第53話 優しくしてくれて、ありがとっ
「ふわぁ……まだ眠いわっ……」
時が止まったかのように固まっている私とソラリス。それに対してプリシラは寝ぼけているのか、のんきにあくびなんてしている。私が全然眠れなかったと言うのに、恨めしいことこの上ない。
「……えっ……プリシラ……様がどうして……お嬢様のベッドに……」
そしてようやく時が動き出したらしいソラリスが、カーテンを震える手で掴んだまま絞り出すようにして声を出した。
「え、いや、こ、これはその……」
私自身どうしてこうなったのか未だに理解が出来ていないんだけど、その原因となったのはソラリスの怪談のせい……というかおかげなのよね。
ソラリスの怪談で心の底から震えあがったプリシラが、1人では寝られないからとこうして夜を共にすることになったわけで……しかもその前には一緒にトイレに付いて行ってあげるという、今でも夢なんじゃないかってことまであったし、ソラリスには感謝しかない。
ただ、この現状……まるで彼女に浮気現場を見られたみたいになっていない!?
いや、私とプリシラはそう言う事は何も……なかったし、未遂だし、それに私とソラリスがお付き合いしているわけでもないんだけど、それでも、こう、噂に聞く修羅場的な空気が流れている気がしてしょうがないんだけど……
「お嬢様……これは……どういうことですか……?」
「え、えっと……その……な、何というか……」
何か必死に彼女に言い訳してるみたいになってる!! だから違うのっ……!!
「さ、昨晩プリシラが私の部屋に来て……その、ね……?」
「プリシラ様から……!? ま、まさかそんな……」
いやほんと、私も驚いたわ。だってお勉強を教えるときに部屋に誘ってみても断固として断られてたし……それがまさかプリシラの方から私の部屋に来るなんて、夢にも思っていなかった。
「……それで、お2人は夜を共にした……という事ですか……」
「よ、夜を共にって……い、いや、確かにその通りだけど……!! でも何も無かったのよ!?」
「この状況でそんなことを言われても……信じられませんっ……」
「ホントなのぉ……!!」
一緒に寝たけど、指一本……は、触ったけど、それ以上は何もしてないの!!
「ね、ねっ、プリシラ……? 私達、何も無かったわよね?」
「…………」
ちょっと? プリシラさん? 何で黙ってるの!? これじゃあソラリス誤解したままよ!?
「ほ、ほら、プリシラからもソラリスに説明して――」
「――いやよっ……あんな恥ずかしいこと、言えるわけないじゃないっ……!!」
「ちょ!?」
ぷ、プリシラ!? その言い方は不味いわよ!? それじゃあ一層の誤解を招くだけで――
「それに……昨夜のことは内緒にしてくれるって言ったでしょ……?」
「それは……!!」
それは、そうなんだけど……!! た、確かにトイレの件は内緒にするって言ったけど……!! でもっ……!!
「――あんなこと、他の人にも知られちゃったら……私、お嫁に行けなくなっちゃうわっ……そうなったらどうしてくれるの?」
「!?」
プリシラはそんなことを言いながら頬を染め、恥ずかしそうに顔を伏せてしまった……!!
い、いかん、これはいかんですよ……!! どうみてもこれは……!!
「お嫁に行けない……!?」
案の定、ソラリスがゴクリと息を呑んだのが分かった。
「や、やっぱり……お嬢様っ、プリシラ様とお嫁に行けなくなるようなことをしたんですね……」
「ちが――違うのっ……!!」
「だって……プリシラ様がそうおっしゃってるじゃありませんかっ……」
それは誤解なの!! プリシラが誤解されるような言い方するから……!! ていうかプリシラ、わざと誤解されるように言ってない!? 私の気のせい!?
「プリシラっ……」
私がプリシラの肩に手をかけて、こうまでこじれたこの場を何とかしてもらおうとすると――
「……ぷくくっ」
プリシラが、堪えきれないように笑った。え? 何? 何笑ってるの?
「――なぁんてね、冗談よ、冗談っ」
「はっ?」
「えっ?」
あっけにとられる私とソラリスを前に、プリシラがすとんとベッドから降りた。
「安心しなさい。あなたの愛しのお嬢様と私は、何も無かったわ」
「だ、だってっ――」
「あなたの反応が面白かったから、ついからかいたくなったのよ、悪かったわねっ」
プリシラが、ソラリスの肩にポンと手を置いた。
あ、なるほど、冗談だったという事にして場を収めようというわけか……考えたわねっ。演劇好きのプリシラらしい機転の利かせ方だ。
「で、でも、お2人は共に一夜を過ごしたことは事実なんですよね……?」
「そうだけど……でもそれは、昨夜退屈だったから札遊びに付き合ってもらったのよ」
「……ふ、札遊び……ですか?」
札遊びって言うのは、貴族の間で流行っている、お互いにチップをかけてカードを使って遊ぶゲームのことだ。
「そうよ。それで遊んでたら私そのまま寝ちゃったみたいね……でしょ?」
プリシラが私に振り返って同意を求めてきた。そう言う話にするらしい。ここは乗るしかない……!
