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第63話 思わず噛んでしまった

「せ……なか……?」


 ちょっと待って、落ち着いて、深呼吸、深呼吸……今、何を言われたの? ……背中が、どうしたって?

 ええっと、確か……背中を拭いて欲しいとかなんとか言ってたような? それは、えっと、つまり? 裸のプリシラの背中を見てもいいってこと……? そしてあまつさえ手を触れて、体を拭いてもいいってこと?


 ……いやいやいや! まさかそんな、そんなことあるわけがない。そんな私にとって夢みたいなことが起こるわけないでしょ。うん、これはプリシラの冗談だ。冗談に決まっている。


「プリシラ……冗談よね?」


 ここでまんまと「拭く拭くー!!」なんて振り返ったら、「引っかかったわね! このえっち!」とか言われるに決まってるのだ。そんな手には引っかからない――


「もしかして、気に触っちゃった……?」

「え」


 何、そのリアクション。


「でも、それもそうよね、だってあなたほどの人に『背中を拭いて』だなんて……」


 え? え? えええ? ちょ、何言ってるの?


「ごめんなさい、あなたがとても優しくしてくれたから、つい好意に甘えすぎちゃってたわ――」

「ちょ、ちょっと!?」


 私は振り返りたい気持ちをグッと堪えて、プリシラの言葉に割り込む。


「えっと、その……背中拭いてって、本気で言ってたの? 冗談じゃなくて?」

「だから、ごめんなさいって言ってるでしょ? 甘えすぎたって――」

「いやいやいや!? 私は、プリシラがいいって言うのなら、いくらでも拭くわよ!?」

「えっ?」


 だって、プリシラの背中よ!? そんなのいくらでも触りたいに決まってるもの!! でもあまりにも突拍子も無さすぎててっきり冗談だと思ったんだけど……ほ、本当にいいの!?


「私で良ければ、プリシラの背中、拭かせて……欲しいわ」

「……いいの?」


 それはこちらの台詞ですが?


「いいに決まってるでしょ!? 私はあなたの看病に来たんだから、いくらでも甘えていいのよ」


 プリシラから甘えられるなんて、私にとっては何よりの幸せなんだから。というか幸せ過ぎて死にそう。


「そう……なの?」

「そうよっ」

「そ、それじゃあ……」


 プリシラは恥じらうように呟いた後、何やらもぞりと体勢を変えた気配が背後から伝わって来た。


「……その、お願いしても、いいかしら? 背中、拭いてもらえる?」


 喜んで!! 好きな子の背中を拭けるなんて、最高以外の何物でもないわ!!

 とは言えあまりがっついても引かれちゃうから、ここはあくまで淑女として振舞わないとねっ。それにしても苦節数十年……遂にこんな日が来るなんて……涙で前が見えないわ。


「わかったわ。私に任せて」


 私は努めて普通に言ったつもりだけど、声が震えなかったか自信が無い。だってそれくらいドキドキしてたから。


「それじゃあ……い、いいわよ……振り向いても」

「……ごくっ」


 私はゴクリと唾を飲み込んで、ゆっくりと振り返ると――


「ふわぁぁぁっ…………」


 天使がいた。


 そうとしか表現できないほどに心震える光景だった。


 下着をはいただけのプリシラが、わたしに背を向けている。そのなだらかな肩とそこから延びるしなやかな腕、そしてプリシラのふわふわの金髪が陶磁器のように滑らかな素肌をした背中にゆったりと広がっている。

 そしてその背中から視線を下ろせば、あれだけ食べているのにもかかわらずきゅっと締まったくびれが見え、可愛らしいお尻がすとんとシーツに埋もれていた。


 もう、何て言うかやっぱり天使だった。


「ちょ、ちょっと、なんて声出すのよっ……」

「ごめんなさい……あんまりに綺麗で……」

「や、やだもうっ……ばかっ……」


 思わず思った通りの言葉が口から出てしまった。

 プリシラの裸を見るのは実は2回目だけど、その最初の1回は山小屋で押し倒されるような形になった時だったからあまりに刺激が強すぎたのか、その……うん、よく思い出せない。なんてことだ。


 でもこうしてまじまじと背中を見てみると……もう非の打ち所がないほどに美しい。生きててよかった……


「ね、ねぇ……その、あんまり見られてると……その……恥ずかしいんだけど……」


 はっ! いけない、いけない。完全に見とれてた。でも私の目の前に広がっているのは今までの人生の中で最も美しい光景なんだからそれも仕方ないよねっ。


「じゃ、じゃあ……拭くわよっ」


 私がベッドに膝を乗せると、ベッドはギシリときしんだ音を立てた。

 それにしてもこうも早くプリシラとまたベッドで2人っきりになるなんて思いもしなかったから、未だに心の準備ができていない。しかも今のプリシラの格好ときたら……!!


「お願いするわ……」


 プリシラから手ぬぐいを差し出され、私は震える手でそれを受け取り……再度深呼吸をした。

 今からプリシラの肌に触る。これまでも手を握ってもらったことはあったし、抱きつかれたこともあったし、今日はおでこまで触らせてもらったけど、それがまさか一足飛びで背中に触れることになろうとは……


 私とプリシラ、2人だけの部屋で、私は、プリシラの肌に手ぬぐいを当てた……!!


「………………!!!!!!」


 なんて柔らかいの……!!


 手ぬぐい越しでも伝わってくるほどの柔らかい感触に私の胸は早鐘を打つかの如く高鳴った。

 私は今、プリシラの肌に触れているのだと思うと、もう今死んでも悔いは無いというくらいの心境だった。

 そしてぐっと手を滑らせ、プリシラの玉のような肌に浮く汗を拭きとっていく。


「んっ……」

「プリシラ?」

「ちょっと、気持ちよかっただけ、気にしないで。実は結構汗で気持ち悪かったのよね」


 気にするわよぉ!? 気にしないって無理でしょぉ!?

 わたしはなんとか気合を振り絞って平常心を保っていたけれど、いつ限界が来てもおかしくない。それくらい私はドキドキしていた。

 多分今までの長い人生の中で1番ドキドキしていると断言できる。プリシラと再会できてから1番を更新しっぱなしようのような気がしないでもないけど。


「あ、プリシラ、その……髪……」

「ああ、そうね、邪魔よね」


 邪魔って事は無いけど、私が触るわけにもいかないし……ってちょ!?


「――これでいいかしら?」

「~~~~~~!!!!!!!」


 私は声を上げそうになるのを必死で堪えた。だってプリシラってば髪を腕でまとめて前に持っていったから、今まで髪で隠されていた肩甲骨とかうなじとかが全部あらわになったんだもの……!!

 ああもうダメっ……!! 眩しすぎるっ……!!


「どうかした?」

「な、なんでもらいわよっ……!!」


 思わず噛んでしまった。それくらい不意打ちだった。もうこんなの反則よ……!! ジャッジを要求するわっ!!


 それから私は絶対にこのことを日記に余さず書き残しておこう、そして目の前の美しい光景を脳裏に焼き付けておこうと決意しながらプリシラの背中を拭いたのだった。

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