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第49話 夢なら覚めないで欲しい

 お風呂から上がった私達は、食堂でソラリスの怪談に耳を傾けていた。すでに3話目ということもあり、私も含め皆が恐怖に震えている。


「……『開けて……開けてぇ……』真夜中に響くドアを叩く音、声は死んだはずの恋人の声……開けてはならない、そう分かっているはずなのに、彼女は吸い寄せられるようにドアの前まで歩いて行ってしまいました……」


 食堂の明かりは落とされ、残った部屋の明かりは唯一テーブルにある燭台1つのみで、暗闇の中にソラリスの可愛い顔がぼんやりと浮かび上がっている。


「『だ、誰……誰なの……』彼女は扉越しに、恋人の声を出す何かに話しかけます……」


「『私よ……会いに来たの……お願い……開けてっ……』声と共に、扉の向こうでは何かを引きずるズルズルと言う音と……扉をカリカリとひっかくような音が……」


 私はゴクリと息を呑む。


「開けてはいけない、それはわかっているのです……それでも彼女はもう一度、死んだはずの彼女に会いたいという気持ちに耐えられず――ついに彼女と同じ声を出す何かが向こうにいる、そのドアを開けてしまうと――」


 そこでソラリスは一拍置き――


「その隙間から濡れた手がスルリと出てきて――――彼女の腕を掴んだのです!!」

「きゃー―――――――――――!!」

「きゃああああー――――――――っ!!」


 言葉に合わせて伸びてきたソラリスの手が、私の手を掴み――私は悲鳴を上げてしまった……!! 直接攻撃は卑怯よっ……!!!!

 釣られてエルザさんも予想外に可愛い悲鳴を上げていたけど……あれ? プリシラの声が聞こえない……もしかして本当に怖いの平気なの……?


「そして彼女は死んだ恋人に連れ去られてしまったのか……その日以降姿を見ることはなかったそうです…………おしまいっ」


 最後はソラリスの普段の声色に戻って、お話をしめた。


 ああっ……怖かったっ……よくあるタイプの話ではあったけど、ソラリスの語りが上手かったから恐ろしいのなんの……今夜はあれだけ蒸し暑かったのに今では背中からすっかり冷えきっていた。


「えへへ……どうでした? お嬢様?」

「もうっ……手なんて掴まれたら、怖いに決まってるわよっ……とても良かったわ」

「おほめ頂き恐縮ですっ」


 ソラリスの小さな手は未だに私の手をぎゅっと掴んだままだ。こんな可愛いお手々だというのに怪談の小道具として使われるとあんなに怖いのね……


「えっと……明かりを付けて貰っていいかしら?」

「あ、はいっ、わかりましたっ」


 ソラリスは私を驚かしたその手をゆっくりと離し、それから部屋の明かりを付けていった。明るくなると、やっぱりほっとする。


「はふぅ……どうだった? プリシラ」

「………………」


 あれ? プリシラの反応が無い。というかさっきも悲鳴を上げてなかったし……ん? と言うか2話目辺りからすっかり静かになっていたような気が……


「プリシラ? どうしたの?」

「………………」


 再度聞いてみても、やっぱり反応が無い。……え、あれ? もしかして……


「ぷ、プリシラ……?」


 私はプリシラの柔らかそうなほっぺたに恐る恐る指を伸ばすと――


 ぷにっ!


「……!!!!」


 柔らかいっ……!! それから私がほっぺたに指を何度押し当てても、やっぱり反応が無い。こ、これってつまり……!!


「き、気絶してる……」

「えっ」


 そう、プリシラは目を開けたまま、気を失っていたのだ。その証拠にいくらつついてもされるがままだ。……ああっ……ついに念願のプリシラのほっぺたぷにぷにができた……なんて最高な手触り……いつまでもつついていたい……


 ぷにぷに、ぷにぷに、ぷにぷに、ぷに――


「……ううんっ……」


 ちえっ、目が覚めたかっ。私はもっとつついていたいと思いつつ、指をさっと引っ込めた。


「え……あ、あれ……? 私……」

「起きた? プリシラ」

「え、起きたって、何を言ってるの……?」


 いや、プリシラ、あなた余りの恐怖から途中で気を失っていたのよ。貴族の情けでそれは言わないでおいてあげるけど。


「えっと……と、途中で寝ちゃうなんて、ずいぶん疲れてるみたいね、プリシラっ。遊び疲れちゃったんでしょ? ね?」


 そう言う事にしておこう。私の意図にプリシラも気付いたらしく、顔を赤くしながらも私の提案に乗ってきた。


「え、あ……!! そ、そうみたいねっ……!! もうさっきから眠くて眠くて……!!」

「そっかそっかぁ、それじゃあそろそろ寝ないとね~」


 『そう言う事にした』ことを察したらしいエルザさんが、ほくほく顔でプリシラの肩に手を置いた。エルザさん的には怖がるプリシラがいっぱい見れたから大満足みたいで、ほんといい性格をしていらっしゃる。


