第47話 それでも貴族ですから
「ああっ……美味しかったっ……最高っ……」
いつにも増した食欲で私とソラリスが作ったご飯を綺麗に平らげたプリシラは、満足げにお腹を撫でていた。お腹撫でているプリシラ……可愛い……
「いやぁ……何と言うか、凄いですね……」
「私はもう見慣れたわ」
プリシラの食事を見慣れていないソラリスはその食べる量に目を丸くしているけど、私はお昼にお弁当を差し入れていたし最近では毎日3食作ってあげていたからすっかり慣れていた。
もう本当に気持ちがいいくらいの食べっぷりで、こんなに美味しそうに食べてもらえると作った側としても嬉しくなってしまう。
「でも確かに今日はいつもより多めに食べてたわね」
普段のプリシラの食べる量は同年代の女の子の6人前ってところだけど、今日はもう1人前くらい追加で食べてた感じがする。多めに作っておいて本当に良かった。
「なんか最近あなたの料理、ますます美味しくなってる気がするんだけど」
「確かに、お嬢様に最初に作って頂いたときは私の味付けそっくりで驚きましたけど、今では少し変わって……あっ」
ソラリスの手からこぼれたフォークが、お皿に当たってカチャリと音を立てた。
「これ……プリシラ……様の……好みの味付けなんですね……変えてきてるんだ……」
「え? そうなの? 道理で美味しくなってると思ったわ」
ソラリス正解っ。私が作っているのは、ソラリスから教わった料理をプリシラの好みに合わせてアレンジした、まさにプリシラのための料理なのだ。それは美味しいに決まっている。
「……こんなの食べさせらたら私、もうあなたの料理じゃないとダメね。多分もうどこのお店でも満足できないわ」
「まぁまぁ、クリス様じゃないと満足できないなんて……もう熱々ねっ……!!」
エルザさん、そのボケは前に私がやってるのよ。案の定、エルザさんのボケはスルーされて、プリシラは頬杖を突きながらぼそりと呟いた。
「はぁ……卒業したらこの料理が食べられなくなるなんて……今から憂鬱だわ……どうしましょう……」
「……!!」
私はプリシラのその言葉にショックを受ける。やっぱりまだ、プリシラの中では私ってそれくらいなんだろうか……卒業してもずっと一緒にいたいと思って欲しいなんて、まだまだ贅沢な願いにも程があるし、全部私のせいなんだけどそれでもやっぱり心が痛い。
その痛みで思わず涙が出そうになったけど、ぐっと堪える。まだまだ、諦めないっ……絶対に諦めないんだからっ……!! 絶対に、残りの時間で私と一緒にいたいと思わせて見せるっ……!!
私がこぶしを握り締めて決意を新たにしていると、エルザさんがポカンとした顔をしてるのが目に留まった。
「……え? 卒業後にクリス様の料理が食べられなくなるなんて、プリシラ何言ってるの?」
「だって、卒業したら会う機会も減るでしょ? だから……」
「いやいやいや? ――2人って卒業したら結婚するんでしょ? いつでもご飯を作ってもらえるじゃない」
「はぁ……!? そ、そんなわけないじゃない……!! わ、私とクリスが結婚なんて――そんなの出来るわけないでしょ……!?」
そうよね、まだそんなわけないのよね……でも、まだまだ未来は分からない……!! だからこそこうして努力しているんだから。
――でもエルザさんは、私の考えとは全く違う事を言い出した。
「出来るわけない……? あ……プリシラ、ひょっとして……爵位の差を気にしているの?」
「えっ」
エルザさん? 何言ってるの? プリシラはただ私のことが好きでも何でもないから結婚なんて出来ないって言ってるわけで……
「まぁ確かに、こう言う事はあんまり言いたくはないけど……クリス様のウィンブリア公爵家と、プリシラのクローデル男爵家では確かに家格に差はあるわよね。それもかなりの差が」
「……随分と、ハッキリ言うわね……」
「事実だからね。貴族である私達は、爵位の問題からは逃げられないから」
でも、確かにエルザさんの言う通りだった。そして――完全に失念していた。
貴族の結婚と言うのは家と家のことになるんだから、当然相手の家格というのも重要になって来る。
私もれっきとした貴族だというのに、家督を放棄して数十年隠遁生活をしていたから頭からすっぽりと抜け落ちていた。
いや、でも……一応大丈夫、なはず、だってプリシラも――
「でも、プリシラ様は……それでも貴族ですから……」
そう、その通り。ソラリスの言う通り、プリシラは爵位が低くても貴族なのだ。貴族であるならば、どうにかこうにかゴリ押ししたらいけるかもしれない。
最近では平民と結婚する貴族もいるくらいだし……まぁその、まだまだいわゆる下級貴族に限ったことだけど、それでも昔よりはだいぶ身分差婚というのも無い話ではなくなってきている。
数十年前なら私とプリシラの結婚なんて無理だっただろうけど、今ならいける……かもしれないのだ。
お父様は理解もある聡明な方だし、何より私のことをとても愛してくれているから、きっと女同士の結婚だって何も言わないはず、多分。跡取りは親戚から養子をとればいいんだからね。
「うぅん……それを考えても、確かに無視はできない大きな問題よね……」
「だ、だからっ、家とかそう言う問題じゃないんだって……」
そう、それも問題だけどなによりもプリシラの私に対する好感度の方が問題なのよね……。でもエルザさんはプリシラの言う事なんてまるで聞きはしない。思い込んだら真っすぐなタイプの様だ。
「まぁでも安心してプリシラ」
「な、何がよっ」
エルザさんは困惑しているプリシラと、私に対してニッコリとほほ笑みを向けてきた。
「――私も2人が結婚できるように口添えしてあげるからっ。ねっ、クリス様っ?」
「はっ?」
「えっ」
あ、あれ? 何か話が思いがけない方向に転がっていってるような?
「い、いや、そもそも私達そんな関係じゃないって言ってるのにっ……!!」
「またまたぁ? じゃあなんで、ボートであんなにいちゃついてたの? どう見ても付き合ってるでしょ」
「そ、それは……!!」
プリシラがぐっと言葉に詰まる。いやホント、付き合ってもいないのに何でプリシラあんなことしてきたの? 気の迷いにしても相当って言うか……暑さでやられていたのかしら? でも日傘は差してたし……
「だ、だからそれは、その……」
「それは? 何なの?」
「とにかく、違うんだからっ!!」
「はいはい、照れない照れないっ」
「もぉぉぉぉぉ!!」
キャンキャンと未だにやり合っているプリシラとエルザさんを眺めていたら、
「よ、よかったですね……お嬢様」
「え、何が?」
隣に座ったソラリスがそっと耳打ちをしてきた。
「ですから、その……エルザ様のお口添えがあれば、ぐっと楽になりますよね……プリシラを、お嫁に……するのに……」
「……確かに、それはそうね……」
グリーンヒル伯爵家次期当主の座が確約されているエルザさんの口添えなら、お父様に与える影響も大きいだろう。これは確かに百万の味方を得たに等しいかもしれない。
「……プリシラは、やっぱり貴族なんですね……」
ぼそりと呟いたソラリスの顔には、一瞬だけ何かを堪えているような表情が浮かんだあと――
「でも、これで、ハードルはぐっと下がりましたね……!」
――私にパッと笑顔を向けてきた。
「そう、ね」
「おめでとうございますっ、お嬢様っ」
そう言いながら、ソラリスが向けてくる普段と変わらないはずのその笑顔に――何故か胸が締め付けられるようなものを感じたのは、どうしてだろう?




