第41話 心臓が止まったかと思った
「……えっ」
「は?」
「おやおや、これはこれは……」
私、ソラリス、エルザさんがプリシラの行動にそれぞれ驚愕の声をあげる。
えっと……これは、その……『あーん』して欲しいってこと? で、でもそんな、こんな人前でなんてっ……その、流石に恥ずかしいって言うか……
「プリシラったら、こんな人前で、だいたーん」
「……!?!?」
エルザさんからツッコまれ、そこで我に返ったかのようにプリシラがハッと目を見開いた。……あ、これ無意識でやってたの!?
「えっ……!? あっ……!!」
そして自分が何をしていたのかに気付き、一瞬で顔が今まで見たことがないほどに赤く染まる。
「ち、ちが……!! こ、これはっ……!!」
「へぇ~? そんなにお嬢様から『あーん』して貰いたいんですか~。えっちですね~」
あの、ソラリス? なんかちょっと言葉にトゲがない? 私の気のせいかしら?
「ち、違うのっ……!! だからそのっ、いつもの習慣と言うか、条件反射と言うか……!!」
ああ、うん。確かにお弁当開いたらまず『あーん』するのがお約束になっていたから、最近では何も言わなくてもお口を開いて待っているようになっていたけど……まさかここまで習慣になってるとは、食欲って恐ろしいわ。
「ふぅ~ん? プリシラ、見事にしつけられてるねぇ~」
そしてこの失態をエルザさんも見逃さない。なかなかいい性格をしているようだ。
「し、しつけって……!!」
「だって無意識に『あーん』が出るまで体に染みついてるってことでしょ? いやいや、お熱いですなぁ~ぷくくくっ」
「えっちっ、えっちですっ!」
エルザさんとソラリスから攻め立てられ、プリシラはあっという間に窮地に陥る。ここで彼女が取る手段と言えば――
「も、もう私帰るっ……!!」
そう。涙目になっての逃亡だ。でも私も逃がすつもりはないし、そもそもその行動パターンは幼馴染のエルザさんには見透かされていた。
「まぁまぁまぁ……!!」
――席を立とうとしたプリシラは、先読みして立ち上がっていたエルサさんに肩を押さえつけられ、そのまま椅子に縫い留められてしまう。
「エルザ……!? こ、この、裏切り者っ……!!」
「いやいや、これも友情の証だよ? ささ、クリス様? どうぞこの子にそのお手で『あーん』してあげてください」
「え、でもっ……」
やっぱりその、恥ずかしいって言うか……ねぇ?
「こ、こんな人前で、そんなのできるわけ――」
「ふぅん? という事は人前じゃなかったらやりたいってことですか? ホントにいやらしいですねっ」
だからあの、ソラリス? やっぱり言葉にトゲがないかしら?
そして未だにジタバタとしているプリシラを抑え込みつつ、エルザさんがいたずらっぽく微笑んだ。
「クリス様? ケーキをこの子の目の前に持ってきてあげてください。それで耐えられなくなるはずなんで」
「エルザっ……!!」
そうなの? じゃあちょっと恥ずかしいけど……
「は、はいっ、『あーん』っ」
「んっ……!!」
周りの視線を感じつつ、固く口を閉じているプリシラの目の前に指でつまんだケーキを差し出す。
最初は見ないようにギュッと目を閉じていたプリシラだったけど、その突き出されたケーキから発せられる香ばしい香りに――
「………………『あーんっ』」
あっという間に陥落した。秒殺にもほどがある。
「はいっ」
「むぐむぐ………………っ」
「ど、どう?」
「…………おいっっっっしぃっっっっ……!!」
プリシラは美味しさにうち震えていた。
「なんでこのシンプルなケーキがここまで美味しいの……!? 信じられないっ……!!」
「それは火加減や混ぜ方、その他細かいところまで全てが完璧だからですよ」
ソラリスが複雑な顔をしながら説明してくれた。
「全くもう……お嬢様の手料理をそのお手で『あーん』して貰うなんて……なんて贅沢なっ……こんな贅沢、女王陛下でさえできませんよっ……」
なんかソラリス、ブツブツ言ってるんだけど。
「じゃあ、はい、ソラリスも。『あーん』っ」
私はそのソラリスにもケーキを差し出す。
「……え!? い、いいんですか!?」
「いいも何も、ほら『あーんっ』」
