第55話 もっと教えてもらうことにするわ
私とソラリスは2人、ボートで湖の上に浮かんでいた。私の手にはオールが握られていて、せっせと沖まで漕いでる最中だ。
「お嬢様っ……やっぱり私が漕ぎましょうか……?」
「いいのよっ、だって漕ぐほうが楽しいんだもの」
「そうは言いますけど、それでもメイドが仕えるお嬢様に漕がせていると言うのは世間体が……」
「でも、今のソラリスはメイドには見えないから大丈夫でしょ」
「それは、まぁ……そうですけどっ」
その言葉通り、ソラリスはいつものメイド服では無く私服を着ていて、傍目にはどこぞのお嬢様にしか見えない。
「やっぱりその服、似合ってるわねっ」
「ありがとうございますっ。お嬢様から頂いた、私の宝物ですからっ」
その言葉の通り、ソラリスが着ているのは私がちょっと前にプレゼントしたドレスで、ソラリスの魅力を存分に引き立てていて、ありていに言ってとても可愛かった。
特にお胸のところのデザインが秀逸で、私みたいな――その、なだらかな体形では出せない魅力を醸し出していて……私もああいう服、着てみたいなぁぁぁ……
「でも、宝物なんて、大げさねぇ」
「そんなことありませんっ。お嬢様から頂いたものは、みんな私の宝物ですっ」
なんか、照れちゃうわねっ。ソラリスは私がプレゼントしたものをとても大切にしてくれているのは知っていて、こっそりとそれらを抱きしめているのを見たこともある。
そこまで気に入ってくれていると思うと、やっぱり贈った側としてはうれしいものよね。
「お嬢様っ……」
「何?」
「その……お願いがあるんですけど……聞いて頂けますか?」
「ソラリスからお願いなんて珍しいわねっ。いいわよ、何でも聞いてあげるわっ」
「それでは、その……」
ソラリスが恥じらうようにモジモジとした後、ややためらいがちに口を開いた。
「私もその……プリシラみたいに、ボートの漕ぎ方を教えてもらいたいんですっ……」
「えっ」
でも、ソラリス、ボートの漕ぎ方完璧にマスターしていたような……
「ダメ……ですか?」
「い、いや、ダメなんてことないわよ……!?」
でも、プリシラみたいにってことは、その……つまりあれよね? 私が抱っこする形で、私の開いた足の間にソラリスが座るって事よね……?
勿論、いつもならそれくらいなんでも無いことで、よく私はソラリスの膝の上に座って本を読んだりしていたものだけど……な、なんか今は、その……ちょっと私、変なのよねっ。
なんかちょっと、ソラリスを見てるとドキドキするって言うか……着替えさせてもらってるときも恥ずかしくてしょうがなかったし、私、どうしちゃったんだろう。
「ほ、ほら、来なさい……?」
内心の動揺を押し込めて、私はソラリスに両腕を広げて迎え入れる意思を示すと、ソラリスはパッと顔をほころばせた。
「は、はいっ……!! ありがとうございますっ……!!」
そして、ちょこちょこと歩いてくると、くるりと私に背を向けてすとんと私の足の間に収まった。
「……!!」
「えへへ……では、お願いしますっ」
「え、ええっ……えっと、じゃあまずオールを持って……」
冷静を装うものの、私の胸は何故か高鳴っていた。……何!? 何なの!? 何か、こう、いけないことをしている気になって来るんだけど……!!
ソラリスは私が子供の頃から一緒にいた、まさに妹みたいな存在なのに、なんでこうもドキドキしてしまうんだろう。
ソラリスがわずかにこちらに体重を傾けてくる。この子がこんなに華奢で、それなのにこんなに柔らかかったなんて知らなかった。いや、知っていたはずなのに気付いていなかった。……それに、なんていい匂いがする――
「――お嬢様?」
「え!? あ、ご、ごめんなさいねっ……!!」
「……? 何で謝るんですか?」
「な、なんでもないわよっ……!?」
「変なお嬢様ですねぇ」
妹も同然のソラリスに、思わずやましい気持ちを抱いてしまったなんて知られるわけにはいかない。ソラリスは私を信頼して、こうして身を寄せて来てくれているんだから。
「えっと……こうですかっ?」
「え、ええ、そうよっ。上手ね、ソラリス」
私は内心の動揺を悟られないように、ソラリスに漕ぎ方を教えた。……とは言っても、やっぱりソラリスって教える必要も無いと思うくらい……というか私より上手いんだけど……
教わる必要なくない??
