐息がこそばゆい。


「――クリス様、嫉妬してましたよ」

「……えっ」


 私は言われた意味がよく分からずに思わずエルザの方に振り向くと、私のすぐ目の前に整ったエルザの顔があった。

 その顔には満面の笑みが浮かんでいる。


「ど、どういうこと?」


 少しだけドギマギしながら、私は尋ねる。


「ですから、言った通りの意味ですよ。わかりませんか?」

「え……?」


 言った通りの意味、それはつまり――


「いや、まさかそんな…………私なんか、お嬢様に相手にされるわけ――」


 でも、私が妹を持ちたいと言った時、確かにお嬢様はかつてないほどに取り乱していた。それは、私がお嬢様の側から離れてしまうと勘違いしたからとか思っていたけど――1番は、私に恋人がいると思ったから……?


 でも、そんな、私に恋人がいると思ってそこまで取り乱すなんて、それってつまり――


「いやぁ、愛されてますねぇ、お姉さまっ」

「そ、そんな馬鹿な……」

「馬鹿も何も、クリス様ってば私がお姉さまの妹になると知って、どうみても私に対して嫉妬しまくりだったじゃないですか」

「で、でも……」

「その証拠に、私とお姉さまが契約でキスをしようとしたら断固として認めませんでしたよね? それはどう説明するんです?」


 確かに、お嬢様は「そんなのダメっ!!」と強い口調で拒絶した。つまりそれは、私とこの子がキスをするのを見たくなかった、という事になるんじゃないだろうか……

 冷静に考えてみると、そうとしか思えない……


「ね? つまり、クリス様はお姉さまのことを意識しているんですよ。いや、ようやく気付いた……と言ったところですかね? この感じからすると」

「気付いた?」

「ええ、クリス様とお姉さまって小さいころからずっと一緒だったんですよね?」

「そうだけど……」

「なるほどなるほど……つまり、あまりに身近過ぎたせいで、お姉さまという存在を女の子として認識できてなくて……いわば家族としてでも思っていたんじゃないですかね? 恐らくですけど」


 そんな、こと……いや、でも言われてみると、私自身、昔はお嬢様のことを実の姉のように思っていた。それがお嬢様への恋心を自覚してからは、1人の女性として見てきたけど……お嬢様は、ずっと私のことを妹だと思ってくれてたんじゃないだろうか。言われてみるとそんな感じがする。


「それが、その妹みたいに思っていた存在に恋人がいたかもしれないと知って――クリス様の心は乱れまくった、というわけですねぇ、いやぁ、お熱いお熱い」

「そんなことが――」

「あるんですよ。いつまでも自分の側にいてくれると安心しきっていたクリス様は、そこで初めてお姉さまを失うかもしれない、という恐怖に直面したんです」


 私がお嬢様から離れるなんて、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ないんだけど……

 それは例えお嬢様とプリシラが結婚して、私はそれを側で見ていることしかできなかったとしても――私は絶対にお嬢様の側にいるだろう。それがどれだけ辛くても、お嬢様と離れるよりは何万倍もマシなことだから。


「さてさて、これまで静かだった水面は私が投げ込んだ石で大きく波打ちました……これからどうなるか、実に楽しみです」


 エルザは楽しそうに、クックッと笑う。


「あなたねぇ……他人事だと思って」

「あら? 恋愛なんて他人事が一番楽しいんですよ?」

「それは……否定しないけど」

「しかも私はそれを特等席で眺めることが出来るんです。なんとも贅沢じゃありませんか」

「いい性格してるわ……」

「お褒めにあずかり光栄の至り」


 褒めていないけどねっ、全然。


「それはそうと、お姉さまはきっちりと約束を果たしてくれましたので、私もお姉さまをグリーンヒル家の養女にするよう動きますね」

「……お願いね?」


 そう言う約束で、私はこの子を妹にしたのだから。この子を妹にして、かつお嬢様のお嫁さんになれるように手を貸す――これをもって、私はグリーンヒル家の養女にしてもらい、お嬢様のお嫁さんになる権利を得ることが出来る。


「ええ。約束は守りますとも。でも、もう1つの方もお願いしますね?」

「わかってるわっ」


 もう1つというのは、当然お嬢様との仲を取り持つことだろう。しかもそれが恋愛感情故にではなく、お嬢様にお仕えしたいからなのだと言うから、何ともはやだ。


「ふふふっ……理想のお姉さまに妹にして貰って理想のメイドになって、理想のお嬢様にお仕えする……なんて素晴らしい人生なんでしょう……!」


 いい空気吸ってるなぁ……この伯爵令嬢様は……


「――さて、と」


 エルザはそこでぐっと伸びをすると、ひょいと椅子から降りた。


「じゃあ私はそろそろ行きますね、ご飯の時間ですし」

「ええ、それじゃあね」

「明日からよろしくお願いしますっ、お姉さまっ」

「はいはい。お姉さまに任せなさい」

「それではっ」


 別れの挨拶をした後、エルザはとてとてと歩いて行き――そこで何かを思い出したかのようにクルリと振り返った。


「ああそうだ、お姉さまっ」

「何?」


 その振り返ったエルザは、やや恥じらうような仕草をしながら――



「――私をご所望でしたら、いつでも言ってくださいね? 私、喜んでこの身をお捧げいたしますから」


 ――とんでもないことを口にした。


「……は?」

「いや、は? って。ヒドイですよっ、お姉さまっ」

「い、いや、その……言ってる意味が良く……」


 いや、分からない事は無いけど、え、いや、でも……え?


「だって、私はお姉さまの妹なんですよ? つまり、お姉さまは私を好きにする権利があるんです。お忘れですか?」

「忘れてはいないけど、だ、だって……」


 私達の姉妹契約は、純粋な師匠と弟子の関係だったはずじゃ――


「いくら私がメイド好きでも、好きでもない相手の妹にはなりませんよ」

「そ、それって……」

「ええ、私――お姉さまのこと好きですっ。――じゃ、そう言う事で、考えておいてくださいねっ」


 エルザはそれだけ言うと、呆然としている私を置いてさっさと喫茶室から出ていってしまった――


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