第57話 【ソラリス】メイドとして
ソラリス視点でのお話です。
「相談ね。さてさて、何かしら? とは言ってもだいたい想像は付くけど」
「その……私なんかにはとても大それたことで、口にするのさえ恐れ多いことなんですけど……」
「もう、敬語は止めてって言ってるでしょ?」
「あ、でも、やっぱり話しにくくて……」
「ううん……じゃあまぁ仕方ないか。後々に慣れていけばいいから、今は敬語でいいわ」
ほっ、助かった……正直かなりきつかったし。
「で? ほら、言ってごらんなさいな」
私は笑顔のエルザ様に促されて、大きく深呼吸をする。このことを他人に言うのは勿論初めてで、理由は当然私のような平民が願うにはあまりに途方もない願いだからだ。
知り合ってからそれほどたっていないエルザ様にこんなことを相談するのもどうかとは思ったけれど、それでもエルザ様は極端なメイドマニアだってことを除けばとても常識的で気のいい貴族だった。
この人なら、私の愚かな相談にも答えてくれるかもしれない。
「……お嬢様の……」
「うんうん」
「……………………お……お嫁さん、になる方法は……ない、でしょうか……私みたいな平民でも……」
言ってしまった。他の誰にも言ったことがないのに。ずっとずっと胸の内に秘めてきた願いなのに。
子供の頃は純粋に、大きくなったらお嬢様と結婚したいと思っていた。それが、大きくなって現実を知ってしまい愕然とした。私ではお嬢様のお嫁さんにはなれないと知った時の絶望感は、今でも覚えている。
「なるほど……」
私からの告白を受けて、エルザ様が考え込むようにオールから手を離して、顎に手をやった。
「クリス様と結婚……結婚ねぇ……」
「私みたいな平民が、身の程をわきまえてないってのはわかっています……だって相手は公爵令嬢たるお嬢様なんですから……それでも、私……」
「えっと……これはちょっと失礼な質問だけど……妾じゃダメなの?」
「それは……」
妾は、公式の愛人のようなもので、婚姻関係でこそないもののその2人の間に生まれた子供には相続権も発生する。まぁ私とお嬢様では女の子同士だし、子供は出来ないけど。
大貴族なら平民を妾にしていることもそう珍しくも無いし、お嬢様のご寵愛を頂けるならそれでもいいと思っていた。それでも……
「……私の身分ではそれでも身に余る光栄ですっ……ですがっ……!!」
「……プリシラが、羨ましい?」
「………………」
私はそれを口にすることが出来ず、ただコクリと頷いた。
「そうねぇ……」
エルザ様は言葉を探すように、頭をゆっくりと左右に動かし……その様子から、あまりいい返事は出てこないだろうと予想できた。
そしてそれから真顔になって、私のことをじっと見つめてきた。
「正直に言えば、やっぱり難しいわね」
「……ですよね……」
「最近では貴族と平民との結婚も無くはない、と言うのも事実よ。でもそれはあくまでも下級貴族の話。せいぜい男爵までね。それより上はやっぱり貴族同士で結婚するのが当然という風潮ね」
「……」
当然、そんなことくらいわかっていた。私もお嬢様にお仕えして貴族社会の中で生きてきたのだから。それでも、何とかならないかと思って、相談してみたのだけど……やっぱり無理な願いだったんだろうか。
「せめてクリス様が子爵くらいだったら何とかなったかもしれないけど……よりにもよって公爵だものね……それも、次期当主になることが確定してるわけだし」
「はい……」
わかってはいたけれど、伯爵令嬢から無理だと言われてしまうと暗澹とした気持ちになってしまう。
「どうしたの? ソラリスちゃん」
「だって、やっぱり無理だって分かっちゃいましたから……」
「……いえ? 私は『難しい』と言っただけで『無理』とは言ってないわよ?」
「……えっ!?」
「手は、無くはないわ」
「ほ、本当ですか……!?」
有ると言うんだろうか。私みたいな平民が、お嬢様のように高貴なお方と結婚できる、そんな手段が。
