第43話 あなたじゃないとダメ
「それでね、ここはこの公式を使って……」
「なるほど……」
私達は前の試験勉強の時と同様、図書室の隅っこの方にある自習机で2人並んでお勉強をしていた。
試験までまだ間があるせいか、図書室は閑散としていて勉強しているのは私達くらいだ。
「やっぱり先生の教え方って上手いわね」
「そ、そう……? でもそういうプリシラこそ、前よりずっと良くなってるじゃない」
『お勉強を教えてもらうときはあなたのことを先生って呼ぶわね』と宣言していた通り先生と呼ばれ、なんだかくすぐったいような気持ちになる。
それにしても以前にみっちり基礎から教えたことが良かったのか、今回はとてもスムーズに勉強が進んでいる。というかこれなら私が教えなくても赤点回避くらいなら何とかなったのでは? と思わなくもないんだけど。
「ねえプリシラ?」
とりあえずひと段落付いたので、ここで小休止を挟むことにした。
「なによ」
「まだ試験まで間があるのに、熱心ね」
「べ、別に……ただ早めに勉強を始めて、いい点数を取りたかっただけよ、他に意味なんて無いわ……」
それはいい心がけで、私としても非常に助かる。とは言ってもプリシラとなら一年中だって勉強を教えてあげたいとも思ってるけど。
「前の試験では私にしてはとてもいい点数だったからお父様にも褒めて貰えて、仕送りも増やしてくれたのよ。おかげでいっぱい食べ歩くことが出来たわ」
「それはよかったわね」
「でもまぁ、それでも……お店で食べるよりあなたのお弁当の方が美味しいんだけど……」
「えっ……!?」
予想外の言葉に思わずプリシラに詰め寄ると、プリシラは慌てたようにプイと顔を逸らしてしまった。
「だ、だから、急に顔を寄せてこないでって言ってるでしょ……?」
「ご、ごめんなさいっ」
「もうっ……前も言ったけど、あなたとても顔がいいんだから、その……気を付けてよねっ?」
「えええ……?」
そんなこと言われましてもっ、その、照れてしまうんだけど。
「でも、試験かぁ……」
プリシラが髪の毛をいじりながらぽつりと呟いた。
「……試験が終わったら夏休みなのよね」
「それはそうよね。それがどうしたの?」
「その……そうなると……」
プリシラは、真剣な眼差しでじっと私のことを見つめてきた。え、こ、これってもしかして、私にあまり会えなくなるのが寂しいとかそう言う――
「――あなたのお弁当が食べられなくなるのが残念だなって……」
そっちかい……!!
でも、あれ?
「え、プリシラ、夏休みに実家にでも帰るの?」
「帰らないわよ? 実家は遠いから帰る気も無いし。特に予定も無いわね」
確かプリシラは国の東端にある小さな町の出身だったはず。そこを治めている男爵家がプリシラの実家で、実際かなり遠い。だからプリシラは冬休みの年に1回程度しか実家に帰ってなかったはずだ。
「でも、あなたは帰るんでしょ? だって休みのたびに帰ってたみたいだし」
ああ、なるほどそう言う事か。プリシラは、私が実家に帰省するからお弁当が食べれなくなるっておもってるのね。
確かに私は休みのたびに実家に帰っていた。そこまで遠くも無いし、お父様達も喜ぶし、それでも今年は――
「私も、寮に残る予定よ」
だって実家に帰ったらプリシラと会えなくなっちゃうし。それなら寮に残って少しでもプリシラと会えるチャンスを待った方がいい。
「そうなの?」
「そうよ、だから、その……プリシラさえよければなんだけど……」
私はそこでゴクリとつばを飲み込んだ。
「……夏休みの間中、ご飯、作ってあげようか?」
「え!? いいの!?」
えっ、何この食いつき。ちょっと予想を超えてるんですけど。
「凄く嬉しいわ……だって最近お店に行って食べても、ついあなたの味と比べちゃって……なんか物足りないって思っちゃってたのよね」
「そ、そんなに……?」
「そうよ。それくらいあなたの料理って美味しいんだもの。――もう私、あなたの料理じゃないとダメみたい」
「……!!」
あなたじゃないとダメ……!! 恋人に一度は言われてみたいセリフよそれ……!!
「わかったわ……!! じゃあ夏休みの間、私が3食作ってあげるから、一緒に食べましょ?」
「3食!? ホントに!?」
プリシラが思わずと言った感じで席から立ち上がった。その目ははっきりと輝きに満ちている。
「ええ、その……私じゃないとダメなんて言われたら、責任は取らないとねっ」
「……言っておくけど、あなたじゃないとダメ、じゃなくてあなたの料理じゃないとダメ、だからね?」
それはわかってるけど、ちょっとくらいそう思わせてくれてもいいじゃない。
「でも……3食あなたの料理が食べられるなんて……凄く楽しみよ」
「期待されると、頑張りたくなっちゃうわねっ」
「ええ、大いに期待してるわっ。……それにしても」
「何?」
私が尋ねると、プリシラは口元に手を当ててクスリと笑った。
「いや、公爵令嬢の手料理を毎日頂くなんて贅沢をしているの、国広しと言えども私くらいだろうなって思ったら、なんかおかしくて」
私の前で、プリシラが笑っている。夢のような光景だ。
「そ、そうねっ、料理ができる貴族なんてほとんどいないだろうし」
「私もさっぱりできないわ」
「教えてあげる? 料理が出来たら楽しいわよ? 何せ自分好みの味に作れるんだから」
「ええ……? 私にできるかしら」
「私にだってできたんだもの、プリシラだってきっとできるわ」
まぁ私の場合は不器用だからここまで来るのに何十年もかかったけどね。
「そうね、ちょっと教えてもらうのも面白そうね……ならその場合も、『先生』って呼ばなきゃね」
「勉強の先生と、料理の先生ね」
私達はそんなことを言いながらクスクスと笑いあった。こんな、プリシラと冗談を言って笑いあえる日が来るなんて……頑張って来てよかった。
「それでその、夏休みのことなんだけど……」
このいい雰囲気ならいけるかもしれない……!! 私は勇気を振り絞ってプリシラに告げることにした。
「何?」
「予定が無いなら、その……私の別荘に遊びに行くって言うのはどうかしら?」
「別荘?」
「そう。この街の近くにある湖畔に、私の別荘があるの」
「へぇ……」
プリシラは、やや興味深そうにしている。その湖畔は国内有数の避暑地として有名で、そこで夏を過ごすというのは誰しもが心惹かれることらしく、それはプリシラも例外ではなかったらしい。
「一度行ってみたいと思ってたのよ」
「じゃ、じゃあ……どうかしら? 当然そこでの食事も全部私が作るわよ?」
「そうねぇ……」
プリシラは顎に手を当てて、もう片方の手で髪の毛をいじっている。私はそんなプリシラをじっと見ながら言葉を待つ。
「――じゃあ、期末で赤点を取らなかったら、行こうかしら」
「それって……!」
私の頑張り次第って事よね! それに今のプリシラならちょっと頑張ればいけそうな感じだし!
「そうよ、頑張って教えてね? 先生?」
「え、ええっ、勿論よっ!」
それから私達は試験が終わるまで放課後毎日のように一緒に勉強をして、その結果――私は無事プリシラを別荘に招くことに成功したのだった。




