第48話 そんな可愛い恰好をしているプリシラも悪い
「いいお湯だったわ」
食後に順番でお風呂に入ることになり、まずはエルザさんから入って、次に入ることになったプリシラがお風呂から上がってきた。
お風呂上りでまだしっとりとしている髪を拭いているプリシラはとてつもなく色っぽく、思わず見とれてしまう。
しかもしかも、お風呂上りなので当然のことながら……プリシラは寝間着姿なのだ……!! 薄ピンク色で少し大人なデザインの寝間着はプリシラの魅力をこれでもかと引き立てていて、もう言葉が出ないほどに可愛い……!!
こんなレアなプリシラを見れるなんて、本当に誘って良かった……!!
私が感動に打ち震えながら寝間着姿のプリシラから目を離せないでいると、その視線に気付かれてしまったのか、プリシラがはっと腕で体を抱いて隠すように身をよじった。
「ちょ、ちょっと……そんなジロジロ見ないでよっ……」
「ご、ごめんっ……あまりに可愛かったからっ……」
「ば、バカっ……何言ってるのよっ……」
でもそんな可愛い恰好をしてるプリシラも悪いと思うんだけど。
「もうっ……まぁいいわっ……それよりお風呂、次はあなたの番よ」
「あ、うん、それじゃあ入ってこようかな」
お風呂上がりのせいかやや赤い顔をしたプリシラに促されて、椅子から立ち上がろうとしたとき――私の隣でどことなくしょんぼりしているソラリスが目に留まった。
どうもなんか今日はソラリスの様子がおかしい。うまく言えないけど何か無理をしているような感じがするのだ。
「ソラリスっ」
「……」
反応が無い。
「ソラリスっ!」
「え!? あ、あ、はいっ、どうかしましたかお嬢様っ」
いや、どうかしているのはあなたの方だと思う。今日は本当に様子が変だ。私が声をかけて反応しないなんてこれまでなかったことだし。
「どうかしたの? 具合でも悪いの?」
「そ、そんなことはありませんよっ……!! 私は元気ですっ」
うぅん……どう見てもカラ元気なんだけど……
「それよりお嬢様、お風呂に入りませんと」
もしかしたら、今日一緒に遊べなかったのが気落ちしている原因なんだろうか? だとしたらせめてもの埋め合わせをしないとね。
「――そうね、それじゃあソラリス、あなたも準備して」
「え? ですから次はお嬢様で……お着替えも脱衣場に準備してありますよ?」
「私は『あなたも』って言ったのよ。ほらほらっ」
「え、ええと……それって……」
「一緒にお風呂、入りましょ」
「…………ええええ!?」
しばしの沈黙の後、ソラリスが目を丸くして大声をあげた。
「よ、よろしいんですか!?」
「もちろんよ。今日はソラリスと一緒にお風呂に入りたい気分なの。ダメかしら?」
「だ、ダメなんて、そんなことあるわけありませんっ!! 喜んでお背中を流させて頂きますっ!!」
子供の頃は全身くまなく洗ってもらっていたけれど、数年前からはせいぜい背中を流してもらうくらいだ。だって流石に恥ずかしいし。
「じゃあ、お願いするわねっ」
「はいっ……!! お任せあれっ……!!」
ソラリスはパッと顔をほころばせ、椅子からピョンコと跳ねるように飛び降りた。その姿に、今回はカラ元気じゃないようで良かった――とか考えていたら、
「……え? あなた達、一緒にお風呂とか入ってるの……?」
なぜかプリシラが驚いたような表情を浮かべていた。一体どうしたというのだろう。
「ええ、たまにね」
普段は1人で入ってるけど、こんなふうに私から誘ったりしてたまに一緒にお風呂に入って背中を流してもらっている。でもそう言えば一緒にお風呂って結構久しぶりかもしれない。
「そ、そうなんだ……へぇぇ……」
「いや、何を驚いてるのプリシラ?」
エルザさん的にはプリシラが何に驚いているのかよく分からないって感じだ。私も分からないけど。
「だ、だって……一緒にお風呂って……」
「え?」
「それも背中を流してもらうなんて……」
そこなの? それの何がおかしいの?
「いやいや、ソラリスちゃんはクリス様の専属メイドだし、専属メイドに背中を流してもらうなんて普通のことでしょ? 私もよく一緒にお風呂入るわよ」
「いや、上級貴族はそうらしいって聞いてはいたけど……私、専属メイドいないから……ちょっとびっくりしちゃって」
あ、そっか、プリシラって専属メイドいないんだった。
貴族に専属メイドが付くのは基本的に伯爵以上からで、エルザさんは伯爵令嬢なので当然専属メイドが付いている。今回の旅には同行していないけど、普段は同じ教室で勉強していて部屋も一緒らしい。
「……ま、まぁ、それなら、2人仲良くお風呂に入ってきたらいいんじゃない?」
プリシラはそう言うと不機嫌そうに顔をプイと逸らしてしまった。あ、あれ? もしかして妬いてる……? いや、まさかね?
