第71話 いい形じゃない
「えへへ~」
「もうっ、そんなにはしゃがないでよっ、歩きにくいでしょっ」
「だってぇ」
そうは言われても、どうしても足は弾んでしまう。だって私の左隣にはプリシラがいて、しかもあり得ないことに、恋人つなぎまでしているんだから。
こんな状態で街を歩いていたら、道行く人は私達のことを100人中90人くらいはカップルだと思う事だろう。まぁ本当は全然違うんだけど。
100人中残りの10人くらいは……私達を仲のいい姉妹とか親戚とかに見るかもしれない。だって髪質こそ全然違うもののお互い金髪だし。まぁ体つきはぜんっぜん違うんだけどね……
「…………」
私はちらとプリシラのお胸を盗み見て、歩くたびに揺れているそれの、私とのあまりの違いに愕然とする。どうしてプリシラもソラリスもこんなにも豊かなのかしら。不公平だわっ。
「ねぇ」
ひっ!? もしかしてお胸見ていたのバレた!?
「これからその……水着を買いに行くってことでいいのよね?」
「え? あ、そ、そうよ? こうやってのんびり歩いて行けば、ちょうど開店時間あたりには着くはずよ。ふふっ、楽しみねっ」
「ふぅん……あなた、買い物とか好きなの?」
「好きだけど? それがどうしたの?」
まぁ今は買い物そのものよりも、プリシラの水着姿が見れるってことが楽しみでしょうがないってことなんだけど。
ああっ……どんなのを買ってあげようかなっ……結構攻めたデザインでもいいわよねっ、プリシラスタイルいいしっ。
「いや、ちょっと意外で……あなたみたいな大貴族がわざわざお店に出向いて買い物をするなんて、改めて考えると不思議だなって」
「ああ、なるほど」
確かにプリシラの言う通り、わざわざお店に出向かなくても私が呼び出せばありとあらゆる店は店員を即座に寄こしてくれるし、そう言えば他の上級貴族の子達はわざわざお店に行ったりはしないってのも聞いたことがある。
「でも、それじゃあつまらないじゃない」
「つまらない?」
「ええ。実際のところあなたの言う通り私はお店に行く必要は無いし、何でも制限なく買うこともできるわ。でも、何でもできるって言うのはある意味何も出来ないみたいなものなのよ」
「そういうものなの……? 私みたいなほとんど形だけの貴族にはよくわからないわね」
形だけと謙遜してはいるものの、プリシラだってれっきとしたお嬢様ではある。プリシラの家はとても小さいとはいえ地方を収めている男爵家なのだし。
「私なんてどこに食べに行こうか毎日悩んでいたくらいなのよ? 仕送りあんまり多くはないから、贅沢は出来ないし」
とは言っても毎日食べ歩くくらいは貰ってるってことなんだけどね。
「でもまぁ、あなたにご飯を作ってもらうようになってからは全然食べに行かなくなったからその仕送りも貯まる一方なんだけどね」
「プリシラっ……」
「今朝のご飯も美味しかったし、お昼のお弁当も楽しみだわっ」
プリシラはそう言いながら、左手に持った特大バスケットを見てゴクリと喉を鳴らした。あれ? ついさっきあんなに食べてたよね、プリシラ。
……もしかして、もうお腹すいたの? どんだけよ。
「あ、ほらあそこ、見えて来たわ」
そして私達は今回のデートの目的地である、服屋へと入っていった。目的は当然、水着だ。
「へぇぇ……最近はこんなのが流行ってるのねっ……」
マネキンに着せられた水着を見て、プリシラが興味深そうにしている。うんうん、そうそう。こういう上下が別れたやつをプリシラに着せたいのよねっ。だって絶対似合うもの。さて、どうやってこれを着るように誘導しようか……
「プリシラ、あんまりお店とか来ないの?」
「ええ、まぁさっきも言ったけど私食べることが一番だったから、他にあまり関心が無くって」
そうなんだ。確かにご飯食べてるときのプリシラってこの上ないほど幸せそうだけど。
「何でも好きなのをプレゼントするからねっ」
「え? そんな、悪いわよ」
「いいからいいから、ね? 今日は私がデートに誘ったんだから、誘われた方はどーんと奢られていいのよっ」
「でも……」
「ねっ? お願いっ、プリシラ。私が、どうしてもあなたに水着をプレゼントしたいのよ。ダメかしら?」
「そこまで言われたら……断るのも悪いわね」
プリシラはむぅと唇を尖らせた。可愛い。可愛すぎる。
「じゃあけってーい」
「その代わり、プレゼントしてくれるって言うんなら、あなたが選んでよ?」
「え!? いいの!?」
そんな、私が選んだのをプリシラに着せられるなんて……!?
