第52話 もうちょっとだけなら……
「……ぜ、全然眠れなかった……」
カーテンの隙間から朝日が差し込み部屋の中を明るく照らしている。今日もいい天気の様だけど、今の私には天気どころの話ではない。私の人生史上、それも2回の人生において、昨夜は最も長く、衝撃的な夜だったのだから。
その長く衝撃的な夜となった原因となった存在が――
「んぅぅ……」
私の腰に後ろから手を回し、私の背中にムニュリとした圧迫感を与えながら、艶めかしい吐息を時折漏らしていた……
そう、私のベッドに、プリシラがいるのだ。
昨夜、『怖くて眠れないから、恥を忍んで一緒に寝て欲しい』と懇願されたので、こうしてまさかまさかの一緒に寝ることになっていた。
そして寝ている間もプリシラの腕は私を抱いたまま決して離すことなく、それどころか寝ながらもその手は時々私のおなかをまさぐるように動き、そのたびに私は声を押し殺すのに必死だった。
「んしょっ……」
私は私を締め付けているプリシラの腕を慎重にほどき、寝ているプリシラをまじまじと観察する。ずっと抱きつかれているのも良かったけど、改めて寝てるプリシラをじっくり見たかったし。
そのプリシラのふわふわの金髪はベッドで波打って模様を作り、可愛らしい桜色の唇はむにゃむにゃと言葉にならない言葉を漏らしつつ時折動いていて、いつまでも見ていたい衝動に駆られる。
遂に愛しのプリシラと、恋人同士では無くても一夜を共にしてしまったという事実を前にして、私は全身が途方もない幸福感で満たされて行くのを感じた。
昨夜は混乱の極みでただただドキドキしっぱなしだったけど、いざこうして私のベッドで寝ているプリシラを見下ろしていると……もう、言葉が出てこない。
こんなにも幸せでいいんだろうか? その幸福感からか、私は少しだけ調子に乗ってしまう。
……変なことはしないとは言ったけど、これくらいなら……いいよね……
私はプリシラの目が覚めないよう祈りつつ、恐る恐るふわふわな金髪を一筋手ですくってみると……そのあまりの触り心地に蕩けそうになってしまった。触りたくて触りたくてしょうがなかったプリシラの髪が私の手の中にある、そのことがたまらなく私の心をときめかせていたら――
「んっ……ん……」
またしてもプリシラの可愛いお口が艶めかしい吐息と共に動いて……私は生唾を飲み込んだ。
……も、もうちょっと……もうちょっとだけなら……
私は誘惑に負けて、プリシラの柔らかそうなほっぺたにゆっくりと指を伸ばして、ぷにっと押した。
……や、柔らかいっ……!! 怪談で気絶していた時にもつつけたけど、やっぱり柔らかいっ……!! なんて感触なの……!! 天使なの!?
それから私はその指をゆっくりと滑らせて――ついにプリシラの唇に到着した。
「ああっ……プリシラの唇っ……」
あれほど素晴らしいと思ったほっぺたの感触が霞むほどに、それは特上の感触だった。私は未だかつてこれ以上の感触を知らない。それでも唯一匹敵するものを探すとしたら、子供の頃にソラリスと遊びでしたキスの時の唇の感触だろうか……あの時のソラリスの唇もまた、素晴らしいものだったことを覚えている。
……あれ? 思い出したらなんかドキドキして来た……子供の頃はそれこそ毎日のようにソラリスと遊びでキスをしていたけれど、なんか、こう……うん……
「んにゅ……んっ……」
「……っ!?」
昔を思い出していると、不意打ちで動いたプリシラの唇が私の指に押し付けられるような形で当たり、私の心臓が飛び跳ねる。
「プリシラっ……」
小さく声をかけても、全く起きる気配な無い。どうやら私同様寝起きは良くないようだ。
「プリシラ……」
再度声をかけても、やっぱり反応はない。未だプリシラは夢の中の住人の様だ。これなら――
「プリシラっ……好きっ……」
普段は面と向かって言えるはずもない、愛の言葉を寝ているプリシラにささやく。
「愛してるわ……プリシラっ……ホントに愛してるのっ……ずっとずっと、あなたのことが、私っ……」
愛の告白をしているうちに、たまらなくなり……私は、その唇に吸い込まれるように体をかがめた。
そして……ゆっくりと顔を近づけていき、あともう少しでお互いの唇が重なりそうになり――
「お嬢様~っ。おはようございま~すっ」
「……!?!?!?!?!?」
扉を開けて入ってきたソラリスの声で、跳ね起きた。
……な、な、な……わ、私、何しようとしていたの……? 寝ているプリシラの唇を奪おうとするなんて……自分で自分が信じられない……もしソラリスが入ってこなければ、私はとんでもなく卑怯なことをしてしまうとこだった……ありがとう、ソラリス、あなたのおかげよ………………って、ソラリス……!?
「っ……!?」
私は、マスターキーで鍵を開けて入ってきたソラリスにものすごい勢いで振り返った。
「……あれ? 珍しいこともあるものですね……!! お嬢様が起きてるなんて!! これじゃあ今日は雪ですかねっ」
起きてるというか、寝てないからねっ。い、いや、それよりも、それよりもまずい……!! い、いや、何もやましい事は無いんだけど、なぜかまずい予感がする……!!
「今、カーテンをお開けしますねっ。そのあとお着替えをいたしましょう」
スタスタとこっちに歩いてくるソラリス。こ、このままでは私の隣にいるプリシラが見つかってしまうっ……!! い、いや、なんで見つかったらまずいって思ってるの!? 混乱していてよく分からない……!!
私は咄嗟に掛け布団を横で寝てるプリシラにかぶせ、近づいてくるソラリスから見えないようにした。
「あれ~? いい天気ですね~? おっかしいなぁ~。お嬢様が自分から起きてるなんて奇跡に近いことですのに」
カーテンを開けて雲一つない青空を見たソラリスが、いたずらっぽくこちらに振り返った。
「わ、私だってたまには早起きしたくなることくらいあるわよっ……!!」
「ええ~? そうですか~? 私の記憶にはありませんけど」
私は自分の体で、寝ているプリシラがソラリスから見えないように隠す。ホント、なんでこんなうろたえているのか私でもわからない。
「ほらほら、お嬢様、お着替えを手伝わせて頂きますので、こちらに来てくださいなっ」
「え、あ……えっと……」
ま、まずいっ……今私がベッドから降りたら、と言うかここから動いたら、布団の膨らみでプリシラのことがバレる……!! いや、バレるってなんだバレるって。
「どうしたんですか? お嬢様、ほら、早くおいでください」
「そ、その……きょ、今日は、自分で着替えよっかな~なんて……」
「またまた、ご冗談を、それとも寝ぼけてるんですか? お嬢様のドレスをお1人で着られるわけないじゃありませんか」
そうだった。制服ならいざ知らず、私が着ているようなドレスはとても1人で着られるような代物ではないのだった。
それでも、どうにかしてこの場をやり過ごさないといけない。どうしたものかと瞬時に頭を巡らせ、その結果何とかなりそうな策を思いつき、それを言おうとして口を開いたまさにその瞬間――
「んんんっ……あつぃ……」
……あっ
「……え? なんですか、今の声――」
不思議そうな顔をしていたソラリスの顔が……徐々に驚愕の顔に変わる。その視線が向かう、私の背後では――
「……んっ……ん~~~~~~っ」
プリシラがベッドから体を起こして……伸びをしている気配が……




