第64話 【プリシラ】あれだけ嫌っていたはずなのに
プリシラ視点でのお話です。
「ありがとね」
クリスに背中を拭いてもらって、服を着なおした私はクリスに向き直ってお礼を言った。
「こ、こちらこそっ……!」
「こちらこそ?」
「何でもないわっ!」
「そう……?」
相変わらず変な子だ。まぁ変と言えばあれだけ私に意地悪していたクリスがこんなにも私に優しくしてくれるようになったことの方が変なんだけど。
意地悪してきたことの罪滅ぼし……にしては勉強を教えてくれたり、ご飯を作ってくれたり、こうして看病にまで来てくれるなんて優しすぎるし……
なんかこう、まるで私のことが好き……みたいな。
いや、そんなまさかね。
確かに私はクリスに初めて会った時一目惚れをしたけど、クリスが私のことを好きなわけがない。それにそもそも私がクリスに恋をしたのは昔の話で、今では別に、その………………ただのお友達……くらいだし。
うん、そう、友達と言っていいと思う。だって風邪がうつるかもしれないのにこうして看病にまで来てくれる子を友達と思わなかったらバチが当たると言うものだ。
こんなにも優しくされたら、採点も甘くなるってものよね、うん。
……でも、少し気になっているのがこの子と一緒に寝たときに見た夢で……この子から愛の告白をされていたのよね、私……
『愛してるわ……プリシラっ……ホントに愛してるのっ……ずっとずっと、あなたのことが、私っ……』
……確かこんな感じのことを言われた、そんな感じの夢、だった。いや、夢よね、絶対。最初は寝ぼけていて実際に聞いたのかとも思ったけど、どう考えてもそんなことクリスが言うわけがないし。
それでそれを聞いたときの私は……自分でも驚いたけどイヤな気持ちは全然しなくて……むしろ少しだけ嬉しかった。……あり得ないんだけど、確かに私は嬉しいって思ってしまった。
本当にあり得ないと思う。だってあんなにも嫌っていた子から愛の告白をされる夢を見て、それをちょっとでも嬉しく思うなんて……!!
……まぁ、今では全然嫌いじゃないんだけど。
そもそも私はクリスに一目惚れしているくらいで、とにかくこの子は顔がいいのだ。それに私とは全然違うサラサラの美しい金髪と、深い蒼い色の瞳、それにほっそりとした体は非の打ち所がないほど私の好みだし、それ以上に最近は凄く優しくしてくれてるし、思わずまた好きになっても――
「プリシラ? どうしたの?」
気が付いたら、クリスが不思議そうな顔をしてこちらを覗き込んでいた。
「え、あ……な、何でもないわよっ」
いけない、私、何を考えていたの? ちょっと見とれていたわ。これも多分頭が熱でぼ~っとしているせいね。でないとこんなことを考えるはずがないし。
「そう? 熱、上がってるんじゃない?」
クリスが私の額に手を当てて来た。ひんやりとした手がとても気持ちいい。
「だ、大丈夫だってばっ……!!」
「ならいいけど……辛かったらそろそろ寝た方がいいわよ」
別に辛くはない。確かに体はだるいし頭は回っていないけど、たっぷりご飯も食べたし、思い出したくはないけど……薬も飲んだし。
それにしても酷い味の薬だった……でも悔しいことにあの薬を飲んでからだいぶ具合がいいのよね……
「あの薬のおかげかしら……だいぶ楽になったわ」
「でしょ? 我が家秘伝の一品なんだから、効果は抜群よ……うん、効果はね」
効果以外は壊滅的だったけどね!! 市販しても絶対売れないわよあれ。
「……ちなみに、材料は何なの?」
どこをどうしたらあんなに酷いものが出来上がるのか、後学のために聞いておきたい。いや、聞きたくない気も同じくらいするんだけど。
「うう~ん」
「あ、秘伝だから教えられないとか?」
「プリシラになら教えても良いけど……多分知らないほうがいいんじゃないかしら、精神衛生的に」
何それ。何飲まされたの私?
「ちなみに私はその製法を聞かされた後、2度と飲みたくないから風邪をひかないために体を鍛えたわ」
そんなに!?
「まぁそれはともかく」
「ともかくじゃないわよ!? 大事なことよ!?」
それからしばらく食い下がったけど、笑ってごまかされてしまった。笑顔が可愛いってのは反則だと思う。
「ほらほら、やっぱり寝ないとダメよ。寝ないとよくならないわ」
そうは言うけれど、やっぱり風邪をひいたときは気が弱くなってしまう。だから、その……
「……手」
「手? 手がどうしたの?」
「……手、握ってて。私が寝るまででいいから……」
初めてクリスと手を握った時は、初めてデートをした時だった。あの時はお礼という事でほとんど義務みたいに手を握ったけれど、その時のこの子の嬉しそうな顔ときたら、こっちが驚いてしまうほどだった。
それからというものクリスとのスキンシップは増えていって、よく『あーん』もして貰ったし、別荘に遊びに行ったときはボートの上では抱っこされて、デートの間は一日中手をつないで、それにその夜はこの子を抱きしめて一緒に寝たりもした。
そして今、私はこの子に手を握って欲しいと思ってしまっている。
……要するに、私はこの子に触れていると、心が安らぐのだ。……信じられないことに。
あれだけ嫌っていたはずなのに、それなのに。
「プリシラっ……」
「お願いっ……」
「いいわ。寝るまで――ううん、起きるまでずっと一緒にいてあげるわ」
「それは悪いわよ……」
「いいのよ、私が好きでやってるんだから。それに――」
そこでクリスは、にっこりとほほ笑んだ。その笑顔は聖母のように慈悲深く――
「――起きたら、またお薬飲んでもらわないといけないし」
「えっ」
ちょっと何を言ってるか分からないんだけど。
「何その顔。当然でしょ? 朝昼晩と、ちゃんと3回飲んでもらうからね?」
……アレを? また飲めと……? 冗談でしょ?
「え、いや、その……も、もう治ったわ……!!」
「そんなわけないでしょ? さっき手を当てたときも熱かったもの」
「で、でも、そんな……」
「ほらほら、手を握っててあげるから、まずは寝なさい」
「あ、ああぁぁ……」
そして私はその日中、そして次の日もクリスから看病してもらい――あの地獄のような薬を計6回も飲まされた。
結果としてあの薬は凄く効いたし、看病してもらった事には本当に感謝してるけれど、それにしてもあの薬……!!
また風邪を引いたらアレを飲まされてしまうと思った私はその日以降、少しは体を鍛えようと心に決めた。




