第58話 【ソラリス】か、考えさせてください……
ソラリス視点でのお話です。
「形だけとは言え私の義妹になれば、第3婦人ならギリギリ許されると思うわ。まぁこのへんはクリス様のご両親と話を詰めないといけないけど、ウィンブリア公は人格者で知られてるしそう悪いことにはならないんじゃないかしら?」
「確かに……旦那様も奥様も素晴らしいお方ですけど……でも……」
話があまりに大きくなりすぎてるし、こんなめちゃくちゃな手では無くて、もっといい手があるんじゃ――
「言っておくけど、これ以外の方法でソラリスちゃんが貴族になる方法はまず無いと思うわよ?」
「ありませんか……?」
「まぁ、騎士を目指すって言うんなら可能性はゼロじゃないけど、どうやって騎士に取り立てて貰えるほどの功績を立てるつもりなのかしら?」
「うぐっ……」
勿論騎士になることでお嬢様と結婚できると言うのなら、いくらでも努力したいところだけれど……それでは当然お嬢様のお側にはいられなくなる。
メイドをしながら騎士に叙せられるほどの功績を立てるなんて事実上不可能で、お嬢様と離れて生きることは私にとって死に等しい。そもそも1日だってお嬢様と離れたくないんだから。
となるとエルザ様が言う通り、私が天と地以上の身分差があるお嬢様と結婚するには、この方法しかないと言う結論になってしまう。いや、お嬢様と結婚できる可能性が見つかっただけでも僥倖なんだけど。
本当にエルザ様に相談してみて良かった。まさかお嬢様にお聞きするわけにもいかないし……
でもここで1つ気になるのが、この提案は私にとって得しか無いという事だ。私とエルザ様は会ってそんなに間もないし、こんなにも助けて貰う理由がそもそも何もないと思うんだけど……
「あ、あの……でも、なんで私に……」
「ここまでしてくれるかって?」
「そう……です……」
「まぁまず第一に、私とクリス様が結婚できるように協力して欲しいってのもあるわ。だってクリス様、プリシラに夢中で他の子なんて目もくれないんだもの」
それは確かにその通りだけど。実際私も全然相手にして貰ってない……いや、確かに友人としては大切にして貰ってはいるけど、女の子としては全然見てくれてないし……。
……でも、今日のお嬢様ちょっと変だったけど……いや、まさかね。
「あとは、プリシラばっかり肩入れするのも不公平だからね。私は恋する女の子の味方なのよ」
エルザ様はそう言うと、ぱちりとウインクをして見せた。可愛い……のだけれど、どうにも反応に困る。だって私はお嬢様以外の女の子にはまるで興味が無いのだから。
「それと、いろいろ言っておいてなんだけど――この提案はタダじゃあないわよ?」
「あ……それは、そう、ですよね……」
むしろタダでここまでしてくれるんだとしたら、それはそれで申し訳なさすぎる……と言うかあり得ない。それ相応の対価を支払うことになるのは当然だった。
問題はその対価だ。私のような平民を伯爵家の養子にするという途方もないことの対価……考えただけでも恐ろしい。例えば金銭だとしたら私が一生働いても絶対に支払えないような金額だろうけど、私なんかにそれを要求するとも思えない。となると……
「あなたを我が家の養子にするからには、ある条件を飲んでもらわないといけないわ」
「条件……ですか……」
条件と言われても、私に差し出せるものなんてたかが知れている。1番大事なものはお嬢様にお捧げすると決めているけど、それでもそれ以外なら……たとえ悪魔に魂を売ってでも私は、妾では無くお嬢様と正式に結ばれたい。だってこれは平民の私にとって千載一遇のチャンスなのだから――
「……とりあえず、その条件と言うのをお聞かせください……」
「ふふっ、それはね~」
エルザ様はニコニコと楽しそうに笑っている。その笑顔が、恐ろしい。果たしてどれほどの要求をされるのか――
