第51話 初めて夜を共に
……プリシラが? 私と? 一緒に寝たい……?
……なるほど、そう言う事ね、わかったわ。つまりこれは…………やっぱり夢なのね?
すっごいリアリティがあって、抱きついてきたプリシラの体の質感とか見事な再現っぷりだったけど、よくよく考えてみたらいくら怖かったからとは言えプリシラが私の部屋に来るなんてどう考えても変だし。
ましてや私と一緒に寝たいだなんて……ははっ、無い無い、あり得ないわ。
「ちょっと、ねぇ? どうしたの?」
しかしそれにしてもプリシラと仲良くお手々を繋いでトイレに連れて行く夢を見るなんて、私の深層心理はどうなっているんだろう。どうせ夢に見るならデートじゃないの? 何でトイレ? 私にそう言う趣味や願望が……? イヤイヤ、好きな子と一緒にトイレ行きたいってどんな趣味よ?
「ねぇ、ねぇってば……!!」
でも考えてみたら、仲良く連れ立って一緒にトイレに行くなんて、それこそ仲のいい友達っぽいし……やっぱり私がプリシラと仲良くなりたいっていう願望からこういう夢を見たんだろうか?
でもまぁなんにせよ、実にいい夢だった。朝起きたらこの夢の内容を日記に書いて――
「ちょっとっ……!!」
「えっ?」
夢のはずだというのに、何というリアルな質感。ガタガタと震えながら私にしがみついてくるプリシラの体の感触がしっかり伝わってくる……
あれ? えっと……? あれれ?
「ねぇ!! こんな暗い廊下で立ち止まって黙らないでよ!! 怖いでしょ!!」
「……???」
おかしい。夢から覚めないんだけど? 涙目のプリシラが私にしがみついたままだ。どうなってるの?
「……夢なのよね?」
「はぁ!? 何言ってるの!? 寝ぼけてるの!? バカなの!?」
いや、この口調、まさしくプリシラ。夢の中だというのに凄い再現度で――
「ほ、ほらっ、早くあなたの部屋に行きましょ……?」
「!?!?!?!?!?」
えっ、えっ、えっ? どういうこと? これ、夢……じゃない……の?
「ねぇプリシラ……」
「何よっ、ほら、早く――」
「ちょっと私の頬を引っぱたいてくれない?」
「――はぁ!? 何言ってるの!? あ、あなたそう言う趣味があるの!?」
「いいから、お願いっ」
「……はぁ、まぁいいけどね……趣味は人それぞれだし……はいっ」
パンッ
プリシラの掌が私の頬に当たって乾いた音を立てた。そしてじんわりと感じる頬の痛み――
「……これ、夢じゃないの?」
「寝てたの!?」
いや、寝てると思ってたけど、寝てなかったというか……え? つまり、ほ、本当に……?
「わ、私と一緒に寝たいって……」
「……言ったわよ。ほら、早くっ」
……!!!!!!! 夢でも、聞き間違いでもない!? これは一体……!?
「……な、何よその目……わ、私だってあなたと一緒に寝たくなんか無いんだからっ……!! でもっ、しょうがないじゃない!! こんな状態で、1人であんな広い部屋で寝れるわけないでしょ!?」
「そんなに広くは……」
「広いわよ!! 何あの客室!! 流石公爵家の別荘ねっ」
はぁ、それはどうも……いや、じゃなくて。
「だ、だからっ……不本意だけど、あなたと一緒に……その……寝かせて欲しいって言ってるのよ――ひっ!!」
そう言い終わるか終わらないかのところで、風が吹いたのか窓がガタリと鳴り――プリシラがさらに強く私に抱きついてきた……!!
「……!!!!!!」
「もういやぁ……!! おねがいっ、こんなとこで話なんてしてないでっ……!! 早く連れてってよぉ……もう、私、怖くて怖くて……限界なのっ……」
――プリシラが、涙目ですがり付いてくる。
いや、限界と言うなら私の方が限界よ? だって数十年想い続けた愛しい人に、こんな暗闇で抱きつかれてるんだもん。しかもその想い人から、早くベッドに連れて行って欲しいなんて言われてるんだから――
「わ、わかったわ……」
私はどうにかそれだけ絞り出すと、しがみついたまま離そうとしないプリシラを伴って――部屋まで戻ってきた。
「ああっ……怖かったっ……」
いや、私の方が怖かったよ? いつ心臓が止まるかと思ってたし。いや、これから止まるかもしれないけど。だってこれから――
「じゃ、じゃあ……その、寝ましょ……?」
――プリシラと、このベッドで一緒に寝るのだから。果たして私は明日の朝日を拝めるのかしら? 幸福過ぎて昇天したりして……目覚めたら天国ってこともあり得るわよね。
「え、ええっ……」
私は今なお離れようとしないプリシラと一緒に、ベッドのそばまで歩いて行く。
「……っ」
ついさっきまで私が寝ていたベッドだけど、プリシラと一緒に――となると途端に違ったものに見えて来てしまう。なんかこう、ドキドキしすぎて死んでしまいそうだ。
「どうしたの?」
「な、何でもないわよっ……!? ほ、ほら、プリシラ……」
「えぇ……わかったわ……」
プリシラは私にしがみついていた手をほどくと――ゆっくりとした動きでベッドに上がった。
私のベッドに、プリシラがいる。……やっぱり夢じゃない? でもさっき叩いてもらった頬の痛みはこれが現実だと教えてくれている。
「……な、なによっ……じろじろ見ないでよっ……」
「ご、ごめんっ……」
そうは言っても、枕元の燭台の明かりに照らされた寝間着姿のプリシラがあまりに色っぽくて、目が離せなくなっていた。女神かな?