そんなわけないだろうと私は思ったけどエルザさん的には妬いているように見えたらしく、プリシラを早速からかい始めた。
「こらこらプリシラ、妬かない妬かない。これも専属メイドのお仕事なのよ? 私だってお嬢様にお仕えして、お背中流させて頂きたいって思ってるんだから」
「妬いてないわよっ!!」
「ええ~? そうかな~? まぁでも、羨ましいならプリシラも一緒に入ればいいんじゃない?」
「そ、そんなことできるわけないでしょ!? バカなの!?」
その通り、そんなことできるわけがない。プリシラと一緒にお風呂なんて、そんなことになったら多分私、湯船に浮かんじゃうよ? ぷか~って。鼻血出しながら。
「も、もうっ……ほら、さっさと入ってきなさいよっ……!!」
「あ、うんっ……」
プリシラと一緒にお風呂……という不埒な妄想を頭の中から振り払ってお風呂場へと向かおうとすると、隣のソラリスからクイクイと袖を引かれた。
「あ、あの……お嬢様っ」
「なぁに? ソラリス?」
「実はその……今年の新作を仕入れてあるんですけど……お風呂上りにいかがですか?」
「あら、それは楽しみねっ。じゃあ、後で私の部屋で聞かせてもらおうかしら?」
「はいっ、お邪魔させて頂きますねっ」
ソラリスの足取りは弾んでいて、だいぶ元気になった感じだ。良かった良かった。
「ちょっと、何の話しているの?」
「え? あ、いや、こっちの話で……」
「何よ、気になるわね」
プリシラがいぶかしげな感じで私達を見ている。
「うーん……プリシラにとっては、あんまり興味ない話だと思うけど……」
「いいから、聞かせてよ」
そう? でも、プリシラ確かこの手の話は興味ないどころか苦手なはずなんだけど……
「えっと……ソラリスの特技のことというかなんというか……」
「特技?」
「実はソラリスって――――怪談が得意なのよ」
「…………っ!?」
案の定、プリシラがビクリと身をこわばらせた。プリシラのことなら何でも書いてあるプリシラノートに『怖いものが苦手』とあったけど情報通りらしい。だから興味ないだろうと言ったのに。
「へぇ~、ソラリスちゃん、そんな特技があるんだ~」
でも、エルザさんの方は意外なことに興味深げに食いついてきた。というか、どう見ても何か思いついたって顔をしているんですけど。
「は、はいっ、お嬢様がお好きなので、夏はいつも新作を仕入れてお聞かせしてるんですっ」
「夏はやっぱり、ソラリスの怪談で涼むのに限るのよね」
「えへへ……光栄ですっ」
「へぇぇ~それはそれは……」
それを聞いたエルザさんはニンマリと笑うと――
「ねぇねぇ、プリシラ、私達も聞かせてもらおうよっ」
「え!?」
――プリシラに話を振った。え? なんで?
「だって、楽しそうじゃない? ね? そうしましょ?」
いやいやそんな、怖いもの苦手な子に無理に勧めることは……ソラリスの怪談って本気で怖いのよ? 私は好きだけど。
「え、あ、だ、だって、その……」
「おやおや~? もしかしてプリシラ、まだ怖いのダメなのかな~?」
「……!!」
「まさかね~? 子供の頃は苦手だったけど、いい年してそんなことないよね~?」
あっ……これ、エルザさん知っててからかってるな? 流石、プリシラをからかうのが趣味なだけのことはある……こんなことされてはプリシラの性格上……
「そ、そんなことあるわけないじゃない、子供じゃあるまいし……!! わ、私、実は怖い話って大好きなのよねっ!!」
こうなるのよねぇ……
でも、どう見ても大好きには見えない。顔が青ざめてるし。
「あ、あの……プリシラ? 無理しなくても……怖いものは怖いって言っていいのよ?」
「む、むむむ、無理なんてしてないわよっ!! 私、怖いのなんて全然平気なんだからっ!!」
いかん、ムキになってる。これは逆効果だったか。
「い、いやぁ~楽しみねぇ……は、はははは……」
その乾いた笑いからは楽しみにしている感じは全くしない。
それでも意地っ張りな性格と、親友であるエルザさんの罠との合わせ技で墓穴を掘ってしまったプリシラに対し、私は「大丈夫かなぁ……」と心の中で呟くのだった。




