第05話 私が行かなきゃ
「プリシラがいないってどういうこと!?」
私はプリシラに張り付いておくよう頼んでいた子に思わず詰め寄ってしまった。
「そ、それがその……ほんのちょっと目を離した隙に、いなくなっちゃって……それで、先生に報告に来たんです」
「そんな……」
繰り返す運命のいたずらに、私はその場にぺたりと座り込んでしまった。
あの子が極度の方向音痴だって言うのはわかってはいたけれど、まさかここまでとは思っていなかった。こんなことならたとえ嫌がられていても私が付いておくべきだったと思ったけどもう遅い。
彼女は前の人生と同様に、遭難してしまったのだ。
「これが運命なの……?」
プリシラが遭難したという事実が前回と同じなら、迷い迷ってあの山小屋にたどり着くことも同じかもしれない。そして私が彼女を探しに行かないと言う選択肢はあり得ない。
だって好きな子が遭難してるんだ。探しに行かないなんてことあるわけがない。でも、彼女を探しに行くという事は、再び彼女と山小屋で2人きりになる、というわけで……
いや、でも大丈夫だ。私は決して前回と同じ過ちは繰り返さない。たとえ神様の意地悪で私に同じような道を歩ませようとしているとしても、私がわたしの意思で道を誤らなければ同じ結果にはならないはずなんだ。
私は自分にそう言い聞かせると、既に空模様が怪しくなっていることもあって一刻も早く彼女を探すために立ち上がった。先回りして彼女を捕まえることが出来たら、あの山小屋にたどり着かなくても済むかもしれない。
私は決して過ちを犯すつもりはないけれど、それでもこの気持ちの悪い運命の一致からはなるべく離れたいから。
「ソラリス……私、行ってくるから」
「……はい? 今なんておっしゃいました?」
「だから、プリシラを探しに行くって言ったの」
「冗談は止めてください! お嬢様が行ってどうするんですか!?」
「私が行かなきゃいけないの!!」
私は人生のほとんどを、彼女のことを想って生きてきたんだ。その彼女が今遭難している。前回は助かったけど、今回も助かるとは限らないんだ。
だから私は行かないといけない。
「お嬢様……私がお嬢様を「はいそうですか」と行かせると思いますか?」
「思わない……でも、行かないといけないの」
「はぁ……じゃあせめて、私もご一緒させてください」
「それはダメよ」
「何でですか!? 私はお嬢様のメイドです!! 一緒にいる義務があります!!」
「でも、もうあなた、体力限界でしょ」
「そ、そんなこと……」
隠しても分かる。どれだけの付き合いだと思ってるんだ。この子はその小柄な体格通り体力は全くない。今こうして頂上へ来るのでさえ青息吐息だったんだから、休まずに捜索に回す体力なんてあるわけがない。
「じゃあ、行ってくるね」
「ま、待ってくださいっ!!」
「大丈夫、私、方向感覚と体力には自信があるから。あなたも知ってるでしょ?」
「な、なんでそんな……捜索隊を編成してからでもいいのに……」
「ごめんね、一刻も早く、プリシラを見つけてあげたいの……それに心当たりもあるし……じゃあねっ」
「ま、待って――」
私はソラリスの制止を振り切って、私一人で頂上を駆け下りていった。もちろんソラリスの言う通り、大人たちで捜索隊を編成してから探すのが1番だとはわかっているんだ。
それでも私はじっとしていられなかった。どうしても、私が彼女を助けたかった。これは私が彼女を助けたら、ひょっとしたら彼女との仲が改善されるかもしれないという下心があることも否定できなかったけど、それ以上に、理屈抜きで私は彼女の危機を黙って見ているなんてできなかったんだ。
プリシラについていた子から聞き出した、プリシラと逸れた地点までやってきたころ、前回同様雨が降り出した。私は、彼女が向かったであろう方向に再び駆け出す。
はっきりと山小屋の場所を覚えているわけでは無い。方向感覚に自信があるとは言ってもなにせ数十年前の記憶だ。前回は彼女を探しに無我夢中で山の中を走り回った末に、ようやっと彼女が避難していた山小屋を見つけたんだから。
雨はどんどん強さを増していく。今も彼女が雨に打たれて山の中をさまよっているかと思うと、いたたまれない気持ちになってくる。
道すがら、彼女がいないかと目を凝らしてみるものの彼女の気配はない。やっぱり前回と同様に迷い迷って山小屋へと向かっているのか。
そこで私達が合流するのも、運命なんだろうか。
「プリシラ――――――――っ!!!」
大きな声を張り上げてみても、さらに強まる雨の音に遮られて効果がある気配はまるでない。
そうこうしていると、やがて記憶にある獣道に出て、そこからずっと行った先に……例の山小屋を見つけてしまった。
ここに、前回と同じように彼女がいるのか。前回の彼女は雨に打たれて濡れ鼠のような状態で、1人小屋で震えていた。
そんな彼女を見つけた私は――
いや、ダメだ、思い出しちゃいけない。私は既にずぶぬれになっている頭をブンブンと振って、その記憶を頭から振り払う。
ぬかるむ地面を踏みしめながら歩いて行くと、運命の山小屋が段々近づいてくる。これまでどう探しても、プリシラは見つからなかった。ということは、つまり――
ドアの前まで来た。私はノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開く。そしてそこには。
「いた……」
彼女が、プリシラが、記憶にあるのとまったく同じ濡れ鼠となった姿で、1人震えていたのだ。




