第76話 ずっと一緒
「それでねっ、プリシラったらね――」
プリシラとのデートを終えて部屋に帰って来た私は、デートの詳細をソラリスに語って聞かせていた。
「私のこと、友達って認めてくれたの……そればかりか、クリスって名前まで呼んでくれたのよっ!」
「それは……おめでとう……ございますっ」
デートの興奮もまだ冷めやらぬまま、嬉しさの余り昨晩のことまで話してしまう。昨晩のこと、と言うのは当然――
「プリシラったら『一緒に寝る?』って言ってくれて……」
「なっ……!?」
「『友達なら一緒に寝るくらい普通でしょって』言ってくれて、それでね」
「は、はぁ……そ、そう、ですか……」
「でも変なのよね。そう言う割にプリシラったら、私以外とは一緒に寝たことないんですって。案外友達少ないのかしら」
「そ、それは……!」
「それでね、次の日はまた手を繋いで街を歩いて……楽しかったなぁ……」
まだプリシラの手の感触が残っているようで、私は自分の左手に頬ずりをする。愛しのプリシラと、あんなに長い間手を繋いでいられたなんて、思い出すだけでも胸がいっぱいになってしまう。
「良かった……ですねっ、お嬢様っ……」
「それもこれも、ソラリスのおかげよっ。いつも本当に感謝してるわっ」
「いえ……何度でも言いますけど、お嬢様の幸せが私の幸せですからっ……」
可愛いことを言ってくれるなぁもうっ。
「あ、そうだ、プリシラとの仲が上手くいったらご褒美を上げる約束だったわねっ、何かないかしら?」
「……よろしいんですか?」
「勿論よ。だってプリシラと友達になれたのは、全部ソラリスのおかげみたいなものなんだもの」
「そんなことないと思いますけど……」
「それくらいのことをソラリスはしてくれたのよ。ほら、何でも言っていいわよ。もう何でも叶えちゃうわっ、私にできる範囲内ならねっ」
「で、では……その……」
ソラリスは手を後ろに組んで、モジモジとしている。それから、覚悟を決めたように私の方を見据えて、口を開いた。
「……私とも今後デートをして下さる、とのことですけど……」
「ええ、そうね」
「その……で、デートをした日だけでもいいので、その……」
ソラリスは、そこでまた口ごもってしまう。
「何かしら?」
「…………わ、私も、お嬢様と一緒に寝かせていただきたいんですっ……」
「え、それでいいの?」
「はいっ……だ、だって、プリシラばっかりお嬢様と一緒に寝れて、羨ましいんですもんっ……私だって、お嬢様と一緒に寝たいですっ……」
「そうなの……?」
羨ましいって、そういうものなんだろうか?
「はいっ、出来れば、お風呂もご一緒させて頂いて、お背中を流させて頂きたいですっ」
う、ううん……それはいいんだけど……どうも私、ソラリスのこと少し意識しちゃってるようなとこがあるのよね……
前までは妹みたいに思っていたからお風呂とか一緒に入っても何でもなかったんだけど、こうして頻繁にデートをするようになってる状態で、それでお風呂とか入ったりしたら……間違いが起こったりしないかしら?
いや、ソラリスは私の大切な存在だし、その信頼を裏切るわけにはいかないんだけど……
「ダメ……ですか?」
「ダメじゃないわっ。それじゃあ、えっと……デートの時は一緒に寝る、これでいいのかしら?」
「はいっ……!! 嬉しいですっ……!!」
ソラリスはパッと笑顔を浮かべた後――妙に真剣な顔になった。
「あと、その……お嬢様」
「何?」
「――明日、ちょっとご相談したいことがあるんですけど……放課後、お時間頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? 今でも別にいいわよ?」
「あ、えっと……私だけの話でもないので、明日でないと、ちょっと……」
「そう? じゃあいいけど」
改まって何の話だろう? 私は疑問に思ったけど、聞いても答えてくれなさそうな雰囲気だったので、その日は聞かずにそのまま眠ってしまった。
そして次の日の放課後になり、私が部屋で待っていると――メイド服姿のソラリスと、なぜか同じくメイド服姿のエルザさんが部屋に入って来た。
「あれ? エルザさん……? なんで?」
「今日のお話は、エルザ様にもご関係のある事でして……」
よく分からない。ソラリスとエルザさん、一体何の関係が? 関係があるとすれば同じメイドってことくらいなものだけど、エルザさんは正式なメイドってわけでは無く、いわば仮装みたいなものだしなぁ。本人は真剣らしいけど。
「で? 話って何かしら?」
「それは……その……」
並んで私の前に座っているソラリスとエルザさんが、すっと目配せをしたことに、なぜか私の胸がざわついた。
「えっと……私……」
ソラリスが大きく深呼吸をした。
「私、『妹』を持とうかと思いまして……!」
「妹……!?」
妹って何!? 何の話!?