「な、なによっ……」

「べっつに~?」

「まぁまぁ、さて、それじゃあ2人の寝室に案内するわね」


 もういい時間だし、私も眠い。しっかり寝ておかないと明日も遊べないからねっ。


「あ、お嬢様、それは私が……」

「いいからいいから。2人の部屋って私の両隣りだし、私も寝るからついでに連れて行くわ」

「そうですか……では、何かございましたら私をお呼び出ししてくださいね?」

「わかったわ」


 ソラリスの部屋は私達の部屋とは少し離れたところにある。そして私は2人を伴って、自室の方へと向かったのだった。



 ◇◇◇◇◇



「ああっ……それにしても怖かったっ……」


 私はベッドで毛布にくるまりながら、さっきのソラリスの怪談を思い出していた。特に、愛しい人が死後に尋ねてくるという話……私ならどうしただろう。

 万が一、万が一プリシラが私より先に死んでしまって、それでも私を訪ねて来てくれたら……私だったら開けてしまうかもしれない。いや、絶対開けてしまう。

 開けてはいけないと分かってはいても、多分――


 いやいや、何をバカなことを考えているのか、未来でもプリシラは存命だったらしいし、私より長生きするかもしれない。そもそもとしてプリシラが私に会いに来てくれるわけも無いし――


 そんなことを考えていると悲しさから胸が締め付けられてしまい、私はギュッと丸まってもう寝てしまおうと考えていると……



 ――コン、コン



 ……ん? 何、今の音? 私の気のせいかしら? 多分あんな怖い話を聞いたからきっと空耳が――



 コン、コン



「……!!!!」


 聞こえる!! 空耳じゃない……!! 確かにドアをノックする音が聞こえる……!! いや、ウソ、ウソでしょ……!! 私は恐怖から毛布をガバッとかぶり、丸くなる……!!

 アレはソラリスのお話で、こんなこと現実にあるわけが――



 コン、コン、コン、コン……!!



 でもドアを叩く音は段々強くなり、そして――


「開けて……開けてっ……」

「~~~~~~~っ!!」


 声まで聞こえてきた!! し、しかもこれ、プリシラの声――


 ってあれ……何でプリシラ……? まだプリシラは生きてるわよね?


「開けて……開けてっ……お願いっ……」


 コン、コン、コン、コン


 ドアを叩く勢いと押し殺した声に、必死なものを感じる。何!? 何があったの!? こんな夜遅くに私の部屋を訪ねて来るなんて……ま、まさか……夜這い……!?


 いやいや、それこそ幽霊以上にありえない。天地がひっくり返ってもそれは無いわ。だってまだ私はプリシラの友人と思われているかさえ微妙なんだから。


「ちょっと……ねぇっ……お願いっ……開けてよぉっ……」


 いけない、いけない。どういう理由かは分からないけどプリシラが尋ねて来てくれたんだから、招き入れない理由は無いわよね。私はもぞもぞとベッドから這い出すと、カンテラを持ってペタペタと扉の前に向かった。


「……プリシラなの?」

「そうよっ……お願いっ……開けてっ……」


 ううん……どう聞いてもプリシラの声だ。さっきの怪談を聞いていたから同じシチュエーションでちょっと怖いけど……いや、でもなんかすごく必死っぽいし……私は覚悟を決めて鍵を開けて、ドアノブをガチャリと回すと――



 がしっ……!!



「ひっ……!!」


 空いた隙間から手が伸びてきて、私の腕を掴んできた……!!


 私が思わず悲鳴をあげそうになったところで――次の瞬間、別の意味で叫び出しそうになった。なぜなら、


「~~~~~~っ!!!」


 ドアが開いて飛び込んできたプリシラが……!! 私に抱きついてきたのだ……!!!!


 え!? 何!? 何が起きてるの!? これは夢!? 夢を見ているの!?  でもそれにしてはやけにリアルな質感と言うかなんというか……ああっ……夢なら覚めないで欲しいっ……!!

 私がそう思いながら幸せを満喫していると、私に抱きついているプリシラが、顔をあげて――


「お、お願いっ……」


 涙目で、しかも上目遣いで、私のことを見上げてきた……


 あっ……私、これ死んだかも……愛しのプリシラにこんなことをされたら昇天してしまう……。私は、悔いのない生涯だったと目をゆっくり閉じようとして――


「ちょ、ちょっとっ……、ねぇ!? 聞いてるの!?」


 ゆさゆさと揺さぶられた。


「え、あ、うんっ……」


 まだ辛うじて生きてます。1分後にどうなってるかは分からないけど。


「な、何……?」

「そ、その……えっと……」


 私の背にぎゅっと回された手に、非力なプリシラにしては痛いほどの力が込められる。私を見つめてくる顔は真剣そのもので、何か切羽詰まっているようでもある。


「……わ、私っ、ずっと我慢したんだけどっ……」

「う、うんっ……」


 え、こ、これってもしかして……!!


「もう、ダメッ……限界っ……我慢……出来ないのっ……」


 ……『深夜に訪ねてくる』、『抱きつく』、『2人っきり』、『我慢できない』、こ、これらのキーワードから導かれることは、つまり……そう言う事なの……!? 私は思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。


 こんなことが起きるなんて信じられない……!! でも、これは現実……!! 私の努力が遂に実を結んで、プリシラも私のことを好きになってくれていたのね――!!


「ぷ、プリシラっ……!! わ、私もっ――」

「だから、お願いっ――」


 あなたのことがずっと好き――


「――お、おトイレ……!! ……一緒に来てっ!!」

「………………えっ」

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