第58話 【ソラリス】なんてめちゃくちゃな手段を考え付くんだこの人は
ソラリス視点でのお話です。
「お嬢様のメイドになりたいって……どういうことですか?」
「言葉通りの意味だけど? 分からない?」
分からないから聞いているんですけど!?
「えっとね、私ってほら、メイドじゃない?」
「メイドじゃありませんけどね」
「もう、そこは合わせてよっ。心はメイドなのっ」
そう言われても、エルザ様は由緒正しき伯爵令嬢であってメイドではない。本人がどう言い張ろうともそこは揺るがない事実だった。
「でもね、そんなメイドの私には足りないものがあるのよ」
「はぁ……何ですか?」
私が持ってないものを全部持ってると言うのに、何を言ってるのだろうか、この人は。
「それはね……真のメイドはお仕えするお嬢様がいるものでしょ?」
「お嬢様とは限りませんけど……まぁ、そうですね」
真のメイドと言われても何が何やらなんだけど……でもまた話の腰を折るのもアレだし、とりあえず頷いておこう。
「でも、だからと言って私が爵位を捨てて誰かに仕えることは許されないのよ。貴族社会的にね」
それはそうだ。そんなことをしたら大変なことになる。
しかしそれにしても何と言うか……贅沢な悩み過ぎなんじゃないだろうか? 私がお嬢様と釣り合うために、どれだけその爵位が欲しいと思っているんだろう。
「……まぁ、そこまではわかりましたけど……それがどうしてお嬢様にお仕えしたいってことになるんですか……?」
「それはね……?」
そこでエルザ様は勿体付けるように、たっぷりと間を取った。
「……クリス様こそ、私が長年追い求めた理想のお嬢様そのものだからよっ!」
「……はい?」
「それまでも素晴らしいお嬢様だと思っていたけれど、実際にお会いして確信したわ――この人こそ私がお仕えするにふさわしいお方だと……!」
確かにお嬢様は素晴らしいお方で、そのことに異論を挟む余地はない……いや、でも待って!? 何かおかしいというか、何もかもがおかしいんだけど!?
「でね、貴族である私がメイドとしてクリス様にお仕えするには、どうするか――」
困惑しっぱなしの私をよそに、エルザ様はうっとりとした感じで話し続ける。
「それはすなわち――クリス様と結婚して、形式的には妻、でもその実態はメイド、ってことにすればいいのよ!!」
……言ってる意味が分からない。この人アホなの?
「とまぁそういうわけで」
何がそういうわけなんですかねぇ。
「私はクリス様と結婚したいと思ってるのよ。家とか関係無い……とまでは言わないけど、極めて私的な理由でね」
「……えっと……」
頭の整理が追い付かない。まさかこんなことを考えていたなんて。やっぱりこの人も変人揃いだと言う上級貴族の例にもれず変人だった……いや、お嬢様は例外だけど。
「それで、プリシラが第1、私が第2、そしてソラリスちゃんが第3婦人としてクリス様の妻の座に収まれば万事解決だと思わない?」
「そ、そう言う問題でしょうか……?」
それに、爵位の問題を考えるとプリシラが第2婦人になってしまうような……いや、大事なのはそこじゃない。
「そう言う問題よ。プリシラとソラリスちゃんは妻としてクリス様に愛されることができて、私はメイドとしてクリス様にお仕えすることが出来るんだから、全て丸く収まるじゃない」
「で、ですが、先ほども言いましたがいくら第3婦人とは言え、ただの平民の私が公爵家当主となられるお嬢様のお嫁さんになれるとは……」
「まぁ、平民のままじゃ無理でしょうね、いくらなんでも」
「じゃ、じゃあ……」
やっぱり無理な話なんじゃあないか。私が貴族になる方法なんて無いんだから――
「――それなら、ソラリスちゃんが貴族になればいいじゃない」
……??????
「……ちょっと何言ってるか分からないんですけど……」
エルザ様、この暑さで頭をどうにかしちゃったんだろうか?
「私が貴族にって……騎士にでもなれと言うんですか?」
平民でも大きな功績を成せば、騎士という一代限りの爵位を与えられて貴族として扱われる。でもその大きな功績というのが問題で、戦で武勲を立てる以外にそれを成すまでには大抵何十年もかかる。そしてここ100年以上戦は無いし、たとえあってもそもそも私は女なので戦には出られない。なので、
「それだとソラリスちゃん、どんなに上手くいってもおばあちゃんになっちゃうわね」
「それじゃあ意味が――」
「――だからね、ソラリスちゃんを私の義妹にすればいいのよ」
「………………はい??」
今日で1番、わけのわからない言葉が飛び出してきた。私が……なんだって?
「あの、よく意味が……」
「グリーンヒル伯爵家があなたを養子に迎えればいいのよ。それであなたは貴族になれるわ」
「そんな無茶な……!!」
名門中の名門たるグリーンヒル伯爵家が、私のような平民を養子にだなんて、無茶どころか笑い話にもなりはしない。それこそ夢物語というものだ。
「あら? 失礼だけど平民のあなたが次期公爵家当主のお嫁さんになりたいってことの方が、よっぽど無茶だと思うけど?」
「それは……!!」
確かにそうだけど、無理なものは無理と言う点ではそれは五十歩百歩というもので……
「何も相続権を与えるわけじゃないし、あくまで形だけの養子よ。それにすぐお嫁に出すわけだからね、いわば箔付けみたいなものよ。それくらいなら次期当主の私がごり押しすればねじ込めるわ」
「そんな馬鹿な……」
そんな簡単に、私が貴族になれるはずが……
「勿論、建前は必要よ? そうね……『クリス様と私の仲を取り持ってくれたからそのお礼に』ってことにでもすればいいんじゃないかしら?」
「えええ……? そ、それでも私なんかを養子にするなんて、エルザ様の親戚の方々から反対されるに決まってますよ」
でもエルザ様は懐疑的な私とは対照的に、不敵な笑みを浮かべている。
「それがそうでもないのよ。実際にウィンブリア公爵家との婚姻が成立したら我が家に与える利益は計り知れないわ。その利益を親族たちの目の前に叩きつけてやったら、ソラリスちゃんを相続権の無い形だけの養子にして即、嫁に出すくらい、文句も出ないはずよ」
「な、な、な……」
なんてめちゃくちゃな手段を考え付くんだこの人は。でも確かに、それなら私を見せかけの貴族にすることは出来る。そんな手段考えもしなかった……