「――でも、1年ぶりですね、こうして2人でボートに乗るのっ」
しばらく2人で寄り添ったまま漕いでいると、ソラリスが思い出を懐かしむように呟いた。
「そうね」
「毎年来るたびに、お嬢様と2人で乗っていましたもんねっ」
「そうね」
「これから先も、毎年ずっと一緒に乗りたいですっ」
「……そうね」
ただ、それは前世ではかなわなかった。何故なら前世の私は、プリシラが私の愚かしさから手の届かないところに行ってしまったことに絶望して以来、僻地に引きこもってしまいこの別荘に来ることは無かったからだ。
「これから先も、ずっと一緒に乗りましょ」
「はいっ……!!」
でもそんな未来はもう訪れないし、訪れさせない。私はそう決意してボートを漕ぎ続けた――
◇◇◇◇◇
「ふぅっ……疲れたわっ……でも、楽しかったっ」
「私も、楽しかったですっ! お嬢様っ」
ソラリスとのボートデートを満喫した私は、次の約束のために岸へと戻ってきていた。次はプリシラとデートなのだっ。
ちなみにソラリスと私はあれからずっと2人でくっついたままで――
「………………おかえり」
「おかえりなさ~い」
先に帰って来ていたらしいプリシラとエルザさんに出迎えられた。
「あ、プリシラ、エルザさん、ただいま~」
「ただいま戻りましたっ……で、では私はこれでっ……」
岸に着いたところで、ソラリスは私からひょいと離れてボートから降りた。次はエルザさんのボートに乗るらしい。
「…………あの子と、仲よさげじゃない」
「え? それはもちろん」
だって私とソラリスは姉と妹みたいなものだし、仲がいいに決まっている。……さっきといい今朝と言い、その妹みたいなソラリスになんかドキドキしちゃっているようなのは……多分寝不足で頭が働いていないせいだろう。だってほとんど徹夜しているからね、私! 主にプリシラのせいで!!
「いっぱい漕いだから疲れちゃったわ。次はプリシラが漕いでくれるから、楽が出来そうねっ」
昨日の練習の成果を見せてくれるって言ってたからね。
……まぁ、遭難しないかとか、転覆しないかとかそっちの心配が半端ないんだけど。だってプリシラってばホントに方向音痴の運動音痴なんだもの。
「…………」
「あれ? プリシラ?」
反応が無いんだけど。どうしたの?
「ほら、早く私と場所を交換して――」
「やっぱり、まだ自信が無いから、もっと教えてもらうことにするわ」
「えっ」
そう言うやいなや、プリシラはおっかなびっくりと言った感じでボートに乗り込んできて――
「ひぇ……!?」
「よっと……」
昨日と同様に、私の足の間に背を向けて収まった……!! つまり、さっきまでのソラリスとまったく同じ体勢だ。
「え、ちょ、プリシラ!?」
「いいから、ほら、今日も教えてよっ……」
そ、そんな……!! いいの……!?
昨日あれだけ一緒にくっついてボートを漕いで、夜はトイレに連れて行ったあと一緒に眠って、そして今日またこうやってなんて……!! 幸せ過ぎるっ……!!
「たしか……こうよねっ……」
「え、あ、ちょ……!!」
オールを握って漕ぎ出そうとしたプリシラだけど、案の定バランスを崩しそうになったので咄嗟にその細い腰を掴んで体を支えた。
「あ、あぶなっ……」
「ありがとっ……じゃあ、そうやって支えていてね?」
えっ、もしかして今日もずっとこのまま!? 私の理性持つの!?
そしてその予測は当たり、エルザさんと交代するまで私とプリシラはくっついたままボートデートを楽しむことになり……寝不足だったけど、幸せ過ぎたからか全然眠くはならなかった。




