第72話 手伝ってくれるかしら
プリシラからお胸を触られた動揺も冷めきらないまま、私達は別宅へと向かう馬車に揺られていた。歩いて行くには少し遠いのよね。
「水着、ありがとねっ」
「ど、どどど、どういたしましてっ」
馬車の中には私とプリシラの2人っきり、しかもプリシラは私と手を恋人繋ぎしたままだから、2人仲良く横並びで座る形になっている。幸せ……!!
でもこんなことが続いてたら、私の心臓持たないわよ? しかも今から水着姿のプリシラを独り占めまでできるのだから、本当に心配だ、心臓が。
「でも……改めて見ても、結構アレよね」
プリシラは袋から取り出した自分の水着をしみじみと見ている。確かに、上下が別れていて、しかも後ろを紐で結ぶタイプなんてこの時代ではかなり進んだデザインよね。
ホントはこれを囮にして、もうちょっとおとなしめなやつを選ばせる予定だったんだけど、なぜかプリシラがこれをすんなりと受け入れてくれたのが嬉しい誤算だった。
この水着を着たプリシラを見ることが出来るのは世界で私だけ……!! なんて素晴らしいんだろう。まぁその代償として私もこれを着る羽目になったわけなんだけど……
「まぁでも、あの学園指定水着も着たくないでしょ?」
「それは、まぁ……そうなんだけど……」
100年前から変わってないんじゃないかってくらいのダサいあのデザインの水着は、もう今の私達の世代では絶不評で、誰もが文句を言っていたし。
いくら貴族が慎み深いとは言っても限度があるってものよね。
「ホントに、他の誰もいないのよね?」
「ええ、今日は私とプリシラの貸し切りよ」
お父様もお母さまも今は領地にいるし、別宅には使用人がいるだけだ。
「だから、誰にも見られる事は無いわよ」
「あなたには見られるけどね」
「それはまぁ、お互い様ってことで」
そうこうしていると、馬車の窓から別宅が見えて来た。
「あ、見えたわよ、プリシラ」
「え? 塀がずっと見えてるだけなんだけど……」
「ええ、ここがそうよ」
「……は?」
「この塀の中、全部が我が家よ。ここから門までちょっとかかるわね」
「……さ、流石はウィンブリア公爵家ね……別宅なのに桁が違うわ……」
目を丸くしているプリシラと私を乗せた馬車はそれからしばらく走り、門へとたどり着いた。
「ねぇ、家が見えないんだけど……」
「ちょっとお庭が広いのよね、たまに迷子になる使用人もいるらしいわ」
「ちょっとじゃないわよ!? なにこれ、ホントに別宅!? 庭に私の実家が何個も入るわよ!?」
「大げさねぇ」
「大げさじゃないわよ!?」
そして屋敷に着いた私達は、使用人に案内されてプールに併設させている更衣室へと通された。
「……この更衣室だけで、普通の家より大きいわよ……」
「そう?」
そういうものなんだろうか。普通の家と言うのを見たことがないのでよくわからないけど。
「じゃ、じゃあその、私、その衝立の向こうで着替えてくるからっ」
「え? ええ、わかったわ」
私は水着の入った袋を持ってそそくさと衝立の方に向かう。女同士だし、更衣室なんだし、2人並んで着替えても全然変じゃないんだけど、それでもプリシラの前で裸になるなんて恥ずかし過ぎるものっ。
「あれ……でもこれ、どうやって着るのかしら……」
そう言えば私、自分で服を着たこともろくに無いんだった。いつもソラリスが着替えさせてくれるから、私ブラさえ自分では付け方も分からないし。
水着姿のプリシラを独り占めしたかったから、使用人にも付いてきてもらわなかったのは失敗だったかしら。
「たぶん、こうでいいのよね……?」
私は着ていた服を脱いで生まれたままの姿になると、水着を手探りで身につけていく。
「よっ……はっ……ほっ……」
下をはいて両サイドを結び、上をどうにかこうにか背中に手を回して結び終えた。
「う、うわぁ……」
