第56話 【ソラリス】羨ましくてしょうがない
ソラリス視点でのお話です。
「はぁ……」
「あら? 私とのデートは楽しくない?」
「え!? あ、そんなことありませんっ!! 楽しいですっ、エルザ様っ!!」
私はお嬢様との夢の様なひと時が終わった後、次はこうしてエルザ様と一緒にボートに乗っていた。エルザ様は当然と言うか何と言うかメイド服を着てオールを漕いでおり、これではまるで私がエルザ様にお仕えされているお嬢様のようだ。
でも実際のところ、エルザ様は伯爵家の中でも特に名門の名高いグリーンヒル家の次期当主が確約されているお方で、平民の私とは天と地と言ってもまだ軽いほどの身分差がある。
そんなお方にボートを漕いでもらっているのだから恐縮してしまうけど、さっきまで公爵令嬢であらせられるお嬢様にボートを漕いでもらっていたことに比べたら些細な事……のような気がしなくもない。
「そう? さっきから心ここにあらずって感じだけど?」
エルザ様は私の内心を見透かすようにじっと見つめてくる。
「いえ、そんなことは決して――」
「ふふっ、……さしずめ愛しのお嬢様がプリシラと2人っきりでイチャイチャしているのが気になってしょうがない、ってところかしら?」
「……っ!!」
図星だった。昨日もそれを見せつけられたと言うのに、また今日も、なのだから。それも、さっきまでお嬢様のおみ足の間に挟まって、体の温もりを感じられていたと言うのに、今はその温もりをプリシラが独占していると言うのが、羨ましくてしょうがなかった。
しかもプリシラは爵位が低いとはいえれっきとした貴族で、このままお嬢様との仲が進展していったら多少の困難はあるだろうけれど……それでも2人は結婚することが出来る。
そして私は、その2人が仲睦まじくしているところを脇から見ていることしかできない……。万が一、万が一お嬢様が私のことを見初めてくれても私はあくまでも平民で、お嬢様の妻にはまずなれない。下級貴族ならいざ知らず、お嬢様は公爵令嬢なのだから、私の身分だとどう頑張っても妾がいいところだ。
もちろん、お嬢様のご寵愛をいただけるなら妾でも愛人でも、それですら私の身には分不相応だという事も重々承知している。
……それでも、それでも、正式にお嬢様の妻となれる身分であるプリシラが心の底から羨ましい。
お嬢様とプリシラの仲はかなり修復されてきていて、それは僭越ながら私の協力も大きいのだろうと自負している。あの不器用なところがまた愛おしいお嬢様お1人では、たぶんどうにもならなかっただろうし……
――こんなことなら、お嬢様とプリシラが仲良くなれるよう協力なんてしなければよかった――
とは思わない。いや、思いたくはない。だってそうしなかったらきっと、卒業と共にお嬢様とプリシラは別れてそれっきりで――お嬢様はきっと悲嘆にくれる日々を送ることになったはずだ。
私の大切なお嬢様に、そんな悲しい思いはして欲しくない。そんなお嬢様を側で見続けるなんて辛すぎるから。
だからこそ、私は恋敵――いや、私では恋敵にすらなれないんだけど――のプリシラとお嬢様が仲良くなれるように頑張る……のだけれど……
2人が仲良くなっている姿を見せつけられるたびに、羨ましいと言う気持ちは後から後から溢れて止まらない。それに最近ではプリシラの方もお嬢様と私を意識しているのか、あえて見せつけるようなそぶりまでしてくるし、そのたびに私の心は締め付けられる。
私はお嬢様を愛している。だからこそ、そのお嬢様が愛しているプリシラと結婚して欲しいと言う気持ちに嘘偽りはないけれど――それでも……
「……あの……エルザ様……」
「エルザ、でいいわよ? 同じメイドのよしみじゃない」
「いえ、エルザ様は伯爵令嬢でいらっしゃいますし、私のようなメイドでは……」
「たとえ身分がそうでも、心はメイドよ」
なんて贅沢なことを言ってるんだろうかと思う。私がもしもエルザ様の立場だったら、何の気兼ねも無くお嬢様に求婚できると言うのに。
いや、伯爵家とまではいかないまでも、せめてプリシラと同じ男爵家に生まれていれば……いや、男爵をせめてと言うのもアレだけど、それでも貴族ならどうとでもなったのに。
もしくはお嬢様が男爵家くらいの爵位だったら良かったのに、それがよりにもよってお嬢様は公爵家にお生まれになってしまった。これではどうやっても平民の私では――
でももしかしたら、貴族としてもかなりの高位であるエルザ様にお聞きしたら、平民の私が思いも付かないような解決策があるかもしれない。妾ではなく、どうにかしてお嬢様のお嫁さんになる方法は無いかという、身の程をわきまえない相談ではあるんだけど。
「エルザ様……」
「だから、エルザでいいってば」
「で、ですがっ」
「だーめっ、エルザって呼んでくれないと話は聞いてあげないわっ」
「えええっ」
そんなことを言われても、その、困るんだけど……でもエルザ様はぷいと横を向いてしまって、取り付く島もない。
でもここは湖のド真ん中で誰に聞かれることも無いだろうし、私は仕方なく、その要求に応えることにした。
「で、では失礼して……おほん……え、エルザ」
「なぁに?」
うわぁ……満面の笑顔だぁ……何がそんなに嬉しいんだろうか。
「私、同じメイドとしてのお友達が欲しかったのよっ。あ、友達なんだから敬語も無しよ?」
えええええ……
「え、いや、エルザさ――」
「おほん!! おほんっ!!」
「……エルザにも、専属メイドはいらっしゃいますよね?」
「……ぷいっ」
返事が無い……敬語を使ったら答えないって本気なのね……上級貴族には変わり者が多いとは聞くけれど、この人もまたとびっきりね……
「えっと……エルザにも……その……専属メイドはいるわよね……?」
まさか伯爵令嬢にタメ口をきくことになるとは思いもよらなかった。人生は本当に分からないわ。
「いやぁ、もちろんいるけどね? それがまた堅苦しい子で……いや、いい子なんだけど、それでも頑として私をお嬢様としか扱ってくれないのよね」
「それは……そうでしょうね……」
メイドとして、お嬢様をお嬢様として扱うのは当然のことだ。私もエルザ様だからこうしてギリギリタメ口をきけるけど、もしもお嬢様から同じように言われたら血の涙を流しながらも拒否するしかない。それはお仕えするメイドとして当たり前すぎることなのだから。
「ふふふっ、私、公爵令嬢の専属メイドになれるほどの超一流メイドである、ソラリスちゃんとはずっとお友達になりたいと思ってたのよ」
「そ、それは光栄……ね……」
敬語じゃないって、逆に凄く疲れる!! 敬語の方が100万倍楽!!
「で、何か聞きたいことがあるって顔をしてるわね、ささ、この友達に何でも相談してごらんなさいっ」
「え、ええと……」
やっぱり伯爵令嬢にいきなり友達と言われてもかなり違和感はあるけれど、目は本気だしからかっている感じも全くしない。どうやら本気で私と友達になりたいって思ってくれているみたいだ。
でも「何でも相談して」なんて、今の私にとってはかなりありがたいことだ。これはたぶん1人で悩んでいてもどうにもならないだろうし……
「じゃあ、エルザ……に相談したいことがあるんだけど……」