「ソラリスちゃんに――」
「はい……」
私はゴクリと息を呑んで、エルザ様の言葉を待つ。そして、エルザ様が満面の笑みを浮かべつつ、その口から出てきた言葉は、
「――メイドとして、私の『お姉さま』になって欲しいのよ」
「……は?」
私の理解を超えていた。
「えっと……」
「どうしたの?」
「その……私の聞き間違いですか? 今、私に『お姉さま』になって欲しいって……」
「そう言ったわよ?」
「……………………正気ですか?」
思わず、失礼なツッコミを入れてしまった。だって、それくらいのことをエルザ様は言ったのだから。
「私はいたって正気よ? ソラリスちゃんには『お姉さま』として、私のことを指導してもらいたいのよ」
「で、でも、それって――」
「うん」
「――私のものになるって言ってるも同じなんですよ!? 分かってるんですか!?」
「当然よ」
「……なっ!?」
私達メイドの世界には、『姉妹』と呼ばれる古い制度が存在する。
それは、『姉』と『妹』と呼ばれる契約を結ぶことによって、姉が持てる技術の全てを妹に教え込むことでメイドとして育て上げる、一種の徒弟制度のようなもので、妹は姉のことを『お姉さま』と呼ぶしきたりになっている。
そして……妹はメイドとしての全てを教えてもらう代わりに、姉に絶対に逆らえなくなる。それこそ体を差し出すように要求されても、妹に逆らう権利は無い。しかもこの契約を解除する権利は姉にしかないという、極めて姉に有利なようにできている。
それ故に、この契約は心の底から愛し合うメイド同士で結ぶのが普通であり、『メイドの愛の契り』とも呼ばれていた。
最近ではこの姉妹契約よりも、女の子同士での結婚を選ぶ方が圧倒的に増えてきたせいかこの契約を結ぶメイドも減ってきているということだけど……まさかそんなことをエルザ様が言ってくるなんて思いもしなかった。
「私が妹になるよう要求されるならまだしも……まさか姉なんて……」
「あら? メイドとしてはソラリスちゃんの方が遥かに上でしょ? 私が姉になるなんて考えられないわ」
エルザ様は真顔で、こともなげにそう言った。
「そもそも、なんで私なんですか……?」
「前々から目は付けていたのよね。だって子供の頃から公爵令嬢の専属メイドに抜擢されている精鋭の中の精鋭なんだもの、メイドマニアとして気になるのは当然でしょ?」
「は、はぁ……」
そういうものだろうか? 確かに私はメイドとしては誰にも負けないって自負あるけれど……
「そして昨日のソラリスちゃんの仕事っぷりをこの目で見て、私は確信したのよ」
「な、何をですか……?」
「――ソラリスちゃんこそ私の『お姉さま』にふさわしいってね」
「えぇぇ……」
「私はソラリスちゃんの妹になって、メイドとしてさらに高みに登りたいのよ」
いやいや、メイドマニアにしても筋金入り過ぎるでしょ、もはやメイド狂と言ってもいいくらいよ、この人。
いくらメイドとして己を高めたいからとはいえ、今時この契約を結ぼうとまでするなんて……上級貴族って怖い。
「それで、どうかしら……?」
エルザ様はゆっくりと近づいてきて、私の手を取りながらじっと私のことを見つめてきた……!!
「ど、どうと言われても……」
あまりに予想外な『対価』に、私の頭は混乱しっぱなしだ。
「ソラリスちゃんが私の『お姉さま』になってくれて、クリス様との仲を取り持ってくれるなら……私はグリーンヒル伯爵家の家名に誓ってあなたを我が家の養子に迎えるよう力を尽くすわよ?」
「……!!」
貴族が家名に誓うと言う事は物凄い重みを持ち、それこそ命より重いと言っても過言ではない。それでエルザ様が冗談ではなく本気だという事を確信した私は、
「え、えっと……その……」
「うん」
「か、考えさせてください……」
そう返すだけで精一杯だった。