「お嬢様っ……!! 光栄ですっ……!!」
「大げさねぇ、はいっ」
「むぐむぐ……ああっ……美味しいっ……!! こんなに美味しいケーキ、生まれて初めてですっ……!!」
いや、これソラリス直伝だから、あなたが作るケーキと同じ味なんだけどね? でもまぁそんなに喜んでくれると私も嬉しいけど。
「あの、クリス様、私にも『あーん』して頂けますか?」
え? エルザさんも? でもほとんど面識のない人に『あーん』するものアレなんだけど、でも1人だけ仲間外れってのも良くないわよね。
「じゃあ、『あーん』」
「もぐもぐ……これは……素晴らしいですねっ……メイドの私も見習わなくてはっ」
「それはどうも……でも、あなたはメイドじゃない気も……」
「いえいえ、私は、身分はどうあれ心はメイドでありたいと思っていますからっ」
そ、そうなんだ……まぁ趣味は人それぞれよね。
「ささ、クリス様っ。プリシラがまだまだ食べたそうにしていますよ? もっと食べさせてあげてくださいな」
「そ、そんなこと私、思ってな……!!」
「いらないの?」
「………………いるっ」
プリシラが恥じらいながら小さい声で答えたので、私は照れつつも再びプリシラに食べさせ、そしてまた順繰りにソラリス、エルザさんへと食べさせていった――
「いやぁ……本当に素晴らしいですねっ、お料理はどちらで習ったんですか?」
「え、いやまぁその、色々とね」
エルザさんからの質問に、私は言葉を濁す。まさか未来のソラリスから習ったなんて言えるわけも無いし。
「それは私も不思議だったんですよね~。これほどの腕前になるためには厳しい修練が必要なはずなのに、そんな気配は微塵も無かったですし」
「そうなの? てっきり私はあなたから教わったものだとばっかり」
「いえ? 教えてませんけど?」
プリシラ、正解!!
「ま、まぁいいじゃない、それよりほら、最後の一切れ食べる?」
「え、もう最後なの? て言うかあなた食べてないんじゃない?」
「うん」
そう言えば、食べさせてあげるのに夢中になって私は食べてなかったなぁ。でも私は味見で食べてるし、別にいいんだけど――
「おやおや、それはいけませんねぇ~。ね? プリシラ?」
「え、ま、まぁ、そうね」
「じゃあさ、こんな美味しいものを食べさせてもらったクリス様に、お礼をするべきなんじゃないかな~?」
「お礼? お礼ってどんな……」
「それはもちろん、『あーん』してもらったんだから……」
エルザさんはそこでニンマリと笑う。
「プリシラがクリス様に『あーん』してあげるしかないでしょう」
「なっ……!?」
「ええっ……!?」
「お、お嬢様に『あーん』……!? それは私だけのっ……!!」
そんなこと考えてもみなかった……!! プリシラから『あーん』なんてされたら私、幸せ過ぎて溶けちゃうんじゃない!?
「あ、その、プリシラ……? イヤだったら別にいいのよ? その、私……」
そんなの身に余る光栄って言うか、まだ私にはそこまでしてもらう権利は――
「わかったわ……」
「ええええ……!?」
降ってわいた奇跡にうろたえる私をよそに、プリシラはそのほっそりとした美しい指でケーキをつまみ上げた。
「じゃ、じゃあ……ほら、お口開けなさいよっ……」
「え、あのっ……で、でもっ……!!」
「普段私にいつもやってるじゃない……今更照れないでよもうっ……余計に恥ずかしいじゃないっ……」
プリシラはそう言うと、ふぅっっと1つ息を吐いた後――ぎこちなく、私に微笑むような顔を見せた……!!
「ほらっ……『あーん』」
「……!!!!!!!!」
――心臓が止まったかと思った。
私なんかにこんな幸せが訪れていいんだろうか? ずっとずっと好きだった子から、その手でケーキを食べさせてもらえる瞬間が来るなんて――
「あ、あーんっ……もぐっ……」
そうして食べたケーキは――今まで食べてきたどんな料理よりも美味しかった。
私はこの味を一生忘れないだろう。
お読みいただき、ありがとうございますっ!!
これにて第2章完結となります!
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