第66話 ソラリスとの初デート
「えへへ~お嬢様とこうしてデートできるなんて……幸せですっ」
私はソラリスと腕を組んで街中を歩いていた。性格には腕を組むと言うか、私の腕にソラリスが抱きついていると言った方が正しい形で、その幼い顔立ちに似合わない豊かすぎる膨らみがぎゅっっと押し付けられている。
ほんと、私とはえらい違いね。子供の頃は当然だけど私と同じくペッタンコだったのに、どうしてこうも差が付いちゃったのかしら……少し分けて欲しいわ。
それはそうと、その……そんなに押し付けられちゃうと、流石にドキドキするんだけど。だって私、女の子が好きなんだし。
でも……妹みたいに思っていたソラリスだけど、こんなにも女として成長していたんだなって、改めて実感させられる……って、何考えてるんだ私っ。
「あ……えっと、ソラリス?」
「どうしたんですか? お嬢様?」
背の低いソラリスから見上げられるような形になり、更にドキリとしてしまう。なんか私、合宿以降どうも変だ。
この子を女の子として意識しちゃってると言うか……いや、今までが近すぎたから意識していなかっただけ?
もし今の状態で一緒に寝るようにおねだりされたりしたら、私は前みたいに平静でいられるだろうか。
「その……当たってるんだけど……お胸」
「ああ、これですか? だってお嬢様、プリシラは私ほどじゃありませんけどしっかりとお胸があるんですよ?だったらプリシラがこうして抱きついてきたときの心構えとして、これは必要なことなんですよっ」
「そ、そういうものかしら?」
「そういうものなんですっ」
今のプリシラがこんな感じで腕を組んでくれるとは到底思えないけど……でもまぁ練習って言うんならそれもそうよね。それに、こんなふうに押し付けられて悪い気もしないし……羨ましくはあるけど。
「今日は私をプリシラだと思って、楽しんでくださいねっ」
「それは……」
確かにそう言う事でデートするって事にはなっていたけど、やっぱりそれはソラリスに悪いんじゃないだろうか。だってせっかくのデートなんだし。
「ねぇソラリス」
「何ですか? お嬢様」
「今日、私はプリシラとじゃなくて、あなたとデートするつもりなのよ」
「で、ですが、これはあくまでも練習で……そう言う事で……」
ソラリスはそう言うけれど、やっぱりそれは間違っていると思う。
「いいから、今日は私とソラリスでデートをする、そうしましょ」
「お嬢様っ……」
「そういう訳で今日は『お嬢様』も禁止よ」
「で、ですが……私はお嬢様のメイドで……」
「いいから、私がいいって言ってるからいいのよ。そういう訳で、今日は私のことをクリスって名前で読んで頂戴」
「え、えええ!?」
「それか、昔みたいに『クリスお姉ちゃん』でもいいわよ」
「そ、それは……!!」
幼いころ、私とソラリスがまだお嬢様とメイドなんて関係がよくわからなくてただの友達だった頃、私達はそれこそ本当の姉妹みたいに一緒に過ごしてきた。
朝起きてから寝るときまでずっと一緒、お風呂もご飯を食べるときも必ず一緒で、ソラリスは少しだけ生まれの早かった私の後を「クリスお姉ちゃん」って呼びながら着いてきてくれたっけ。
――そう言えば子供の頃は毎日のように遊びでキスをしていたし、結婚式の真似事までしていたのを思い出す。子供の頃のソラリスはよく「私、クリスお姉ちゃんと結婚するのっ」って言っていたなぁ……いつからか言ってくれなくなったけど。
「で? どうする? クリスか、クリスお姉ちゃんかの2択よ?」
「え、ええと……その2択しかありませんか?」
「無いわね」
きっぱりと告げた。
「で、では……クリス様で……」
しばらく悩んでいる感じだったけどようやっと結論が出たのか、絞り出すようにソラリスが答えた。
「お姉ちゃんじゃないんだ?」
「だ、だって、せっかくのデートなんですし、どうせなら……ってことで」
確かにお姉ちゃん、だとデートって感じがあまりしないかもしれない。
「そう? だったら呼び捨てでもいいのよ?」
「それは流石に無理です!! ご勘弁を……!!」
首をブンブンと振って力いっぱい拒否してきた。そんなにダメかぁ。
「せっかくのデートなんだし別にいいんだけど……そこまで言うんじゃ仕方ないわね」
無理強いするのも悪いし、この辺で折れておこう。
「それで、ソラリスはどこか行きたいとこはあるの?」
「それはおじょ――」
「オホン! オホン!」
「――クリス様の行きたいところでいいですよっ。だってこれはデートの経験を積むって目的もあるんですから。クリス様がエスコートしてください」
「それじゃあ……最近新しいお店が出来たらしいから、行ってみましょうか」
そして私達がやってきたのは、最近評判の可愛い小物を扱っている店だった。評判になっているだけあって、店内には男女のカップル、女の子友達、そして……女の子同士のカップルと思われる人達でごった返している。
カップルだと思ったのは、その手がいわゆる『恋人つなぎ』をしていたからだ。最近では街中でも普通に女の子同士で仲睦まじくしているのを見るようになったなぁ、実にいいことだ……と思っていると――それまでぎゅっと腕に抱きついていたソラリスがふっと私の腕から離れた。
「ソラリス、どうしたの?」
「次は、こっちがいいなと思いましてっ」
ソラリスはそう言うと、その女の子カップルがしているのと同じように、手に指を絡めてぎゅっと握ってきた。
「ダメ、ですか?」
「ダメなんて、そんなことあるわけないでしょ?」
「クリス様っ……」
私がもう片方の手で頭を撫でてあげると、ソラリスは嬉しそうに目を細めた。
うん、でもこれはこれでいいものねっ。何かこう、絡まった指からソラリスの体温がより感じられると言うか、何でカップルがこういう手のつなぎ方をするのかよくわかった。
「さて、それじゃあ色々見て回りましょうか?」
この店はこじんまりとしていながらも棚には目を引く可愛い物があふれていて、思わず手に取って見たくなってしまう。
「何か欲しいものがあったら言ってね? 何でもプレゼントしてあげるから」
「いいんですか?」
「勿論っ。だって私とソラリスの初デート記念だし。今までお出かけはいっぱいしたけど、デートって形は初めてでしょ?」
「おじょ――クリス様っ……」
私の手を握るソラリスの手にギュッと力が込められる。
そして私達が店内を見て回っていたとき、ふっとソラリスの足が止まった。
「これ――」
「あら? オルゴールね」
誰かが回して開いていた小さなオルゴールからは、どこか懐かしい曲が奏でられていた。
「この曲……昔よく一緒に聞きましたね」
「そう言われると……」
幼いころ、よく乳母がピアノで引いて聞かせてくれた曲が、これだ。確か私達が結婚式の真似事をした時にもこの曲が聞こえていたはず。
「懐かしいですっ……」
ソラリスはその小さなオルゴールを手に取ると何とも言えない、泣いているような、笑っているような、そんな横顔を私に見せた。
「それにする?」
2人の共通の思い出の曲でもあるわけだし、これが1番いい気がした。
「よろしいんですか?」
「ええっ、勿論よ」
「ありがとうございますっ、クリス様っ」
そして店から出て――私からプレゼントされたそれを「一生大切にします」と、ぎゅっと胸に抱きしめていた姿が、強く印象に残った。