「当然でしょ?」
「えっと……じゃあ、これなんてどうかしら? 可愛いわよっ」
「え、えええ!? こ、これ!?」
プリシラは私が指し示した水着を見て、ぎょっとしたような顔になった。
「こ、こんな露出が多い水着……恥ずかしくて人前で着れないわよっ!」
プリシラがうろたえるのも当然で、私は敢えて店の中で一番攻めている、布面積が他のよりぐっと少ないやつを選んだのだ。
貴族は基本的に慎み深いので私服の時もほとんど露出しないし、学園指定の水着も上下が一体になってそこから更に肘、膝まで伸びているようなぴっちりしたものだ。でも、ぶっちゃけダサいと最近の子には評判が悪いんだけど。
「こ、これ、ほとんど下着みたいなものじゃないっ」
「大丈夫よ、私の別宅で泳ぐんだから、私しかいないから」
「そ、そう言う問題じゃ……」
よしよし、上手くいってる。私がこの攻め攻めの水着をまず手に取ったのは計画のうちで、ソラリス曰く『プリシラにはしたない水着を着せたいとのことですが、まずは際どいデザインのものを見せましょう。そしてそこから下げていくことで『これならまぁ……』と思わせるのです!』とのことだった。
私もこの水着をプリシラが着てくれるとは思っていない。だってこれ、私だって着れないくらい攻めてるデザインだもの。
いや、攻めてるとは言ってもあくまでこの時代ではの話で、私が年を取っていた未来ではこれくらい当たり前になっていたんだけどね?
でもまぁプリシラも十分に動揺させたことだし、ここでもうちょっと大人しいデザインのやつを示してあげたら多分そっちを選んでくれるだろう――
「う~ん、じゃあこっちのやつに――」
「――で、でもっ」
「え?」
「……あ、あなたがこれがいいって言うんなら……これでもいいわよっ」
「……え?」
……は? 今なんて言ったの? これを? 着る、と? マジで?
「え、い、いいの……?」
「だって、あなたが選んだのを着るって言っちゃったし……」
いや、それはそうだけど、でもこれはあくまでも前振りだったんだけど!? なんか思わぬ方向に行っちゃったよ!?
「それに、まぁあのダサい学園指定の水着と比べたら、いかにこれが可愛いかわかるし……」
「まぁ、それは確かに」
あんなダサいのと比べたら、それはねぇ。
「ほ、ホントにこれでいいの?」
「いいって言ってるでしょ? それ、着るわよっ」
やったぁぁぁぁ!!! 私は心の中で喝采を上げた。こんな攻めた水着を着たプリシラが見られるなんて、私は多分世界一の幸せ者ねっ、じゃあ早速私の水着も買って、別宅に行かないと――
「――ただし、あなたも同じ物を着るのよ?」
「……えっ?」
「えっと……ああこれね、色違いの奴。これならサイズ的にもぴったりなんじゃないかしら?」
「え、あ、いや、その……」
「なぁに? まさか私にだけ、こんなのを着させようなんて思っていないわよね?」
そ、そんな!? 私の貧相な体でこんな水着を着てプリシラの前に立つの!? ウソでしょ!?
「あ、あの、私はこのワンピースタイプにしようと思ってたんだけど……」
私は震える声を出しながら、マネキンが着ている大人しいデザインの水着を指し示すと、その指をきゅっと掴まれた。
「ダメっ」
「そんなぁ……!!」
「ダメよ。私だけ恥ずかしい思いをするなんてフェアじゃないもの。あなたにも同じ思いをしてもらわないとねっ」
「で、でも私、胸全然ないからこんなの絶対似合わないし……」
「あら? そんなことないわよ?」
プリシラはそう言うと、すっと手を伸ばし――
「――ひゃんっ!?!?!?」
私の、胸に、そっと、手を、当てて来た……!! え、何、何なの!? 何が起こってるの!?
「確かに小さいけど、いい形じゃない。絶対似合うわよ」
「ぷ、プププププププ、プリシ――」
「じゃあはい、これ。お願いねっ」
あまりにも想定外すぎる出来事で頭の中が真っ白になっている私の手に、お揃いのデザインで色違い(ただし胸のサイズは全然違う)の水着が2着手渡され……私は呆然としながら、お会計を済ませたのだった。




