第68話 デートしましょ?
私は、放課後のまだ人がまばらに残る教室で1つ深呼吸をする。
ソラリスと初めてデートをして以降、それから毎週のようにソラリスとデートを重ねてようやっと自信がついてきたので、満を持してプリシラを今週末デートに誘おうと決心したというわけだ。
でも、いざデートに誘うとなると緊張する……私は椅子に座って頬杖を突いているプリシラにゆっくりと近寄って、なるべく自然に話しかける。
「ね、ねぇプリシ――」
「ちょっと、頼みがあるんだけど」
話しかけた途端、プリシラがこっちを向いて逆に話しかけてきた。
な、なに? ちょっと予定と違うんだけど? この後プリシラから予定を聞いて、そしてデートに誘う予定だったんだけど。
でもプリシラから頼み事されるなんてめったにないし、これかこれでいいかもしれない。だってデートはその後で誘えばいいんだし。
「時間、いいかしら」
「いいけど……?」
「じゃあ、ちょっとこっち来て」
プリシラは有無を言わさない感じで私の手を掴み……!! そしてざわつく教室の中、私を外に連れ出した。
「ちょ、プリシラ?」
「だって、こんな恥ずかしいこと人前で頼めないものっ……」
プリシラはこちらを振り返ることなくずんずんと歩いていく。は、恥ずかしいこと……!? それも人前では出来ないようなことを私に頼みたいって……!!
「ここならいいかしら……」
私が連れてこられたのはあまり使う人がいない屋上へと続く階段の踊り場で、確かにここなら人はほとんど来ないだろう。でも、こんな人気の無い場所に誘うなんて、もしかして……!! いや、でも頼み事って言ってたし、それはないだろうとは思いつつも胸を高鳴らせ、プリシラからの言葉をじっと待つ。
「……えっと……」
「プリシラ?」
でも、待てども待てどもプリシラはモジモジとしたまま言葉を濁している。これはいったい……
「どうしたの?」
「だから、頼みがあるって言ってるでしょ?」
プリシラはイライラしているような、恥ずかしがっているような何とも言えない感じで肩にかかった髪をいじっている。
「ええ、だからその頼みって何なの?」
「それは……」
黙っていられても分からないんだけど。だって私、人の心何て読めないし。読めたらとっくにプリシラの心を覗いているもの。まぁそこには私はまだいないんだろうけど。
「笑わない……?」
「笑わないわよ」
プリシラが私に頼ってきてくれているんだから、たとえそれがどんなことであっても笑うはずがない。
でも、それにしても何だろう? 勉強を教えて欲しいって言うんならこんなに恥ずかしがるのも変だし……
「ホントに?」
「ホントだってば。私がプリシラに嘘をつくわけないでしょ?」
「ま、まぁ確かに、最近のあなたとても優しいし……でも、やっぱり恥ずかしいのよねっ……」
そんな恥ずかしいことを頼もうとしてくれるなんて、私も随分頼られるようになったなぁ……と、思わずジーンとしてしまう。
「じゃ、じゃあ……言うわねっ」
そしてプリシラは大きく深呼吸して、じっと私の方を見据えた。
「その……こ、今度、水泳の授業があるじゃない?」
「え? ああ、そう言えば、そうだけど……」
夏休みは終わったもののまだまだ夏は続いているから、2学期には必ず水泳の授業がある。でも、それがどうしたと言うんだろうか。なんか予想外過ぎると言うか……
「それが、どうしたの?」
「だ、だから、その……ここまでで察してよっ」
そんな無茶な。でもプリシラは顔を真っ赤にしているし、どうしてもここから先はあまり言いたくないらしい。しょうがないからこれまでのことから推測することにしよう。
えっと確か去年の授業では泳げないプリシラを散々からかったのよね、昔の私って本当にバカ――
「あっ」
そ、そうか……
「泳ぎ方、教えて欲しいの?」
「………………そ、そうよっ、悪い?」
「悪いなんて事は無いわよ。ただその、意外で……」
去年あれだけ泳げないことをからかったと言うのに、その私にこうして頼んでくれるなんて……
「だ、だって……あなた、本当に変わったもの。それに、こんな恥ずかしいことを頼める相手なんていないし……」
「エルザさんは?」
「あの子は……あの子も運動はさっぱりだし……」
「そうなんだ……」
そっちも意外だ。てっきり運動できそうだったけど。
「その点あなたは運動万能でしょ? だから、あなたなら私の金づちもどうにかしてくれるかなって……もう私、水泳の授業のたびに浅いところでパチャパチャしているのイヤなのっ……」
「でも、泳げない子なら他にもいっぱいいるし、別に気にしなくても……」
文武両道がモットーの我が校ではあるけれど、そうは言ってもやっぱり運動のダメなお嬢様は大勢いる。だから水泳の時なんて3割は浅いところで遊んでるくらいなんだけど。
「じゃあ、教えてくれないの……?」
「そんなことあるわけないじゃない!」
そんな潤んだ瞳で言われたら、もう即答ですよ。教えるに決まってるじゃない。
あ、でもいいことを思いついた……せっかくなんだし、ここは1つ当初の計画も同時に実行してしまおう。
「じゃあ、今度の週末にでも泳ぎを教えてあげるわね?」
「ありがとっ! ……でも、週末? 私としては放課後の今からプールで教えてくれても……」
それじゃあつまらない。だって学園指定の水着って、こう、凄く大人しいデザインなんだもの。どうせプリシラに泳ぎを教えるという事で間近で見られるなら、もっと素敵な水着を着ててもらいたいし。
でも学園のプールを使うときは指定の水着を着る決まりになっている。ならどうするか。
「その、プリシラ、泳ぎを教えてあげても良いけど、その代わり私の頼みも聞いてくれない?」
「え? まぁ、いいけど……何?」
「――週末、デートしましょ?」
「え!?」
言えた!! やっと言えた!! これもソラリスとのデートである程度自信が付いていたからね! ありがとう、ソラリスっ!
「で、デートって……いや、それはいいけど――」
いいの!? わぁい!!
「でも、私は来週の授業のために泳ぎを教えて欲しいって――」
「だからね? 週末2人で水着を買いに行って、その後それを着て泳ぎの練習をしましょう、というわけよ」
「え、えええ……? いや、でも学園のプールは指定の水着以外着ちゃダメでしょ?」
「学園のプールなら、ね」
「えっ」
そう、学園のプールなら、そう言う決まりだけど――じゃあそこ以外なら何の問題も無いという事だ。それはすなわち――
「この街にも我が家の別邸があるから、そこで練習しましょうよ。そこなら大きいプールもあるわよ」
「はぁ!?」




