第67話 焼きもち
店を出た後の私達はそれから恋人つなぎのまま街を散策して、のんびりとデートを楽しんだ。こうして2人でデートするなんて初めてだったし、最初はなんかぎこちなかったけど、じきに慣れていった。
そして今私達は公園の芝生にシートを敷いて、遅めのお昼ご飯を食べるところだった。作ったのは勿論私で、バスケットの中にはパンで色々な具材を挟んだものがぎっしりと詰め込まれている。
しかし、それにしても……
「クリス様……この量は……」
「そ、そうね……ちょっと多かったかもしれないわ」
朝プリシラのためにご飯を作ってあげて、お昼もプリシラのためにこれと同じものを作ってあげていた。でも最近プリシラ基準で料理をしていたせいか、どうも量の加減が多めになってしまっていたようだ。
ソラリスもそこそこ食べる方とは言ってもプリシラには遠く及ばない、と言うかプリシラと比べたら、どんなに食べる女の子でも小食の分類に入るだろう。それくらいプリシラの食べる量は尋常じゃないのだ。
まぁ私はそのプリシラが美味しそうにいっぱい食べるとこを見るのが幸せなんだけど。
「……あの、クリス様、ちょっと気になったんですけど……今日のこと、プリシラは知っているんですか?」
「今日のことって?」
「その……私とクリス様がデートするってことです」
「知ってるわよ。今朝言ったから」
「えっ」
今朝ご飯を作ってあげて、このお昼ごはんと同じものを渡したときに「今日はソラリスとデートに行くからお昼はこれを食べてね」って言ってあった。
「あ、あの……プリシラは、何て言ってました……?」
「え? 『そう? 楽しんでくるといいわ』って言ってたわよ」
「へ、へぇぇ……そ、そうですか……」
何かソラリスが顔を引きつらせている。どうしたんだろうか。
「えっと……クリス様? こう言う事はあまり、その……プリシラに言うべきではないかと……」
「なんで?」
「だって、プリシラだっていい気がしないに決まってますよ。私とクリス様がデートするなんて、プリシラが焼きもちを焼くに決まってます」
「そうかなぁ……」
プリシラが私に焼きもちを焼いてくれるなんて、それこそあり得ないと思うけど。だってまだ私達はようやっとスタートラインに立てたくらいで、恋人同士でも全然ないんだから。
「だって私、この前別荘に行ったときプリシラから『これまでのことを水に流すわ』って言われたくらいなのよ? 焼きもちを焼いてくれるなんて到底思えないんだけど」
「え、そんなことを言われてたんですか!? 初耳なんですけど!!」
あれ? 言ってなかったっけ? そう言えばそんな気もする。
「まぁでもそういうわけだから、まだ私とプリシラはお友達未満ってところなのよ」
「でも……この前も言いましたけどクリス様が献身的に看病をしてあげてから、プリシラ結構変わりましたよ。その、距離が近くなったと言いますか……」
それは言われたけど……やっぱりそこまで変わったとも思えないんだけど。それとも外から見ていると違いが見えるものなんだろうか?
「あの……プリシラ、いつもどおりでした? デートのことを言ったとき」
「え? そう見えたけど……あ、でも『あーん』は最初の1口だけしかさせてもらえなかったわ」
最近ではご飯を食べるとき、半分くらいは私が食べさせてあげることもざらになってきているのに、今日は全然だった。
最初の一口を『あーん』した後すぐにプリシラは黙々と食べ始めてしまったし。
「ほらぁ……!! 焼きもち焼いてるじゃないですかぁ!!」
そうかなぁ……たまたま機嫌が悪かっただけじゃないかなぁ……
「まぁでも、良かったですね、クリス様っ。プリシラは確実にクリス様のことを意識してきてますよ。それを考えると……今日のデートのことを知らせたのもいい一手だったかもしれませんね」
そうかな……? そうだといいな……でも、それはそうと――
「――ダメよ、ソラリス」
「何がですか?」
「私、プリシラから言われたのよ。『デートの時に、他の女の子のことを話題に出しちゃいけない』ってね。で、ソラリスは私とデートをしてるんだから、他の子の話をするものじゃないわよ」
この辺はしっかりとプリシラから釘を刺されたからねっ。
でも私からそのことを言われたソラリスは、頭のリボンをいじりながら何とも言えない顔をしていた。何か、今まで見たことも無い表情だ。
「それを――プリシラから言われたんですか?」
「そうよ。デートの時、ソラリスのことを話したら怒られちゃったわ」
「それって………………」
ソラリスは、そこで1つ大きく息を吐いた。
「――それを言ったときのプリシラの気持ちが、今はっきりとわかりましたよ……」
「そう、なの?」
「ええ……私、今すっごく焼きもちを焼きました……クリス様、私が悪かったです。プリシラのことを話題に出したのは間違ってました……私とデートしている間は、私のことだけ考えて欲しいですっ」
「え、あ、そうよねっ、それがマナーだものねっ」
「そう言う事ですっ」
それからソラリスは私の手をぎゅっと握ると、残った方の手でパンをバスケットから取り出して、私の前に差し出した。
「はい、クリス様っ、あーんっ」
「あーんっ」
もぐもぐもぐ。
「はい、もう1つ、あーんっ」
「え? あ、あーんっっ」
もぐもぐ、もぐもぐ。
「さぁさぁもっとどうぞ、クリス様っ」
「え、あの、でもそんなにいっぱい私……」
「はい、あー―――んっ」
あの、ソラリス……?
「え、えっと……」
「あーん、ですよ、ほら、お口をお開け下さい?」
ソラリスはにっこりと笑っているけど、何かこう、凄みのようなものを感じるのは気のせいかしら……?
でもどうやら私に食べないと言う選択肢は無いようだ。
「あ、あー――んっ……」
それから私はお互いに……というか私が一方的に食べさせられて、何とか食べきった。そしてそれから本を見たり服を見たりと色々と街をめぐり……日も暮れかかったころに、仲良く手を繋いだまま学園の寮に戻って来た。
「楽しかったわねっ、ソラリスっ」
「はいっ、とても楽しかったですっ、宝物も増えましたしっ」
ソラリスは私から贈られたオルゴールが入った袋を大切そうに抱きしめている。
「それと……私、覚悟を決めましたっ」
「覚悟?」
「はい。自分の1番が何かって、今日はっきりとわかったので……それを成すために、決心がついたんです」
「それは、何?」
「内緒ですっ。でも、近いうちにご報告できると思います」
「そ、そう……」
それから何度尋ねても、ソラリスはその覚悟とやらを決して教えてはくれなかった。