着替え終わった私が鏡の前に立つと――今の時代の感覚的には、かなりはしたないと思えるような姿の私が立っていた。
こ、これは流石に貴族的には人前でなかなか着れないわね……世間の人たちはよくこれを着て泳いだりできるなぁと感心していたら――
「ねぇ……ちょっと……」
「え?」
衝立の向こうのプリシラが声をかけて来た。
「どうしたの、プリシラ?」
「その……お願いがあるんだけど……」
「お願い?」
「ちょっと、こっちに来てくれない?」
「え!? いいの? もう着替えたの?」
「いや、その、それが……とにかく、ちょっと来て」
私は言われるがままに衝立の向こうに歩いて行く。この先には水着姿のプリシラが待っているのだと思うとドキドキが収まらない。そして、胸を弾ませながらひょいと顔をのぞかせるとそこには――
「ぷ、プリシラ……!?」
「悪いんだけど、手伝ってくれるかしら……」
背中の紐を結ぼうと悪戦苦闘しているプリシラが、私に助けを求めていた。
どうやら体が固くてしかも不器用なプリシラは、紐がどうしても結べないらしい。
「いいの……?」
「いいも何も、このままだと脱げちゃうでしょ? だからお願いっ」
「わ、わかったわ……」
この前風邪のプリシラの背中を拭いたときも思ったけど、何て美しい肌をしているんだろう。ふわふわの金髪をかき上げて、私は震える手でプリシラの水着の紐をつまむ。
私が、プリシラの着替えを手伝えるなんて……!! 生きててよかったっ……!!
「悪いわね、あなたほどの人に手伝わせるなんて」
「全然!! 気にしないでっ!」
むしろ嬉しい! 出来れば下の方も結ばせて欲しかった……とか言ったら引っぱたかれるだろうから流石に言わないけど
「で、できたわっ……」
プリシラを着替えさせていると言う事実に手は自分の手じゃないんじゃないかってくらい震えていたけどどうにかこうにか結び終えた。前の人生でただ一目プリシラに会いたいと願っていた頃を思うと、なんて素晴らしいんだろう。夢じゃないだろうか。
「ありがとっ……」
そして、振り返ったプリシラを見て――私は気絶しそうになった。
こんな……!! こんなプリシラを見れるなんて……!!
学園指定水着のプリシラは何度も見たことがあったけど、まさにこれは天と地、布面積のはるかに小さいこの水着は、プリシラの可愛らしさを何百倍にも高めていた。
普段は慎み深い制服に隠されている豊かなお胸はその谷間まで露わになっていて、上下に別れた水着のおかげでおへそまでばっちりと見えている。
生まれて初めて見るこんなプリシラの姿を、私は目に焼き付けようとしっかと見据えた。
「ちょ、ちょっと……そんなまじまじと見ないでよっ……えっちっ……」
「だ、だって、あんまりにも可愛いから……その……」
「私、人にこんなに肌を晒すなんて生まれて初めてよっ……流石に子供時代は除くけど」
プリシラの初めてを、またしても私が……!! やったぁ!!
「ねぇねぇ、ちょっとくるっと回って見せて?」
「ええ……?」
「お願いっ、プリシラっ」
「もう……しょうがないわねっ……」
驚いたことにプリシラは私のリクエストに応えてくれて、その場でくるりと回って見せてくれた。ふわふわの金髪がふわりと舞い、そのたまらない香りが鼻をくすぐった。
「プリシラ……綺麗っ……」
「も、もうっ……そう言うあなたも可愛いわよっ……やっぱり似合うじゃない」
「でも、やっぱり私の貧相な体じゃこういうの、ちょっと……」
「そんなことないわ。可愛いわよっ」
「ひゃんっ」
プリシラはそう言うと、私のお腹をツンと突いてきた……!!
「ほら、早く行きましょ? 私に泳ぎ方、教えてくれるんでしょ?」
そして私はプリシラに恋人つなぎで手を引かれ、プールサイドへと歩いて行った。まだまだ今日のデートは始まったばかりだと言うのに、私の中では既に満点を大きく超えているんだけど……幸せっ……