「そ、そうなのよ……!! プリシラったら私が長考している間に気が付いたら寝てて……そのまま一緒に寝ることになっちゃったのよね~、あはははは……」
「……そう、なんですか……?」
ちょっと苦しい感じだけど、何とかこれで押し通すしかない……!!
「でも……お2人で、ベッドの上で札遊び……ですか?」
「そ、そうなのよっ」
「……随分と仲がおよろしくなったんですね……?」
「ま、まぁねっ……!!」
ソラリスはジトっとした疑いの眼差しを向けてきてるけど、ここは目を逸らしたら負けだ……!!
私とソラリスが見つめ合っていると、プリシラが「ふぅっ」と1つ息を吐いた。
「――さて、じゃあそう言う事だから、私は自分の部屋に戻って着替えるわね?」
話はこれで終わりだとばかりに、プリシラがスタスタと扉の方へと歩いて行った。
「あ、う、うん……」
私がその背中を見送っていると――髪がふわりと舞い、プリシラがくるりとこちらに振り向いた。
「な、何……?」
「えっと……」
振り向いたその顔は、わずかに朱に染まっていて……手も胸の前でモジモジとしていた。え、何? 何なの?
「昨日は……優しくしてくれて……ありがとっ……そ、それだけっ!」
困惑している私に、プリシラはそれだけ言うと、バタンと扉を開けて勢い良く部屋から出ていってしまった――
「えっ」
いや、演技するなら最後までしてよぉ!! 最後に置き土産を残していかれても困るわよっ……!!
「優しく……? お嬢様……?」
「あ、あのね、ソラリス……!! 違うのっ……!! これは、その……!!」
おかげで更に言い訳をすることになるじゃない!! プリシラのばかぁ!!
「それで、えっと……札遊びのことなんだけど、これがプリシラったらホント弱くて……それで、その、手加減をしてあげていたんだけど、バレてたみたいね~ハハハ……」
「それが、優しく……と言うことですか?」
「そうそう、そうなのよ~」
自分でも苦しい言い訳だと思うけど、これも何とかゴリ押しして信じてもらうしかない。
「…………実際のところ、ホントに何もなかったんですか?」
「何も無いわよっ。だ、だって婚約もしていないのに、その、『そういうこと』をするなんて……アレでしょ?」
「……ま、まぁ、確かに平民ならいざ知らず、貴族の中の貴族たるお嬢様がそのような無作法な真似をなさるとは思っていませんけど……ですが……」
ソラリスはそこで言葉を区切って、私のことをジトっとした目で見つめてきた。
「……一緒にお眠りになったことは確かなんですよね?」
うん。ソラリスの怪談のおかげだけどね。でも、
「それを言うなら私達だって一緒に寝てるじゃない……!」
「それは……!! そ、そうですけどっ……」
ソラリスには不意打ちになったのか、ぽっと頬を染めて目を逸らしてしまった。
「……?」
……あれ? なんだろう、なんか今のソラリス、すごく可愛い……いや、ソラリスが可愛いのは知ってるけど、それにもましてなんか可愛いと言うか……そう言えばプリシラの唇をつついているときも、ソラリスとのキスを思い出して――
「……っ!?」
「どうなさいました? お嬢様?」
「な、何でもないわっ……!!」
私の目の前に、そのソラリスの唇が見える。それを直視してしまって思わずドキリとしてしまった……!!
「……はぁ。まぁよろしいですけど……お嬢様とプリシラが仲良くなるのは私の望みでもありますし――」
ほっ、良かった。とにかくなんとか誤魔化せたみたい――
「――それよりほら、お着替えさせて頂きますので、お手を上げてくださいっ」
「えっ」
「どうしたんですか? ほら、早くお手を上げてください。お脱がせいたしますから」
え、いや、その……な、何か、今のソラリスに裸を見られるのが恥ずかしいというかなんというか……昨日一緒にお風呂に入った時は何とも思わなかったのに……な、なにこれ……? なんなの……?
「ほらほら、お嬢様っ」
「あっ、ちょっ、ああっ……」
それから私はソラリスによって手際よく寝間着を脱がされ、着替えさせられてしまうのだった。