「ほ、ほらっ……早く来てよっ……」
「……!!!!」
愛しい人から、ベッドに早く来てと誘われてしまった……!! ああっ……神様……!! 私を過去に戻してくれてありがとうございます……!! 今までずっと感謝しっぱなしでしたけど、今ほど感謝していることはありません……!!
私は恐る恐ると言った感じで自分のベッドに登ると、ベッドは2人分の重みを受けてギシリと音を立てた。
「……い、言っておくけどっ……変なことしたら、許さないんだからっ……!」
プリシラが腕で自分の体を抱いて、身をよじった。
「しないしない……!!」
そんな大それたことする勇気はございませんよ!? ましてや婚約も前だというのに、とんでもない……!!
――それにプリシラとの初夜は何度も何度も妄想して来たけど――私が、えっとその、いわゆる変なことを……さ、される方だったし……
「そ、そう……? ならいいけど……」
そう、するわけないのだ。……キスはしたいけど。でも、したら引っぱたかれるじゃすまないだろう。
私とプリシラは同じベッドに乗ったまま、しばし無言で見つめ合った。
「……ね、寝ましょ……?」
「そ、そうねっ」
これ以上こうしていたら、本当に変な気持ちになってしまう。私は広いベッドの上でプリシラから離れたところで毛布をかぶり――
「ちょ、ちょっと……!!」
「え、何?」
「何で一緒に寝てって言ったと思ってるの……!?」
え? それは怖いからでしょ?
「怖いんだって言ってるでしょ!?」
うん、だからこうして一緒のベッドで――
「こっちに来てよっ……!!」
「………………えっ」
プリシラが枕を抱きかかえながら、涙目になっていた。
「こっちに来て……!!」
「……!?!?」
再度、側に来るようお願いされた……!! え!? ウソでしょ!?
「き、来てくれないなら……こっちから行くからっ……!!」
「え、あ、ちょ……!?」
プリシラは膝立ちのままズンズンとこちらに向かってくると――
「……よいしょっ」
「~~~~~~~~!?!?」
私の隣で横になった。それどころか――
「ねぇ、そっち向いてよ」
「え!?」
「いいからっ、早くっ」
言われるがままにプリシラから背を向けた。するとなんと……!! プリシラが……!!
「ぷ、プリシラ……!?!?」
――後ろから、抱きついてきた……!!
「こっち見ないでっ……!! 私だって恥ずかしいんだからっ……!!」
それは私もだよ!? と言うか……!! えええええええ!?
「だ、だってっ……他の人とベッドに入るなんて初めてなのよっ……!!」
プリシラが初めて夜を共にするのが私だなんて……!! 光栄すぎるっ……!!
ああっ……こんなことになるなんてっ……!! ソラリスっ……!! ありがとうっ……!!!! あなたの怪談のおかげよっ……!! 明日、力いっぱい感謝のハグをしてあげ――
「あなただって、初めてでしょ……?」
「え? 私は違うけど?」
「………………は?」
私はプリシラと違って、誰かと一緒に寝るのは初めてじゃない。だってソラリスと最近添い寝してもらったし
「あ、ああ、乳母とかかしら? 確かにそれなら私も一緒に寝たことあるけど、でもそんなのノーカウント――」
「いえ、ソラリスよ」
「………………はぁ!? あ、あなた達、一緒に寝たりしてるの!?」
「ええ、昔はよく添い寝してもらっていて――」
「な、なんだ……昔の話じゃ――」
「つい最近もおねだりされて、久しぶりに一緒に寝たわよ。あの子すっごく抱き心地がいいのよねっ」
「……………………………………ふぅん……? そうなんだ……」
あ、あれ? ……えっと……何か背後のプリシラから、プレッシャーのようなものを感じるんだけど……
「あ、あの、プリシラ……? どうかしたの……?」
「何でもないわっ……!! おやすみっ……!!」
プリシラはそう言うと、私の腰に回した手にぎゅうと力を込めて、私の背中に顔を埋めて――しばらくすると寝息を立て始めた。
当たり前のことながら、私が一睡もできなかったのは言うまでもない。