「それでお嬢様からご許可を頂きたく……」
「え、いや、え!? どういうこと!? 妹って……!?」
「あれ? お嬢様、ご存じありませんか? メイドにおける『姉妹制度』について」
「あ……ああ……そう言えば聞いたことあるような……」
記憶から引っ張り出してみると、確かそれはメイド同士で結ぶ契約のことで……
あれ、でも、それって――
「ソラリス――そ、そんな相手がいたの!?」
「え?」
「だ、だって……メイドの『姉妹』って……!!」
古くからあるメイドの制度、『姉妹制度』。それは私の記憶が確かなら、愛し合うメイド2人が結婚の代わりとして契りを結ぶ制度だったはず。
つまり、ソラリスにはその契りを結ぶような相手がいた、という事になる。
……え? 何で? 何で私こんなに動揺しているの?
胸がモヤモヤする、頭がガンガンする。私のソラリスが、誰かのものになってしまう……そう考えただけで、目の前が真っ暗になってしまった。
ソラリスは、ずっと私と一緒にいてくれる、私だけの側にいてくれる、そう、思っていたのに……
「ソラリス……」
「はい、何でしょう」
「……その、『妹』にしたいって子と……付き合ってるの……?」
「は? いや、なんでそんな話に……?」
「だってそうでしょ!? 姉妹になりたいってことは、そう言う事なんでしょ!?」
自分でも何でこんなに焦っているのか分からない。でも、どうしても気持ちが抑えられなかった。
「え、いや、その、お嬢様? 落ち着いてください――」
「だって……!! ソラリスは、ずっと私の側にいてくれると思ってたのに……!! それなのにっ……!!」
「……!! お、お嬢様!?」
「――イヤっ!! 行かないでっ!!」
私は思わず席から立ち上がってソラリスに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。
「お嬢様……!?」
「イヤイヤっ!! 絶対イヤ!! ソラリスは私の側にいるのっ!!」
「で、ですから落ち着いてくださいっ……!!」
「だってっ……!!」
「私は絶対にお嬢様から離れませんからっ……!!」
「…………ホント?」
「ホントですっ」
「……でも、『妹』にしたい子がいるんでしょ……? ……その子のこと、好きなんでしょ?」
「いや、お嬢様、誤解してます。確かに姉妹契約にそう言う側面があるのは確かですけど、私はその子から『メイドとして高みに登りたいから、妹にして欲しい』と言われただけなんです」
……なにそれ。
「えっと……どういうこと?」
「つまりですね、そもそも姉妹契約と言うのは、姉が妹にその持てる技術の全てを伝える、という言わば徒弟制度的なものとして生まれたんです。恋愛うんぬんと言うのはその結果として生じたにすぎません」
ま、まぁ、確か妹は姉に絶対服従って決まりだったように聞いてるから、結果的にはそうなるのは自然なことだったんだろうけど……
「ですから、私とその子には恋愛感情は一切ありません。純粋にメイドとして、弟子にするということなんです」
「……そう、なの?」
「そうです」
「……これからも、ずっと一緒?」
「はい、私は生涯お嬢様のお側にいます。他の誰のものにもなりません。だって……私の全てはお嬢様にお捧げすると決めてますからっ」
「ソラリスっ……!!!!」
私は、抱きしめているソラリスをさらに強く強く抱きしめる。
「ああっ……ソラリスっ……!!」
「ぐ、ぐぇぇ……お嬢様、く、苦し……」
「あ、あの~、クリス様? それ以上すると、ソラリスちゃん潰れちゃいますよ?」
「え!? あ、ご、ごめんっ……!!」
慌ててソラリスを解放すると、ソラリスはゴホゴホと咳き込みつつ、なんか残念がってるような表情を浮かべていた。
「オホン……それで、その……ソラリスに妹にして欲しいって言ってきたのは誰なの?」
「それはですね――」
……そう言えばそうと、何でエルザさんがここにいるんだろう。
え、いや、まさかそんな、だってエルザさんは伯爵令嬢よ? そんなことあるはずが――
「私ですっ、クリス様っ」
「……は?」
エルザさんが、にっこりと笑いながら手を上げていた。
……マジで?




