第50話 恥を忍んで
「え……ト……トイレ……?」
「そ、そうよっ……!! も、もう限界なのっ……!! 漏れちゃうのっ……!!」
あ、な、なぁんだ……そっかぁ……トイレかぁ……そうよね、そんな都合のいいことが起きるわけないわよね……私はまだまだプリシラに嫌われてるんだし……
「はぁ……トイレなら、部屋を出て右にまっすぐ行って突き当りよ? 教えたはずだけど……」
「聞いたわよっ……!! で、でもっ……行けるわけないでしょっ!!」
「どうして?」
「だ、だってっ……」
プリシラがトイレを我慢してなのかモジモジとすることで、体がぐりぐりと押し付けられてきて……正直、幸せ過ぎる。この別荘に来てから何度目になるか分からないけど、生きててよかったと思った。
「こ……」
「こ?」
聞き返す私に、プリシラが「う~っ」と唸りながら更に涙目になる。可愛い……
「…………こ、怖いのよっ……!! 悪い!? こ、こうして隣のあなたの部屋に来るだけでも限界なのっ……!! それなのにあんな暗い廊下を、トイレまでなんて……行けるわけないでしょっ……!!」
ああ……なるほど……それで部屋に入ってくるなり抱きついて来たのね……
「な、何よその目……仕方ないじゃないっ!! 怖いものは怖いんだからっ!! 確かに怖いもの平気なんて言った私も悪いわよ!? でも、あんなことを言われたらああ言うしかないでしょっ!!」
それは確かに。プライドの高いプリシラからしたら強がりでもああ言うしかないだろう。まぁその結果がこの状態というわけで……私としては最高すぎる結果だけどね!
「……でも、それなら私じゃなくてもエルザさんでもいいんじゃ……」
エルザさんなら幼馴染で気心も知れてるだろうし、私なんかよりもよっぽどいいと思うんだけど……
「だ、だってっ……!! エルザの部屋ってあなたの部屋を挟んでもっと遠いじゃない……!! ここに来るのでも限界って言ったでしょ!? それに、エルザのことだから絶対からかってくるに決まってるわ!!」
まぁ、確かに、言われてみるとその可能性はある。と言うか絶対にやる。
「あなたは、もう私に意地悪しないって約束してくれたし……だ、だからお願いっ……一緒にトイレに付いてきて……!! 私1人じゃ絶対無理なのっ……!!」
プリシラのモジモジは一層加速し、もう顔も真っ赤になっている。こ、これはまずい。本当に限界が近いようだ……!!
「は、早くっ……!! 早くしないと、とんでもないことになるわよ……!? わ、私がお嫁に行けなくなったらどうしてくれるのっ……!?」
え? そうなったら私が責任を持ってプリシラをお嫁にするけど……いやいや、プリシラ的にはそう言う問題じゃないか……
「わ、わかったから、ほら、とりあえず離してくれないと動けないんだけど……」
正直離れて欲しくはなかったけど、このまま暴発されたら私も被害を受けることになる。プリシラのなら構わない……とまでは流石に言え――いや、言えるけど……それでもそうなったら私が朝日を拝める保証が無い。私も命は惜しいのだ。
「……!! わ、わかったわっ……」
改めて私に抱きついていることを意識したのか、プリシラが恥じらいながら私からゆっくりと離れた。
「で、でも、手は繋いでよ? 絶対離しちゃイヤだからねっ……!! 離したらひどいんだから……!!」
「わかったから、絶対離さないから」
「絶対よっ!?」
もちろん、手を繋げる機会があるなら離すつもりはない。そんな勿体ないことするわけがないのだ。
「じゃあほら、急いで」
「え、ええっ……」
プリシラはモジモジとしながら私の手を掴み、そろりそろりと歩いて行く。怖いこともさることながら、それ以上に本当に限界が近いらしい。
「う、うううっ……」
「頑張って、プリシラ、すぐそこだからっ……」
「わ、分かってるわよっ……は、恥ずかしいから声かけないでっ……」
ランタンの明かりを頼りに手を繋いで暗い廊下を歩いていると……プリシラの堪える声がすぐ側から聞こえてきて……その……凄くドキドキする。
そうしてほんのわずかな距離のはずなのに、プリシラにとっては永遠に近い距離に感じられたらしいトイレへの道を踏破し、ついに念願のトイレへと私達はたどり着いた。
「ほら、プリシラ、行ってきて」
「い、イヤっ……」
「え、いや、イヤって言われても……」
「個室の前まで付いてきてっ……お願いっ……!!」
腕にすがり付くようにしがみ付かれて、私の意識が飛びそうになる。それをグッと堪えてなんとかプリシラと2人、個室の前までやってきた。
「ほ、ほら、プリシラ……中に入って? まさか、その……一緒にとか言わないわよね……?」
言われたら、どうしよう……行くべきか? いやいやそれは流石に……でも、お願いされたら断るわけにも……!!
「と、当然でしょっ……バカっ……」
……ほっとしたような、残念なような……イヤイヤ、残念とか何を考えているんだ。ヘンタイか私は。いくら好きな子でも、そう言うのは、流石に、うん。
「じゃ、じゃあ、待っててねっ……絶対先に帰っちゃダメだからねっ……!!」
「はいはい、わかったわ。ここにいるから」
「約束よっ……!!」
もうとっくに限界だろうに、プリシラは私に念を押すと扉の中に駆け込んでいった――
「ふぅ……危ないところだったわ……」
洗面台で手を洗った後、プリシラがごく自然な感じで手を握ってきたのでドキリとした。まぁプリシラからしたら怖いから手を握ってくれるなら誰でもいいって感じなんだろうけど。
「い、言っておくけど、誰かにこのことを喋ったら……!!」
「わ、分かってるってばっ……!! 言わない! 言わないからっ!」
プリシラが、鬼のような形相で睨んできた。そんな顔をしていてもプリシラは可愛いなぁ……
「ホントに? ホントにホント?」
「ホントだってば……! 誰にも言わないっ……!! 誓うからっ……!!」
「……ならいいけどっ……」
日記には書くけどねっ! 書かないとは言ってないし! こんな嬉し恥ずかしな思い出を記録しないでどうするのか! 私は部屋に戻ってから日記帳にこの事を詳細に書くことを想像して心をときめかせた。 ああっ……さっきのモジモジプリシラ、可愛かったなぁ……
「さて、それじゃあ部屋まで連れて行ってあげるからね?」
「……」
あれ? 返事が無い。どうしたんだろう。
「プリシラ?」
「…………その……は、恥を忍んで……もう1つお願いがあるんだけど……」
「なぁに?」
お願いと言われても、誰にも言わないとは約束したし、これ以上何があるんだろう? 私が不思議に思ってプリシラの顔を覗き込むと、なんか、凄い真っ赤な顔をしていた。
「……え、えっと……」
「うん」
「その、何て言うか…………い、一緒に……」
「一緒に?」
「…………」
尋ねるけど、返答がない。私の手を握っているプリシラの手にも力が入っている。それからしばらく待っていると、覚悟を決めたようにプリシラが深呼吸をした。
そして、ゆっくりとその可愛いお口が開かれ、出てきた言葉が――
「……こ、今夜……一緒に…………ね、寝て欲しいのっ……」
………………はい?