「ええ。まぁ色々と条件が重なる必要があるけど、ソラリスちゃんでもクリス様のお嫁さんになる方法は……あるわね」
「そ、それはどんな……!?」
「それは……」
エルザ様は焦らすように言葉を区切る。そのほんのわずかな時間が、私には永遠にも感じられてしまう。そしてエルザ様は手を組むと、ゆっくりと口を開いた。
「――第3婦人よ」
「……だ、第3婦人……?」
「そう、法的には妻が3人まで持てるのは知っているでしょ? それを使うのよ」
確かに、法律上はそうなっている、でも、
「それはそうですけど、ほとんど形骸化していて実際は多くても妻は2人のはずじゃ……」
「そうね、私の周りでも妻が3人いる人はほとんどいないわ。確か曾祖父は3人の妻がいたって聞いてるけど」
「だったら……」
「でも、法律はまだ生きてるわ。なら問題は無いわよね?」
「でも……3人目だからなんだと言うんです? 私が平民だと言う事実には何の変わりも……」
そう。3人目だろうが4人目だろうが、ダメなものはダメだと思うんだけど……
「まぁまぁ、話は最後まで聞きなさいよ。いい? 確かに第1、第2婦人に平民出身の妻を置くことは公爵家には許されないわ。――でも、ほとんど形骸化している第3婦人なら……言い方は悪いけど、大貴族の道楽、として見ることもできるわ」
「それは……」
確かに、そう言われたらそうだけど、そんな簡単な問題だろうか? だって私が結婚したい相手は、王家にもゆかりの深い公爵家のご令嬢なのだ。たとえ大貴族の道楽とは言え平民が嫁げるとは思えない。
それにその手段でも別の問題が発生する。それは――
「それだとお嬢様にプリシラの他にもう1人、妻を迎えてもらわないといけないんじゃないですか?」
「それはそうね」
「でもそんな当ては――」
……いや、お嬢様ほどのお方なら結婚相手はそれこそ選びたい放題だ。高貴なお家柄の方なら誰でもお嬢様と結婚したがるだろう。例えば私の目の前にいる――
「私、クリス様の第2婦人として立候補したいと思ってるの」
「はぁ!?」
「あら? 私は真の姿であるこのメイド姿の他に、仮の姿としてグリーンヒル伯爵家次期当主という立場もあるのよ? ウィンブリア公爵家次期当主のクリス様のお相手としては十分だと思うけど?」
仮の姿じゃあないですけどね、このメイドマニアは……! いや、でも確かに、爵位こそ劣るもののグリーンヒル伯爵家は伯爵家の中でも随一の権勢を誇り、じきに侯爵家に爵位を進めるだろうと言われているほどの名門、確かにお嬢様の相手として不足が無い。
それでも――
「え、エルザ様、お嬢様のことがお好きだったんですか!?」
思わず問い詰めるような言い方になってしまったけど、エルザ様はまったく気にした様子が無く、むしろ嬉しそうだった。
「いいえ? もちろん素晴らしいお方だとは思ってるけど――まだ同性として意識しているわけじゃないわね」
「ええ、もちろんお嬢様は素晴らしいお方で……じゃなくて!! では、なぜ!?」
「あら? 貴族同士の結婚は恋愛だけでするものじゃないでしょ?」
「それは……」
それは確かにそうだ。貴族と貴族の結婚は、家と家との結婚に等しい。愛の無い政略結婚だって当然ある。と言うかそっちの方が断然多いくらいだ。
「グリーンヒル伯爵家がウィンブリア公爵家との縁談を望むのは当然じゃない? だって公爵家当主と縁戚関係になれたら、我が家はもっともっと大きくなれるんだから」
「そう、ですけど……」
それは貴族として至極もっとも、いやもっともすぎる話だ、でも、そんな理由でお嬢様との結婚を望むなんて、どうしてもモヤッとしてしまう――
「――とまぁここまでは対外的な、いわゆる建前と言うやつでね?」
「はい?」
「本当の理由は――私が、クリス様にメイドとしてお仕えしたいからなのよ」
「…………はぃぃ!?」
なにそれ!? 何言ってるのこの人!?




